第三十三話 予兆
ロザン=グレゴリオ将軍は、ジェストさんよりも少し若いくらいだろうか。頑強そうな体躯にきっちりとした軍服を着こなしていて、とても威圧感の強い人だった。後ろには同じく軍服を着た部下を二人従え、私たちを呼び止めている。
殿下の笏を持っている私たちは、直接の指示を受けて殿下の仕事を代行しているという意味である。ジェストさんが遠回しに、邪魔をするのは殿下自身をそう扱うこと同じだと伝えたことになるのだが、グレゴリオ将軍は意に介さないつもりらしい。
ここにも、継承権を巡る勢力図の一端を見た気がした。
「……手短に願います、ご覧の通り殿下のご命令で殿下の貴重な資金を運んでいるところです」
ジェストさんがそう言うと、将軍の鋭い視線が私の掲げ持つ紋章入りの包みへ向くのが分かった。
「私兵風情が小賢しい……おまえに問いたいのは、先日ティセリウス領から連れてきた闇医者のことだ。なぜその者の捜査を私兵ごときが管理しているのだ、いったいどこに隠している?!」
サイラスのことを言っているのだと分かり、そういえば彼はその後どうなったのだろうかと疑問がもたげ、私もジェストさんの言葉を待つ。
「尋問はほとんど終わりましたので、報告書を陛下に上げてから通常の裁判に移る予定だと聞いています」
「今後のことを言っているのではない、今、どこに捕縛されているのか、手続きが慣例から外れている責任を問うておるのだ」
グレゴリオ将軍は、苛ついたように睨みをきかせながら問い詰めてくる。
「通常通りではない手続きを許可したのは、陛下だと伺っております。異論がありましたら、陛下へ奏上なされたらよろしいかと」
「貴様……誰に物を言っているか」
後ろから部下が口を挟む。だが意外にも、それを制したのは、グレゴリオ将軍だった。
「よかろう、私から陛下に進言しておく。ただ……殿下にはご忠言の必要がありそうだ、そうは思わないかな、ジェスト=エルダン? ただでさえ上位貴族の多くは、現デルサルト公爵への親しみが強い。いたずらに敵を作られないよう、お心がけを願うばかりだ。そうでなくては、とてもとても殿下の治世では……かつての陛下と公爵閣下とのような信頼関係はままならぬのではないかと、危惧しておりますのでな」
「将軍がそのような細やかな心配りをされてらっしゃるとは。しかと殿下へお伝えいたします」
ジェストさんがそう答えると、グレゴリオは鼻で笑うような仕草をして、引き返して行った。たぶんあれは、イヤミを言ったのにもかかわらず、ジェストさんが顔色ひとつ変えないことが面白くない、そういう印象だ。
しばらく去って行く三人の後ろ姿を見守り、見えなくなった辺りでようやくジェストさんが「行きましょうか」と私を促す。
「そういえば、サイラスのその後のことは、私も聞いてませんでした」
殿下の部屋の前まで来て、そう言うと。
「ええ、お伝えしてなかったですね。あまり愉快な話はありませんから、彼の証言は」
「秘密、ということですか?」
「……いえ、殿下の判断だったと思います。ええと、コレットさんの前で話題にしたくない人物が関わっているとか」
「ああ、そういうこと……」
私は、馬車でふて寝した時のことを思い出して、恥ずかしさが一気に募る。
継母がサイラスに依頼して、私の死亡診断書を書かせたのだから、私に協力を求めた殿下があえて話さなかったのなら私のせいだ。
『その人のことを口にするなら、私は今後一切協力しません』
なんて、言ってしまったのを忘れていた。
「あの闇医者、他にも余罪があるのでしょう? それを利用するために、匿ってるんですか?」
殿下の部屋に入りながら気になっていたことを尋ねると。
「なんの話だ?」
ちょうど会議が終わり、戻ってきた殿下と鉢合わせしてしまった。ジェストさんはすぐに殿下に報告を済ませる。レスターと私が無事に会えたこと、その帰り道でグレゴリオ将軍に呼び止められ、サイラスの所在を聞かれたこと。そしてイヤミを言い放ってくれたことなど。
「それでコレットがサイラスのことを気にしていたのか」
「すっかり忘れてましたけど、よく考えたらあの人、すごく重要な位置にいる気がして」
「こちらで匿わねば命がないことくらい、本人も自覚があったようだな。素直に聴取に応じている。ただしやって来たことが違法行為ばかりだから、一つずつ裏を取るのが容易ではない。それらが揃ったら、いよいよ勢力図が書き換えられるだろう」
そんなにヤバい情報を持っているのだろうか。というか、とんでもない人に、診られていたんだ私。医者としての腕はまともだったんだろうか……と、つい傷跡をさすってしまう。
それを殿下がめざとく見ていたのに気づき、慌てて荷物を片付けて机に戻る。
「グレゴリオが自分で出てきたということは、それなりに危機感を募らせている証拠だ。ジェスト、明後日もおまえが付いてくれ」
「承知しました」
そんな会話を二人がしているのを聞いて、私はぎょっとする。
「明後日って、それもしかして……」
「おまえの外出の護衛についてだ。それが嫌なら取りやめろ」
「それは困ります!」
「その日は急遽、ダディスと面会することになった。夕刻を予定しているが、おまえも来るか?」
どうやら私が出ている間に、ダディスの頭領から手紙が届いたらしい。
「いいんですか? なら違約金の減額交渉をしていいですよね、せっかく資料を作ったんで、ぜひとも同席したいです!」
その言葉に、殿下が苦笑いを浮かべている。なにか文句あるのですか、お金は大事ですよ! ケチだからじゃありませんから、そこのところは誤解のないように!
