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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第三章 記憶

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第十九話 紅一点な有効活用と注意事項

 王都を出発して二日目、もはや朝から殿下の馬車に入れられてしまう。

 どうして。元に戻して。そうアデルさんに訴えたものの、今日の夜には公務に先駆けて、殿下の私用を片付けることになっているとのことで、体調優先と却下されてしまった。

 そんなことってある? もしかしたら別の意味があるのではと、昼休憩時間にアデルさんを問い詰めることに。いくら会計士の仕事に慣れてきたとはいえ、平民の私にとって殿下のお側は緊張をするのだと同情を引く作戦を使ってみたらば、多少は申し訳ないと思っていたらしい。

 地理的に街がちょうどいい場所にないために、野営で昼支度がされ、アデルさんたち侍女や雑用人の中に入って食事を取っている時だった。


「……コレットさんには申し訳ないとは思いましたが、殿下にとって若い女性がお側についているのは良いことかと判断し、同乗を勧めました」

「それって、例の不敬な噂への対策ですか?」


 チラリと休憩中の近衛兵たちの方を見る。


「はい。実際に殿下が問題なく女性に接することができることを見せるのが、最も早く誤解を解く方法ですし、それが周囲の願いでもありまして……」


 婚約者候補すら挙げられていない殿下への心配は分かるけど……。


「私はあまり殿下にとって、接すべき女性の要件を満たしていないので、お妃様候補になる貴族女性への周知になりますでしょうか」

「若い侍女すら置けない相手に嫁ぐのは心配でしかありません、まずは小さな一歩が肝心かと」


 些細な効果と承知していても、あえて行動に移すというなら、アデルさん以外の思惑もあるのでは。


「誰ですか、その殿下の周囲とは。臣下でありながら殿下の心配をされるといったら、ヴィンセント様か、トレーゼ侯爵? 普通は親くらいですよ、そんな世話を焼く……」


 アデルさんが視線をそらす。

 え、ちょっと、まって。殿下の親って、国王王妃ご夫妻ですけど。


「まさか……」

「私の口からはなんとも申し上げられません。ただ、どんな形でもよいので、殿下の周囲に人を増やしたいという願いが、私どもの間ではあるということです。それではコレットさん、お仕事頑張ってください」

「あ、ちょっと……」


 さすが侍女歴が長いアデルさん、都合が悪くなった時の対応が速い。さっさと食事を終えると、食器を持って片付けに立ってしまった。残された私は仕方なく、他の侍女たちと雑談を交わす。

 まあ彼女たちに振られる話題は、殿下の車中での様子なのだけれど。まさか膝枕をさせてしまったとは言えず、酔いを逃がすために寝ていた以外はいつも通りだったと誤魔化しておいた。

 それについてつまらないと言われても、笑うしかなくて。

 アデルさん以下殿下の侍女たちは全員、既婚者で少し年嵩がいった女性ばかり。打ち解けてみたら話好きの、どこにでもいそうな女性たち。仕事はアデルさん仕込みで手早くそつがないが、仕事を離れたら良家の子女といった面が垣間見られる。

 殿下の周辺の人事には、こうした人々を見る限りかなり気を遣っているのが分かる。なのになぜ会計士は私だったのか。どうにも腑に落ちない。

 まあ、それだけ切羽詰まっていたのだと言われれば、それまでなのだけれど。

 そうして食べ終えて私も食器を持って水場に向かうところで、ふと視線を感じて振り返る。


「……あれ?」


 周囲を警戒して人が配置されている。昼の野営地の警護にあたっているのは、近衛兵だ。日ごろから殿下は近衛を嫌って距離を置いているものの、こういった公務の時には警護の配置などにはしっかりと口を出しつつ彼らを任用している。

 その警護にあたる近衛兵の方を見ても、変わった様子はない。

 気のせいだったのかと再び水場へ向かって歩き出した時だった。ふいに腕を引かれて、木陰に引っ張り込まれた。


「わっ、な、なに⁉」

「しっ、声を出さないで、僕だよ姉さん」


 兜で顔が隠れているが、そこに居たのはレスターだった。


「あなた……どうしてここに」

「急遽、同僚と代わってもらったんだ、姉……コレットが心配で」

「心配って……殿下がいて厳重に警護されているのだから、そんな必要がどこにあるっていうのよ」

「だっておかしいだろう? 姉さんはあくまでも殿下の私財会計士で、普段から外との関わりだってないのに、なんで急に視察に同行させられてるんだよ。殿下に何かされてない?」

「ば……馬鹿ね、殿下が私に何をするっていうのよ」


 どちらかというと、何かしたのは私の方だ。王子殿下の膝に頭を預けて寝たことを思い出し、焦りでどもる。


「僕、知ってるんだからね、姉さんが殿下の馬車に同乗しているの」

「え、あ、それは……私が酔ってしまって」


 レスターの視線が痛い。私だって不味いと思っているもの、父さんからも目立たないよう、極力殿下と私語を慎むよう言われているし、努力しようと思ってはいる。けれども上手くいったためしがない。


