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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第4章 仮初の舞踏会 / Masquerade

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第34話 ハイギアードコリジョン

朝の陽が石畳を照らし、街路の影を長く伸ばしていた。


リゼは腰に剣を下げ、軽やかに歩を進めている。


数日残っていた脚の痛みは、ほとんどなくなっていた。踏み出すたびに確かめるように地面を蹴ると、その反動が心地よい。


耳の奥で、馴染み始めた声が響いた。


──ユウだ。


もちろん周囲からは見えない。


今は「配信モード」のため、映像に映るのはリゼの姿だけ。けれどリゼにとって、その声は誰よりも近く、確かな存在だった。


「今日は、何の依頼?」


軽口を叩くような調子。リゼはわずかに肩を揺らし、吐息を笑みに変える。


「森の外れ。……ちょっとした獣退治よ」


「危なくないの?」


「平気。もう走れるし、剣も振れる」


「これってさ……」


「なに?」


足を止めずに返す。

すると画面越しに、ユウが口ごもるのが伝わってきた。


「……俺も、一緒に歩いてる気がする」


唐突な言葉に、リゼは思わず頬を赤らめた。

傍から見れば独り言のように映るはずだ。だが彼女にとっては違う。


歩調が自然と緩み、視線は石畳の影を追う。まるでそこに、彼の足跡が並んでいるかのように。


「……じゃあ、置いてかれないようにしなさい」


わざとつんとした声を返す。


だが胸の奥は、不思議なほど温かかった。

ユウがくすぐったそうに笑う気配を送ってきた。

その音が耳に残り、リゼの口元も自然と緩む。


街の門が近づいてくる。

門兵に軽く会釈しながら、リゼは背筋を伸ばした。


──彼が隣にいるわけじゃない。

でも、いるように感じてしまう。

その錯覚を否定するのは、もはや難しかった。



石畳が続く街道を、リゼは軽快に歩いていた。

画面越しに見つめていたユウは、思わず声を弾ませる。


「リゼ、やっぱり調子よさそうだな」


彼女は視線を横に流すようにして、微笑んだ。


「言ったでしょ。もう走れるって」


そのやりとりが心地よい。

だが次の瞬間、ユウの耳に違和感が走った。


──地鳴り。

ほんの僅かだが、確かに振動が伝わってきた。

画面の端がわずかに揺れ、リゼの足も止まる。


「……今の、聞こえた?」


問いかけた瞬間。地面が裂けた。

石畳が跳ね上がり、土煙とともに何かが飛び出す。


棘のように尖った腕──いや、鋼鉄の杭のような異形の肢が、一直線にリゼの胸を狙って迫ってきた。


「リゼッ!」


ユウは絶叫した。

指先が反射的にスマホを握り込み、画面に手を伸ばす。けれど掴めるはずがない。


現実に届く術を持たないことを、痛いほどわかっているのに。


視界がスローモーションのように伸びる。

リゼの瞳が驚愕に見開かれ、身体が半歩だけ遅れる。鋭い一撃が彼女を貫こうとした──。


光が割り込んだ。

刹那、眩い斬線が横合いから走り抜ける。

音をも切り裂くような閃光。


異形の肢は空中で断たれ、血煙と黒い霧を撒き散らしながら弾け飛んだ。


リゼは反射的に剣を抜き、後退する。

荒い息をつきながらも視線を前へ──そこに立つ影を見た。


黒煙を切り裂き、砂塵を押しのけて姿を現したのは──一人の少女だった。まだ十代半ばほどに見える。銀の髪は乱れ、頬には薄い泥がついている。


けれど瞳だけは異様な熱を帯び、まっすぐにこちらを射抜いていた。その手には、まだ淡い光を残す細剣。


地に伏した脅威の残骸からの血煙が、石畳づたいにじわりと広がっていく。


「……速い」


リゼが小さく呟いた。