そうして迎えた、給料日当日。
私はジェストさんとともに、殿下の部屋、もとい仕事場を出て城下町へ向かった。久しぶりの帰宅である。
肩からかけた鞄の中には、私としては相当なお金が入っている。なにしろ基本的に高給だったにもかかわらず、十日続いた出張手当も加わっているのだ。それらを抱えて一人で馬車に乗るつもりだったので、結果的にはジェストさんが同伴していて心強い。ついでに言うなら、旅行そのままの大荷物だったし。
「ただいま帰りました」
「コレット!」
家に帰り着くと、知らせてあったから両親ともに揃って待っていてくれていた。
一週間の予定がさっぱり帰ってこない娘を、とても心配していたらしい。そりゃそうだよね、私だってどんなに帰りたかったか。
両親と代わる代わる抱き合って挨拶をすませ、私はジェストさんに両親を紹介する。
「せっかくの親子の時間に、水を差して申し訳ありません」
ジェストさんが丁寧にそう告げると、両親の方がおろおろとしつつ頭を下げる。煌びやかな人たちに囲まれて目立たないが、ジェストさんも貴族。平民である私たちにとって、彼に頭を下げられるのは大変居心地悪いのだ。
両親はジェストさんに椅子を用意して座ってもらい、それから私の近況を確認してくる。
どこまで話していいのか殿下と相談してきたけれど、私は正直なところ、両親にあまり心配をかけたくない。彼らは大きな秘密を抱え、養父母としてこれまで本当によくしてくれた。これ以上、巻き込みたくは無い。だから安全を考慮して、話す事情は最低限にすることに決めた。
まず話したのは殿下に私の過去の名前を知られたこと、それに対して今は不問にしてもらっていること、それからかつてノーランド家に召し抱えられていたサイラスという医師に出会って、彼が捕まったことを話した。
「その医師のことはよく覚えているよ。あまり目つきが良くない男だったが、手早くコレットの傷を処置してくれたから、とても感謝している」
「腕は、確かだったのね……」
「昔は、戦場へ派遣された医師だったそうで、特に外傷手当は得意だと言っていたわ。そこで奥様と出会ったそうね、ベルゼ王国の人だったらしいわ」
「母さん、なんでそんなこと知ってたの?」
さすが食堂で給仕仕事をしているだけある、話上手というか接客上手な母さん。診察に来た医師にやたらと話しかけ、返事がないのにおかまいなしだったのが、三度目に来た時にはちゃっかりそういうことを聞き出していたようだった。
「コレットの容姿が、ベルゼの人に多い色だから、亡くなった奥さんを思い出すって言ってたわ。根は悪いひとじゃなかったんじゃないかしら」
あっけらかんと、そんなことを言う母さんに、父さんはいつものことなので慣れたものだ。
「母さんにかかったら、誰も彼も口を割ってしまいそうだな」
もしかしたら、金髪紫の瞳の人物を探していたのは、ベルゼ王国の人間だったのかもしれない。あそこはそもそも、国境を接しているし、交易が活発になったことで特に商人や役人の出入りも増えている。
それにお金が絡むとなったら、フェアリアス側の人間が仲介してもおかしくはない。
ハッとして顔を上げると、ジェストさんが私を見ていた。おそらく、彼も何か思うところがあるのだろう。けれども、両親の前でこの話はこれ以上続けたくはない。話すと当然、私が攫われたことも知られるから。
私は努めて明るく、父さんに違う話題を振った。
「父さんも仕事は落ち着いたかしら、何か変わったことはなかった?」
すると父さんが複雑そうな顔を見せる。
「ああ。コレットが出かけている間に、色々あってね……」
「色々? どうかしたの?」
「商業組合が分裂をしそうなんだよ、その調整に父さんたちも駆り出されてね。末端の市場の商店までが巻き込まれるほどで、本当に頭が痛いよ」
なんだか、下町も大変なことになっていたようだ。
詳しく聞いてみると、どうやら元凶はレリアナの恋人らしい。あの、隣国ベルゼで修行して帰ってきたばかりだという、セシウス=ブラッド商会の若頭取。彼が戻ってきてベルゼとの交易での業績が好調なこと、ゼノス商会の不慮の事故からの業績の落ち込みが同時だったことが、均衡を崩した要因だという。
それに、またここに隣国の名が出たことに、私は少しだけ違和感を覚える。
いや、今はそれよりも。
「まって父さん、セシウス=ブラッド商会は、規模こそ大きいけれども、利益でいえば落ち込んだゼノスにようやく競合するかどうかじゃなかった?」
「ああ、だが後ろに公爵家がついたという噂があるんだ」
「公爵って……デルサルト公爵?」
「そうだ」
王宮の対立が市井にまで影響を及ぼし始めているのだろうか。
セシウス=ブラッド商会に公爵家、ゼノス商会は王家と関わりの深いバギンズ子爵家があるわけで。これでは、商会が代理戦争をしているかのような構図で……
これは、殿下は把握しているのだろうか。そう思ってジェストさんの表情を窺うが、彼はそうそう顔色など変える人ではなかった。
思ってもみなかった情報に、もっと話を聞きたい気持ちが募ったが、やっと得た休日は一日だけ。父さん母さんとの挨拶を終えて、私はすぐにジェストさんとともに修道院へと向かうことにしたのだった。