「こうなったら、コレットは早く退職した方がいい。危なっかしくて見てられないよ。この際、背に腹は代えられないから、やっぱり僕と……」


 レスターが心配そうに言い募る後ろから私を呼ぶ声が聞こえて、彼の口を手で塞いだ。


「コレットさん、どこに行ったの?」


 アデルさんが呼ぶ声だ。

 私は腕を掴んでいたレスターの手をはがした。そして声をさらに潜めて忠告する。


「レスター、あなたも仕事だから仕方が無いけど、なるべく顔を合わさないようにしてよね」

「どうしてだよ、コレットと僕は他人として振る舞っても、なにも支障はないだろう?」

「支障あるのよ! 今ここで詳しく話せないけれど、とにかくあなたが居ることを殿下に悟られないようにね」


 レスター近衛騎士という立場で、デルサルト卿の部下だ。それでなくとも先日の一件で、私に興味を引く注意対象として殿下には認識されている。知らぬ間に高貴な人たちの争いに巻き込まれぬよう、私がレスターを護らねば。そう改めて誓い、踵を返す。


「まって、姉さん!」


 レスターの呼ぶ声を聞こえないふりをして、私は何もなかったかのような顔をして水場に向かった。

 どうやら出発の時間が迫っているようだ。探しに来てくれた彼女にお礼を言い、先頭の殿下の馬車に乗り込む。すると既に殿下とヴィンセント様は馬車に乗車していた。


「コレット、先に今晩のための打ち合わせをしておこうか」


 殿下の向かいに座ると、早速、今晩の仕事の話になるようだ。

 私は隣に座るヴィンセント様からメモ書きを渡される。そこには訪れる予定の店の名前とそこで落ち合う相手の名、それから殿下たちの偽名が書かれている。


「覚えておいてください、殿下はロイド、私はヴィクターと名乗りますので、間違えないように」


 私は少し考えた上で、口を開く。


「お店はいわゆる酒場的なものみたいですけど、そこに行く目的を聞いてもよろしいですか?」

「いわゆる市場調査だ。ティセリウス伯爵領は国境の領ゆえに、隣国との交流が多い。今回はその交流にかこつけて不法に国外へ出る者を助ける、仲介者に接触する。過去から現在までの傾向を知るために、国外脱出希望者を装ってな。男だけではなく、女連れの方が仲介者を介するのに不自然ではないそうだ」

「……私、単なる私財会計士として雇われているんですよね? それって公務みたいなものじゃないですか。それに現金の支払いはなにも私がついて行かなくとも、領収書をいただければ処理いたします」


 不平を口にすると。


「国外脱出というからには、男女の関係に見える方が自然だ。侍女を連れて行くには年齢が釣り合わない。かといって現地で用意するのは面倒だ。ついでにそこで、ある医師と会う約束をしている。そちらは完全に私的な用件でもある」


 医師という言葉に、一瞬ドキリとしてしまう。それは昨日、眠気眼に聞こえてきた殿下とヴィンセント様の会話が、頭によぎったせい。

 しかしここで何かを言おうものなら、殿下に何かを隠しているのかと追求を受けるのではという恐れを抱かされる。

 それを誤魔化すために、あえておどけてみるしかなかった。


「人手不足は殿下の自業自得じゃないですか。さすがに特別手当を相当上乗せしてもらわないと、割に合わないです」


 相変わらず守銭奴なやつだな、そう呆れたような言葉がかえってきて、場の緊張感が緩むかとおもったのだが、まさかの失敗に終わった。


「いいだろう、許可する」


 真剣な面持ちでそう返されると、もう断る術はなくて。

 私は一歩一歩追い詰められているような感覚に陥り、変な汗が滲む。

 メモを握りしめ、殿下から逃れるように視線を外し、車窓から外の景色を見る。既に日は傾きはじめている。夕刻前にはティセリウス領、伯爵家のある領主館に到着するだろう。そこで領主からの歓迎の晩餐が開かれるという。それを終えて夜も深まった、深夜の外出。私は町娘を装って……装うもなにも元から町娘だけど、同じく平民を装った殿下とともに酒場に向かうのだ。緊張しない方がおかしい。


「危険な目に遭わせないと約束しよう、護衛も影から同行する」


 ふと気になって聞いてみる。


「護衛って、近衛の人たちにも頼むんですか?」


 だが殿下は冷たい笑いを浮かべて否定した。


「公務ではない。だから近衛は使うつもりはない。コレットもあまり近衛に話しかけられても近づかないようにしろ」


 まるでレスターとのやり取りを見ていたかのようなことを言われ、返す言葉を失っていると、ヴィンセント様が補足してくれた。


「同行している近衛たちが、あなたのことを話していました。声をかけようかとかなんとか」

「私に、ですか?」


 私は女らしさが少々欠けるせいか、繁華街ですら男性に声をかけられることなんて皆無。近衛の人たちは、そんなに女性を接することに飢えているのだろうか、だとしたらなんて可哀想にと同情すら覚える。でもだからといって、うちの可愛いレスターに変なことを教え込まれてもかなわない、困ったことだ。


「殿下の視察に若い女性がいることが稀なので、かえって彼らの注目を浴びてしまったようですね。領主館へ着いてからは、特に注意してくださいねコレット。血気盛んな者が多いので、空き部屋や木陰など連れ込まれないように、それから部屋にも決して入らせないこと」


 そう細かいと、先ほどのレスターと既に木陰に入ってヒソヒソ話も含まれそうで。


「まさかそのような事はないと思いますけど、気をつけますね」


 とだけ返しておいたのだった。


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