彼女の視界に入った少女は、敵意もなく、勝ち誇ることもなく──ただ一つの対象に向かっていた。


「ユウ!」


名を呼んだ声は、画面を揺らすほどに真っ直ぐだった。


その瞬間、ユウは息を止めた。


「……え……?」


リゼの耳にも届いた。


彼女の眉がぴくりと動き、剣を握る手に力が籠る。彼女は返事を待たず、まるでフレームの内側を覗き込むようにさらに踏み出した。


頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。


戦闘直後の緊張ではない。

押し殺してきた感情が堰を切ったようにあふれ出していた。


「ユウ、見えてるんでしょ? 私……クラヴァル! やっと──会えた!」


叫びは剣撃よりも鋭く、リゼの心臓を突いた。


「……誰?」


リゼの低い声が、冷ややかに空気を裂いた。

その一言に、ユウの喉が詰まる。

画面越しに絞り出すように応えた。


「クラヴァル……?」


ユウが小さく名を呼んだ声は、かすかに震えていた。画面のこちら側でその名を拾ったリゼの表情が、瞬時に硬くなる。


「……ユウ?」


低く呼びかけるその声音は、剣先よりも鋭かった。


ユウは唇を噛む。

否定も肯定もできず、ただ視線を泳がせる。

フレーム越しに、リゼの瞳が彼を縫いとめていた。


「あなた……ユウの知り合いなの?」


リゼの問いは淡々としていた。怒鳴り声でもない。それだけに、胸を締め付けるような冷たさがあった。ユウは声を失い、喉の奥が痛む。


答えられない沈黙が続く。

クラヴァルはそんな二人の空気をものともせず、一歩前へ踏み出した。


「そうだよ!ユウと私……ずっとずっとずっとずっと会いたかったの!」


その顔は必死で、頬に泥がついていることすら気づかない。ユウは胸の奥をかき乱される。


“会いたかった”──その響きに心臓が跳ねたのは、無視できない事実だった。


だが、同時にリゼの手が剣の柄を強く握るのが見えた。震える肩、揺れる瞳。彼女の中に渦巻く感情が、ユウにまで突き刺さる。


「……ユウ」


再び、名を呼ばれる。さっきよりも低く、冷えた声で。その一言に、ユウの全身が固まった。


クラヴァルの熱い視線と、リゼの冷ややかな問い。二つの矢が同時に心臓に突き立ち、ユウは動けなくなる。


答える言葉が、どこにも見つからなかった。



リゼの配信は静かだった。

日中の彼女の姿。コメント欄は空白のまま。


そこに残っているのは、自分ひとりの視線だけ。


ユウは嫌な予感をおぼえ、震える指でチャンネルを切り替えた。


……次の瞬間。同じ場面がスマホに映し出される。ただしカメラのアングルが違う。

砂塵の中、脅威の残滓を背に立つクラヴァル。


その金の盾が目立つ配信は、まるで祭りの会場のようにコメントが滝のように流れていた。


《なに今ユウって呼んだ!?》


《誰だそいつ!?》


《意味わからん》


《なんのこと?空気やべえw》


文字の奔流に、ユウの呼吸が止まる。あり得ない。自分は、ただの一般人で、どこにも名前なんて知られていないはずなのに。


クラヴァルは頬を紅潮させ、真正面を見据えて笑う。カメラの奥から、ユウだけに届くように。


「ユウ! 聞こえてるんでしょ? 私、クラヴァル。会いたい!」


……世界が、逆さまにひっくり返ったように感じた。誰も知らないはずの自分の名前が、今、群衆の熱狂に飲み込まれていく。


画面の隅で、コメント数が秒ごとに跳ね上がる。

炎のように荒れ狂う文字列。ユウの心臓は、叩き割られるように激しく鳴っていた。


次の瞬間、アプリが負荷に耐えきれず、強制クールダウンに落ちる。


画面が真っ黒になっても、瞼の裏にはあの光景が焼きついたままだった。


「……どうして……俺の名前を」


呟いた声は自室の壁に吸い込まれ、誰にも届かなかった。

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