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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第3章 光と影の女たち / Goddess in the Doorway

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第28話 異世界配信サービス-4-

放課後の自室。


机の上には開きっぱなしの教科書とノート、散らかったシャープペンや消しゴムが点々としている。


ほんの少し前まで宿題に向かっていたはずなのに、視線はとっくにスマホに釘付けだった。


ここ最近、帰宅して机に座るときの流れは決まっている。鞄を放り投げ、ノートを開き──そして、スマホを両手に包み込む。


ページをめくるよりも、キーを叩くよりも、まず「彼女に声をかけること」のほうが自然になっていた。


初めて名前を呼んだときのぎこちなさは、もうほとんど残っていない。ユウの舌は自然に動き、喉は声を出す準備をしている。


何度も繰り返すうちに、心臓の高鳴りさえ“いつものこと”として受け止められるようになっていた。


スマホを握る指先に、汗がじわりとにじむ。

それももう驚きではなかった。


声をかける前から、ユウの身体は彼女に会う緊張と期待でいっぱいになる──それがいつものことだから。


呼吸を整え、名前を呼ぶ。


「リゼ」


瞬間、空気がわずかに揺れた。

机の端に積んであったプリントの束がカサリと音を立て、画面に淡い光が広がる。


やがて眼の前の空間にフレームが開く。

四角い輪郭が浮かび、見慣れた光景が現れる。



石造りの宿の一室。


ベッドの上で姿勢を正して座るリゼ。

巻かれていた包帯はほとんど取れていて、肩や腕が自由に動いているのが見て取れる。


ユウは小さく息を呑み、そして口元を緩めた。


「…繋がった」


リゼも気づいたように笑みを返す。


「前より…長く続く気がする」


「今日は依頼に出たの?」


ユウが問いかけると、フレームの向こうでリゼが首を横に振った。


「いいえ。体を慣らす程度。…でも、もう大丈夫」


彼女の声は落ち着いていて、かすかに疲労を含んでいるようにも聞こえた。

ユウはその表情をじっと見つめ、息を吐いた。


最近はこうして他愛のない会話を交わすことが多い。


それはほんの数分のこともあれば、途切れ途切れの一言だけで終わることもあった。


けれど今日のリゼは姿勢も整っていて、言葉もはっきりしている。


「もう大丈夫」と口にするその響きが、ユウの胸にじわりと沁み込んだ。


(本当に……強いな)


彼女はあの日、大きな傷を負った。

倒れ込む姿を見たときの光景が、まだ脳裏に焼き付いている。


そのリゼが、こうしてまっすぐに座っている。

それだけで奇跡のように思えた。


ユウは机の端に置いた自分の手を見下ろす。

少し汗ばんだ掌をぎゅっと握り込み、口を開いた。


「大丈夫って言えるの、すごいな」


「なにが?」


リゼが小首をかしげる。

その動きが画面越しでも鮮明に伝わり、ユウは一瞬だけ目を逸らした。


言葉を探し、数秒の沈黙が落ちる。

唇がわずかに震え、ようやく搾り出すように声が出た。


「…悔しいんだ」


言葉が空気に乗ると同時に、ユウの胸が強く脈打った。自分の声がこんなにも弱々しく響くことに、本人がいちばん驚いていた。


リゼの視線が鋭く細められる。


「悔しい?」


「何もできない自分が、悔しくて。あのとき、君を守れなかった。……ただ見てるだけで」


声が途切れ途切れになる。

息が詰まり、机の上のノートに視線を落とすが、インクの文字が霞んで見えた。


「俺は……本当に、無力なんだ」


握った拳が震えている。

画面の向こうでリゼがじっと見ているのを感じる。返事を待つ間、秒針の音さえ耳に届いてきそうだった。


その告白に、リゼはすぐには答えなかった。

ただ沈黙の中でユウを見つめていた。


瞳の奥には責める色はなく、淡々と真実を見据える光だけが宿っている。


やがて、彼女は低く口を開いた。



「…じゃあ」


その一言でユウの呼吸が詰まる。

鼓動が一拍ごとに耳に響き、手のひらに汗がにじむ。


「覚えてる? 私、あの“手”に握られて……もう潰されるって思った」


リゼの声はわずかに震えていた。

言葉と同時に彼女の肩が小さく揺れ、当時の記憶が彼女自身を苛んでいるのが伝わってくる。


ユウは唇を噛み、画面の縁を見つめた。


「それでも必死で叫んだの。──“助けてユウ、助けて!”って」


その声が耳の奥で反響し、胸の奥に重く突き刺さる。自分の名を呼んだ必死の声。

その瞬間を思い出し、ユウは胸を焼かれるように熱くした。


そして、リゼは静かに言い切った。


「で、キミは何ができたの?」


ユウの胸が鋭く抉られる。

喉が詰まり、返す言葉が見つからない。

唇が開いても声は出ず、沈黙だけが重く流れた。


視界に浮かぶのは、あの日の光景。


巨大な手に握られ、無力に垂れ下がるリゼ。

伸ばそうとした自分の手は届かず、ただ見ているしかなかった。


──俺は、何もできなかった。


指先が震え、机の端を掴んだ。

ペンが小さく跳ね、落ちかけて止まる。

その些細な物音すら、自分の無力さを告げているようで胸に刺さる。


ユウはゆっくりと顔を上げた。

声が震えてもいい、掠れてもいい。

彼は唇を強く結び、視線をリゼに向けた。


「……それでも、もう諦めない」


その言葉とともに、胸の奥の熱が形を持って外にあふれ出す。

呼吸は乱れているのに、声だけは途切れなかった。


ユウは真っ直ぐにリゼを見据える。


「今度は絶対に──俺が助ける! どんなことがあっても! 必ず!」


声が響き、部屋の空気が一瞬だけ張り詰める。

窓の外で遠く犬が吠えたような音さえ、決意の余韻を後押しするようだった。


リゼは目を細め、ふっと鼻で笑った。


「……呑気なものね」


けれど、その声音にはかすかな揺らぎが混じっていた。ユウの言葉が彼女の心を確かに揺さぶったのだと、ユウ自身も感じ取った。


「嘘じゃない!」


ユウは、言い切ったあとも視線を逸らさなかった。胸の奥で脈打つ熱が理性を押し流し、ただ「守る」という意思だけが残っていた。


その瞬間──。


フレームの縁にノイズが走った。

青白い光が脈打ち、まるで呼吸をしているかのように明滅する。


机の上に置かれたペンが小刻みに震え、消しゴムがゆっくりと転がり始めた。


耳の奥で低いうなりが響き、窓ガラスがかすかに軋んだ。蛍光灯の明かりが一瞬だけ瞬き、部屋の空気が薄くなるような感覚が全身を包み込む。


ユウは一歩前へ踏み出した。

胸の奥の熱が喉を押し上げ、衝動が体を突き動かす。


「……リゼ」


伸ばした手がフレームに触れる。

冷たいガラスの感触があるはずだった。


だが、指先は抵抗もなく沈み込み──水面を押し分けるように揺れた。


瞬間、掌に伝わったのは確かな柔らかさ。

華奢で、温かく、震えている。

間違いなく、人の肩の感触だった。


ユウの心臓が跳ねる。

視線を上げれば、リゼもまた驚愕に瞳を大きく見開いていた。


「「……え?」」

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