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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
終章

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117/118

訳あり会計士の逃げ着く先

 フェアリス王国はかつて領土を巡って争ったベルゼ王国と、三十年の時を隔ててついに友好を結ぶこととなった。

 紛争こそすぐに終結したものの、両国はこの三十年の長い時を、公の行き来をせずに過ごしていた。交易品はすべて国に管理され、人の交流も国境を接する領地に限定されていた。そのためにフェアリス王国のほとんどの民にとっては、ベルゼ王国は遠い国だった。それどころか年配の者にとっては命のやり取りをした記憶が残っている。

 だがそれも、今回の和平式典を経て、急激に印象を塗り替えていくに違いない。この度の友好条約により、交易が一般にも開かれることになった。まずは国王陛下直轄地となったティセリウス領からの出入国の手続きを行うことが発表された──。

 手にした新聞をそっと閉じると、豪奢な馬車の座席に置く。

 すると私の真正面に座っていたランバート様と目があった。


「号外と呼ばれる臨時刊とは面白い仕組みだ。ぜひ我が国でも取り入れるべきだと、随伴していた大臣が感心していた」


 私の置いた新聞を手に取ると、ランバート様は興味深そうに新聞を開いた。

 馬車はベルゼ国王ランバート様と国王の姪としてお披露目された私、それから私の後見人としてお母様を乗せ、王都を出発した。ベルゼ王国の重鎮を乗せた車列を誘導するために、周囲にはフェアリス王国の近衛たちが護りを固めている。

 ものものしい車列は大衆に見守られながら、これからは両国の玄関口となるティセリウス領へと向かっている。


「大衆紙ですから、かなり盛っています。本気になさらないでくださいね」

「半分以上も嘘を書き連ねているわけではあるまい。読まなくて良いのか?」


 ランバート様がなぜ笑いながらそんなことを言うのかというと、目を通さずに閉じた部分には、私と殿下の婚約について書かれているからだ。


「……恥ずかしすぎます」


 頭を抱えたくなるのを堪えるために、私は車窓から外を眺めた。

 新聞には、ラディス王太子殿下の婚約者についての王家からの発表をそのまま掲載されることになった。

 そこで私ことベルゼ国王の姪コレット=ヘルミーネ=ベルゼが、かつてフェアリス王国の貴族、コレット=ノーランドであったことが広く国民にまで明かされたのだ。この発表が出来た背景には、ブライス伯爵の罪が明らかにできたからという理由がある。かつてブライス伯爵が、ノーランド伯爵の財産目的で事故に見せかけて殺害し、相続人である令嬢を支配下におくために義母リンジー=ブライスを後妻として送り込んだ。けれども義母が機転をきかせて私を市井に逃がして生きながらえていた。それらを貴族たちにも認めさせるのに、私自身とお母様が証拠となる帳簿を隠し持っていたことが大いに役立った。

 そして新聞の記事には、ブライス伯爵の魔の手から逃れる課程で、男装した私が幼い殿下と出会い、徴を顕して失踪したと記載されていた。

 ここだけは、大筋の意味では間違いとも言い難いけれど、微妙に誤解を招きかねないあいまいな表現となっている。


『あら、王子と不遇の令嬢とのすれ違い悲恋物語は、大衆が好む題材よ。大いに共感を得てしまったらいいのですわ。間違っておりませんもの』


 にこやかに告げたというカタリーナ様の言葉を聞かされたのは、王都出発直前だ。

 彼女がそう言った理由は、私と殿下の婚姻を反対する者が貴族たちの中にいないからで……あとは庶民に周知することだけ。最後の仕上げだという。

 ただ、私がコレット=レイビィと名乗り平民として暮らしていたことまでは発表されていない。まあ……あの旅行をした友人たちにはバレないわけがないので、そこは時間の問題なのかもしれない。

 ではなぜ貴族たちが私との婚姻に反発しないかというと……やっぱりベルゼ王家に連なる者だから。長らく殿下が徴の相手を捜していたことを知る貴族たちは、宝冠の徴を目の当たりにして一切の口出しが出来なくなった。もちろん徴があるからばかりではなく、今この時期だからというのも大きい。ベルゼ王国と交易が盛んになることで、多くの物や人が行き来して経済はさらに上向くだろう。その利益に水を差したとあれば他の貴族家からも非難を浴びかねない。そうまでして殿下の妃、つまるところ王妃の座を狙うだけの利がないという判断からだ。

 要は殿下の王太子としての地位が固まったと同時に、ベルゼ王国との関係改善、それらが私の強固な後ろ盾になった。

 貴族たちの反応を読み、周到に準備を済ませてしまったラディス殿下という人は、本当に執ね……いや、ぬかりないというか優秀な人なのだと改めて実感する。


「万全を期して迎えたいという想いが、如実に表れているな」


 新聞に目を通しながら、ランバート様が苦笑いを浮かべる。

 

