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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第五章 塗り替えられる勢力図

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第三十四話 不審な金の動き

 シャロン孤児院と修道院の奥にひっそりとあった墓地には、様々な花が咲き乱れていた。 訪れてすぐに墓地へ向かって、この状態に唖然としていると、エッセル修道院院長がやってきて説明してくれた。昨日、年老いた庭師が一人やって来て、殺風景だった墓地に手際よく植えていったのだそう。


「勅旨を携えた者を拒否するわけにもいかず、コレットさんの意思を無視する形になり、どうお詫びしたらよいかと頭を悩ませておりました……」


 勅旨というくらいなら、きっと王宮の庭師だろう。マリオさんかな、後で確認してお礼を言わなくちゃ。

 前回訪ねて来たときに、外部の人を入れないで欲しいとお願いしてあっただけに、狼狽えるエッセル院長。状況がずいぶんと変わってしまったことを謝りつつ、ことのあらましを説明した。

 今は訳あって王宮の王子殿下の元に滞在していることと、ついに自分の出自が殿下にバレてしまったこと、それで両親と陛下がかつて懇意にしていたことを知り、陛下から花をいただいたことを説明する。


「では、コレット様は罪に問われずに済みましたのですか?」

「それはまだ……けれど、悪いようにはされないと思います。だから院長にはこれからも、孤児院の運営をお願いしますね」


 私はいつものように院長室で寄付金を渡した。それと引き換えに、帳簿を預かる。

 前回に渡した寄付金で、ノーランド伯爵家の事業負債は返済完了しているはず。その収支を確認する。そしてついでといっては何だけれど、修道院と孤児院の帳簿を確認するのも、いつものことだ。継母は月に一度ほどここに来て、財政の管理をしている。ついでに子供の面倒も見ているようだけれど、子供たちには当然だが不人気だ。

 元々は財政について詳しくない継母の監視という意味も込めて、始めたチェックなのだ。いつも通り、細かく記載された数字を追っていたのだけれど……

 支出の桁がおかしい欄がある。

 ざっと計算すると、先月だけで渡した金額の三倍は支出されている。それだけじゃない、事業の負債完済のはずが、土地の売買をしてる? まさか……


「なにこれ……」


 孤児院と修道院の建つこの土地を、リンジー=ブライスの名で買い上げている。巧妙に誤魔化しているが、その金で修道院が他の土地と、それから事業を丸ごと買っていることになっているような……

 事業の名は……南部ヘイオン塩硝製造?


「どうかいたしましたか? 先月はバザーが上手くいきまして、黒字になりましたの。そういえば負債も返し終わったと、リンジー様から伺ってます、本当によかったですわね」


 にこやかにそう言う院長に頷きながら、私は慌てて帳簿を閉じた。


「少し数字が見にくくて。メモを取らせてもらってもいいですか?」

「ええ、もちろんです。私どもは数字にうといので、コレット様にいつもお任せしてしまって申し訳ありません」

「とんでもない、得意なことがこれくらいですから。少し、しっかりと見させてもらいますね」


 そう言うと、院長はペンと紙を出してくれた。都合がいいことに、孤児院の方で呼ばれているので少し席を外すと言われ、快く送り出す。

 そして私は再び帳簿を開き、数字の羅列を追った。

 これまで少なくとも……私が働きはじめて四年。継母が勝手に孤児院のお金に手をつけることはなかった。微々たるものだけれども、収益の余りと私の得た給金で、負債事業の返済もされてきて、それが終わる目前だった。それが今になって何故。

 ここの土地は元々修道院の名義にしてあった。たとえリンジー=ブライスが個人で買い取って彼女の名義になったとしても、そもそも孤児院と修道院の運営者は、元ノーランド伯爵夫人だった彼女である。だから修道院には損害はない、いやむしろ、買い取った事業の収益があれば、そのまま修道院の純粋な利益となり、継母には負債だけが残る。だがこんなことをして、あの人に何の意味が……

 しかも日付は、殿下の視察に行っていた間のこと。ここでいったい何があったというのだろうか。

 帳簿上で土地の名義が変更になっただけで、よく帳簿を見ないと収支が赤字になってないし、院長では気づかないだろう。それに新たに買った事業への支出は、いくつかの項目に分散されて誤魔化されている。恐らく、出費が多い修繕費、子供たちの勉強のためのノートなどの日用品、それから最後の負債返済のための積立分。そのおよその増額分を足したものが、事業の買収金額なのだろう。

 そのおかしなお金の流れと日付、それからヘイオンの名をメモに取り、私は帳簿を閉じた。


「なにか、気がかりなことでもありましたか?」


 院長室の片隅ですっかり待ちぼうけをさせてしまっていたジェストさんが、こちらの様子を伺ってくる。


「いいえ、数字が間違っているかと思いましたが、そうでもなかったようです。殿下との待ち合わせは、夕刻でしたっけ?」

「はい、ここからだと馬車で少しかかりますので、あと三時間ほど後には出た方がいいでしょうね」

「三時間か……私はこれから子供たちに算数を教える予定なんですけど、ジェストさんにはその間、少しお願いしてもいいでしょうか?」


 修道院と孤児院には、基本的に男手は不足している。高い部分の壁の補修や、季節のものの荷下ろしなど、女性ではつい後回しにしてしまう仕事が山積みだ。

 ジェストさんにはそれらの仕事を手伝ってもらうことになった。

 最初は子供たちは、大柄なジェストさんを遠巻きに眺めるだけだったが、そのうち男の子たちが付いて回るようになっていた。どうやら彼の腰に携えた、長剣に憧れているみたい。

