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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第4章 仮初の舞踏会 / Masquerade

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第36話 揺らぐ

相互フレームがゆるやかに開いた。


宿のランプに照らされた部屋で、リゼはまっすぐユウを見つめていた。

その声は静かだが、張り詰めた刃のように鋭い。


「…あの娘、あなたを狙ってる」


ユウは息を止めた。

クラヴァルが名を呼んだ瞬間の光景が、二人の間に重く沈んでいる。


「…クラヴァルって言ったよね?誰?」


リゼの視線は逸れない。

ユウは机に肘をつき、目を伏せた。


「別大陸で有名な冒険者だよ。実力も人気もある…俺だって配信で知っただけだ」


そう言ってから、苦笑のように唇を歪める。


「人気配信者、ってやつ。俺からすれば遠い世界の人間で…でも」


言葉が喉で詰まり、沈黙が落ちた。


「俺のことなんて知るわけがないはずなんだ」


「でも、呼んだ」


リゼは即座に切り返す。


「あなたの名前を。…それだけで十分よ」


彼女の声音は落ち着いているのに、眼差しは鋭く、揺れながらも必死だった。


「…あの瞬間、あなたに触れてきた気配がしたの」


ユウは目を見開いた。


「触れた…?」


「戦場でしか感じないはずの“虚の手”が…あなたに届いてた。剣よりも早く、声であなたを奪おうとした」


リゼの肩が小さく震える。

思い返すたび、胸の奥に熱と冷たさが同時に広がっていく。


「もし…あなたが返事してたら、私…どうすればよかったの」


その言葉にユウは喉が詰まった。


「違う、そんなことあるわけ──」


「あるのよ」リゼが遮る。


「戦ってると分かる。あれはただの声じゃなかった。力を持った呼び声だった」


リゼは拳を握りしめる。


「…あなたを取られるんじゃないかって。胸が焼けるみたいで、怖くて」


声が震え、呼吸が荒くなっていく。


「ねえ、ユウ。もしあの娘があなたの前に現れて、『一緒に来て』って言ったら…あなた、どうするの?」


問いかけは低く、でも逃げ道を許さない鋭さを帯びていた。ユウは言葉を失い、ただ首を横に振るしかなかった。


リゼは視線を落とし、小さく呟いた。


「…私、弱いのかな」


その吐露は、嫉妬と恐怖と自己不信がないまぜになった響きだった。


「違う!」


ユウは声を張った。椅子から前のめりになり、机に拳を置く。


「リゼは弱くなんかない!」


胸の奥が熱くなり、言葉がほとばしる。


「巻き込んだのは俺なんだ。あんなふうに狙われたのは…俺が無力だから。リゼのせいじゃない」


「でも、私…守れなかった」


リゼは顔を上げない。


「守れてた!」


ユウは即座に返した。


「俺が何もできないから、不安にさせただけだ。弱いのは俺のほうだ」


リゼの瞳が揺れる。


「…どうして。どうしてそんなふうに自分を責めるの」


「だって、俺じゃなきゃ狙われる理由なんてない。だから俺がどうにかする」


ユウの声には必死さが滲んでいた。

リゼは首を振る。


「そっちにいるあなたが、どうにかできるはずないでしょう? …それでも、そんなふうに言うのは」


彼女は息を飲み、目を伏せた。


「まるで…私の…ゴニョゴニョ…みたいな顔して言うから、余計に…」


言葉を切ると、耳まで赤く染まっていた。


ユウは胸が跳ねた。


「…ごめんでも、それでも言いたいんだ」



その頃、街の高台からジャスクの二人が遠目に見下ろしていた。


「あれが高名なクラヴァル嬢か。アタシ、勝てるかな」


ハナラが腕を組み、じっと目を細める。


「その問いに解はない。それが答え」


ロアは無表情に書板へ走り書きをしていた。


「ナズくん復活まだかなー」


「昨晩は三人でヌップリでしたから」


「またそれ? 真面目に考えなさいよ」


「真面目に、ですよ」


二人のやりとりは軽口に見えて、しかし視線は決して逸れていない。クラヴァルの行動を逐一解析するかのように、研ぎ澄まされた視線で追い続けていた。



フレームの光が揺れる。

リゼは深く息を吐き、俯いたまま呟いた。


「…あなたを守りたいのに、怖い」


その一言がユウの胸を鋭く貫いた。


「リゼ……」


彼は何か返そうとした。けれど声になる前に、フレームがわずかに揺れた。ノイズがひときわ強く走り、光が静かに閉じていく。


最後に見えたのは、リゼが唇を噛んだ横顔だった。


残されたのは、不完全な会話の余韻。

胸に沈むのは、互いの揺らぎだけだった。

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