「宿題を出されたんですよ、優しいのか厳しいのか……」


 ベルゼ王国へ戻る国王陛下と使節団には、フェアリス王国から選ばれた使者が随行する。技術交流と正しく交易が行われるよう、在駐官吏が置かれることになった。ちなみにその技術交流の代表に、イオニアスさんの父である設計局のバルナ卿も含まれている。

 そして宝冠も、厳重に梱包されて豪華な馬車に積まれて運ばれているのだ。

 長らくフェアリス王国の王権を象徴する存在だった宝冠を、国王陛下はベルゼ王国へ託す決断をした。

 それについては賛否両論あったようだけれど、あれの存在のせいで長らく王位継承で揉めた歴史もあるのは誰もが知るところ。ラディス殿下だけでなく王弟デルサルト公爵も陛下の決断に賛成をする形で、押し切られた。

 やっかいな存在ではあるものの、実際のところは約束の石の研究という意味合いも強い。これまで国の宝として大事にしてきたが、宝冠の素材である約束の石については、知識が乏しい。逆に産出国であるベルゼ王国では、近頃これらの扱いについて研究がかなり進んでいる。それでも宝冠ほどの大きさ、そして継続して効果を保つ石は多くない。いい機会だから分析して、今後は両国で情報を共有することになった。

 ということで、ベルゼ使節団は大所帯となって国境を越えることに。


「陛下、水門に到着いたしました」


 馬車の外から、ランバート様へ声がかかる。

 王都を出発してから三日目の午後、大所帯となった旅団はようやくティセリウス領にある水門前広場へと到着した。

 馬車の窓から覗うと、水門前にはベルゼ王国からの迎えの船がずらりと並んでいる。

 往路はもう少し北部にあるブライス領経由で陸路を使ったようだけれど、復路は水門を使うのだそう。一行は両国の和平が成り立った証拠、ゆっくりとした旅程はなるべく多くの人々の目に映るようにとの配慮だ。

 侍従たちが扉を開き、私たちは馬車を降りる。

 話には聞いていたけれど、初めて訪れる水門広場。そこには大勢の市民が詰めかけて、ランバート様を歓迎しているようだった。

 国王直轄地になってからしばらくは混乱もあったようだけれど、かつての失踪事件が解決したし、なによりティセリウス伯爵の代わりに、王都から兵士と官吏が派遣されているので、治安が向上したという噂だ。

 到着した私たちを待ち構えていたのは、ここに常駐している官吏たち。


 王都で別れたのが最後だと思っていた。驚いていると流れるように促されて、広場に面した場所に建つ管理事務所へと連れて行かれた。

 船旅の前にしばし休息を取り、積み荷を乗せ終わるのを待つ。

 そこでお母様に聞かれた。


「殿下から宿題を出されたと、先ほど言っていたわよね?」


 心配そうに私を覗き込むお母様に、私は微笑む。


「殿下から直接言われたわけじゃありませんけれど……殿下が私にしてくれたことを受け取るには、今度は私が……私に出来ることは一つしかないもの」

「一つ?」

「はい、私がベルゼ王国でシャロン母様の娘で、ランバート様の姪として認められることです。そればかりは、自分でやるしかないですものね」


 そう言うと、お母様はきつく見られがちな目を細めて、唇を弧に描く。


「コレットが、そうしたいと思ったのね?」

「……まあ、はい」


 そんな風に真っ直ぐ問われると照れるけれど、あの人に相応しくあれるよう応えたいと思った。


「私は、こんなだから……手助けをしてくれますか、お母様」


 すると細くて長い腕が伸びてきて、優しく抱きしめられた。

 良い匂いがするし、嬉しくなって私もお母様の背に手を回す。


「あ、でも訂正します。一つだけなんて勿体ないですから、この際、色んな体験をしてみたいです」


 お母様が腕を緩めて、私を見下ろす。


「バルナ卿が約束の石の発掘現場に誘われたそうですよ。坑道の作りがフェアリスとまるで違うらしくって、すごく興味深いそうですよ。あと宝石の加工技術もひとつの村として機能しているみたいです、その商売をギルドというらしくて、経営の仕組みも知りたいです。それから山間地ならではの情報伝達手段があるそうですね、なんでもそれだと鳩を使うよりも早く遠方まで、取り引きの金額を伝えているって本当ですか? あとは帳簿の付け方も、職種によってかなり特化したものを使っていると聞き、バギンズ子爵と約束したんです、彼の考案した複式簿記とどう違うのか報告をするって……」


 止まらなくなった私の唇に、お母様が指を指し示す。

 そしてくすっと笑うと、言ったのだ。


「全部聞かれてしまったら、出発できなくなってしまうわよ、コレット?」


 お母様が私から視線を横に移す。

 全部をここで上げ連ねると、恐らく夜が明けます。と言いたいのを我慢しながら、お母様の視線を追うように私も振り返ると、そこに居るはずがないと思っていた人の姿を目にする。