 さすがにジェストさんも、それに触れることは許さなかったけれども、彼も人の親。最後は子供たちと組み手の相手をして遊んであげていた。


「騎士様にまで、雑用をしていただいてしまって……なんとお礼を申し上げればいいのか」


 院長の言葉に、ジェストさんは恐縮した様子だ。


「お役に立てたのでしたら、良かった。それに自分はもう、騎士ではありませんので、そうかしこまる必要はございません」

「え、ジェストさんって、そうだったんですか? 私はてっきり……」

「コレットさんには言っていませんでしたか。私は怪我をして騎士としての役目は果たせなくなりましたので、位を返上しています」

「そうだったんですか、怪我を……すみません、知らなかったとはいえ詮索してしまって」 

「いいえ、かまいませんよ。私は引退しましたが、後を息子が継いでくれていますから。あなたの弟もその一人でしょう……悲観などは、一切しておりません」


 そう言って笑うジェストさん。気負いもなく、ごく自然な様子に、なんだかこっちまで嬉しくなる。騎士の道を極めた人というのは、こんな余裕があるものなんだなと知った。

 それから院長や孤児院の子たちと別れ、私とジェストさんは馬車に乗って街に向かった。以前、殿下と鉢合わせたカフェではなく、今日は少し敷居の高い料理店だ。こうした店は王都には多く、貴族と商人たちに利用されている。

 当然ながら会合のための部屋だけでなく、控え室なるものもある。そこで殿下と合流した。


「戻ったか、何か問題はなかったかジェスト?」

「いいえ、特には。尾行らしきものも見当たりませんでした」

「そうか、こちらにはあからさまに三人ほどだ。そちらが主流かと思ったが……」


 そのやり取りにぎょっとする。尾行ってなに、私にそんなものつけて何になるというのだろうか。

 呆れている私に、殿下がじっと見下ろしてくる。


「なんですか?」

「会食をしながらの話し合いになる。着替えてこい」

「ええ、汚くないですよ。あ、ちょっとだけ子供たちと庭で遊びましたけど」

「そういう問題ではない。アデル」


 居ると思わなかった人の名を呼ぶ殿下。すると控え室の衝立の向こうから、アデルさんが顔を出した。


「念のため用意させた、行ってこい」

「わ、ちょっと殿下」


 背中を押されて、有無を言わさず衝立の奥へ押し込められてしまった。

 苦笑いを浮かべるアデルさんからは、「諦めてください」と言われてる気がした。

 用意されてあったのは、以前注文させられた服のひとつだ。既製品ではあるけれど、大きな商家のお嬢さんくらいが着てそうな、上質な絹のワンピースだ。もちろん、補正下着が必要なレベル。手際の良いアデルさんにお腹を絞られ、どことも言えない肉を寄せられて、それなりに形にされた。そして髪を整えられ、化粧を施される。

 鏡に映る自分の顔に驚いていると、最後に赤い薔薇の髪留めと、それと同じデザインのネックレスをつけてくれた。


「よくお似合いです」

「いやぁ、よく化けたものよね……」


 鏡越しにアデルさんに言うと、彼女は無言ですっと後ろに下がっていく。そして頭を下げた方を見ると、そこに殿下がいた。


「そろそろ向かうが、用意は……できたようだな」


 私を見て、少し驚いたような顔をする殿下。そりゃそうだろう、馬子にも衣装とはこのことだ。普段なんて、地味な紺か茶色のワンピースに、ブーツ。化粧などしていないのだから

 一呼吸おき、殿下は私に手を差し出してくる。

 ああ、とすぐに気づき、そばに置いてあった鞄から書類の束を出してその手に渡した。


「違う! 誰が書類をよこせと言ったか」


 ええー、違うんですか。でも、そんなに怒るほどのこと?

 殿下の横で背を向けているヴィンセント様の肩が揺れていて、アデルさんはハンカチで口を押さえている。


「手!」


 慌てて殿下の手に、自分のを乗せる。

 犬ですか、私は!

 ムッとする暇もなく引き寄せられて、持っていた書類を落とさないよう抱えながら、殿下の横を歩く。彼はせっかちなのか、いつだって歩くのが速いのだ。


「ヒールがあるしコルセットが苦しいので、ゆっくり歩いてくださいよ殿下」


 殿下が止まって私を振り返る。

 再び見下ろされているなと思ったら、殿下の視線が胸元のネックレスに向かい、そしてあからさまに反らされた。

 それってつまり、似合ってないって言いたいんでしょうか?

 誰が強引に着せたんですか、あなたですよね殿下! なんて思っていると。


「抱き上げてもいいが?」

「っ、けっこうです!」


 コルセット着けてて抱き上げられたら、内臓どうにかなります。吐きますから!

 既に一回、醜態をさらしてるので、怖くないですからね。本当ですよ!

 本気で嫌がってるのを分かってるのか、殿下は再びスタスタと先を行く。前を行く殿下の耳が赤いので、絶対に笑っているに違いない。 

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