「ずいぶん、私の与り知らぬ予定が詰まっているようだな」

「……殿下?」


 窓から入る川面の乱反射した光を受けて、誰よりも鮮やかな赤髪をした人が立っていた。

 唖然としている私の元へ殿下が近づくのと同時に、お母様が離れる。そして丁寧に殿下へとお辞儀をしてから部屋を出ていってしまった。


「……どうして、ここに?」

「護衛官だけを連れて、早馬を駆けてきた」


 私の隣に座る殿下は、よく見ると確かに風を受けてきたばかりのようで、前髪が上がったままで乱れている。つい手を伸ばして彼の髪を撫でると、その手をとられて甲に口づけを受けた。


「無理はしなくていい、コレット」

「それはこっちの台詞です、殿下。早馬で駆けてくるなんて……」


 唇を寄せたまま私に向けた視線が熱くて、心臓が跳ねた。


「ぬ、盗み聞きをしていたなんて、はしたないですよ殿……ラディス」


 一瞬、琥珀色の目が大きく開く。

 そして苦笑いを浮かべつつも耳が赤くなったのを認めて、私の溜飲が下がる。


「それに無理なんてしません、ただ私がやりたい事をしてくるだけですよ、私なりの全力で」


 彼の隣に相応しくありたいと思うことは、彼にとっても嬉しいはずと思って言ったつもりなのに、少しも嬉しそうではない。

 伝わってないのだろうか。


「お前の全力は、不安材料にしか受け取れない」

「な……酷いですね、なせば成ると人生を全力で切り開いてきたつもりですけど」

「ああ、それで十年も追うはめになったからな」


 なるほど、確かに!

 納得する私に、殿下が呆れた様子で言った。


「必ず迎えに行く、だから逃げるなよ」


 わざわざそれを言いに来たのかと思ったら、込み上げるものを我慢できなくなって声をあげて笑った。

 そうして私は彼との短い逢瀬の後、ベルゼ王国へと渡ったのだった。







 それから半年間。

 ベルゼ王国では楽しく過ごした。噂で聞いていた通り、ランバート様の治世となったベルゼ王国では、女性が多く活躍していた。その反面、貴族社会ではフェアリス王国以上に女性たちの争いというか、マナーが厳しくて苦労も味わった。その都度、お母様に泣きつくはめにもなったのは内緒。

 そうそう、殿下の遣いで行き来してくれたレスターに、ランバート様の幼い姫が淡い憧れを寄せてしまう事件も起きた。レスターの見た目はまさに王子様だもの、仕方ないかなと思いつつ、失恋を見守ることになった。失恋は女を大人にするって、本当なのね。

 それから約束の石を産出する坑道には、何度も訪れることができた。最初は擦り傷を作ってお母様に卒倒されかけたけれど、今ではバルナ卿の後を自力でついて回ることも出来るほどに。バルナ卿も打ち解けたら案外世話好きだったようで、ロープの縛り方とか、ピッケルとか杭の打ち方などを教えてくれた。

 鉱山に出入りしているうちに加工職人たちとも仲良くなり、帳簿の手伝いなんかをしてみたり。でもそんな中でも事件があって……。本当に、色々あった。

 職人たちの仕入れ帳簿を手伝っていくなかで、ベルゼ王国で作られた技術に目を付けた他国が、密かに干渉してきた証拠を突き止めてしまった。それとほぼ同時期には、辺境の領地に隔離されていたジョエル=デルサルト卿へ、密かに接触する者まで現れ……ラディス殿下がそれに対応したりして。

 結局それらはすべて、フェアリスとベルゼ両国の友好を良く思わない第三国の干渉だった。つまり紛争の火種を作ろうとしていたみたい。最終的に焦ったその者たちが、殿下を亡き者にしようとして刺客を差し向けたようで……ベルゼでは保管されていた宝冠の音が消えて、私は絶望を味わうはめになった。

 まあすったもんだの末に、殿下は無事で、両国の紛争危機を回避。ほっと胸を撫で下ろしていた私に、殿下の迎えが来てしまったのがベルゼ訪問からたった半年後。

 そうしてお母様とともにベルゼを後にして、フェアリス王国に戻ることに。

 その時は既に婚礼の日程まで決められていて、気づけばさらに半年後に私は王太子妃となっていた。

 私らしいと言えば、私らしいのかもしれない。

 たとえ立場は変わろうとも、今まで通りバタバタと問題は起こるに違いない。

 けれどもラディスと私と、私たちの子供たちがいるここが、私の場所。

 かつて生きるために逃げて、名前を偽り、訳あり会計士だった私が最後に辿り着いた先は、恐れていた処刑場でもなく……。

 王冠のない精霊王の像の前に立ち、変わらない美しい顔を見上げる。


「コレット」


 名前を呼ばれて振り返ると、薔薇が咲き誇る王城の中庭に、小さな姫を抱いたラディス。

 その足元には彼と同じ色の髪の王子がぴょんぴょんと跳ねながら、手を振っている。

 彼らの背後には近衛の制服を着たかつての護衛官たちと、レスター。今頃はアデルさんが、午後のお茶の用意をしているだろう。

 愛おしい毎日と、両手に抱えきれないほどの大切な人たちをくれたラディスの元へ、私は駆け出していた。


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