016 唯、お願いされる。
「ユイさんだ!」
「ど、どうも…。」
「サインください!」
「ふぇっ!?サ、サイン…ですか?」
勢いに押されまくり、人生初の有名人所作に両足をつっこんだ私。
手渡された色紙に「ユイ」ってでっかく書いてみた。
―――うん…。
なんか違う感が半端じゃないけど、背伸びをすると盛大に転ぶことを知ってる私。
いろいろな申し訳なさを抱えつつ、とりあえず男の子に色紙を。
「うわぁ!ありがとうございます!家宝にします!」
そういうのは勇者さま的な人のサインの方が…。
そんなこんなで館への道中は、とってもにぎやかだった。
―――有名人…悪くないかも…。
突然のことでびっくりはしてるけど…悪い気はしないよね。
うん。
「えっと…こっちかな?」
町を2周。
周囲の視線に若干の違和感が宿るなか、盛大に方向音痴を発揮している私。
なんならここって…おばちゃんの服屋さんじゃ…。
―――…。
ふりだしに戻ったみたい。
めげずに進もう。
「ユイさん。ぐるぐるして、どこに向かってるの?」
「…。」
男の子の無邪気すぎる一言に、心が白旗をあげました。
「あの…お姫さまがいる館って…知ってる?」
■
「あ、あそこかぁ。ありがと。」
丘を少しのぼったあたりに、白色を基調とした建物が見えてきた。
目線で追えてる以上、もう迷うことはなさそう。
「ううん。あ、もうこんな時間じゃん。じゃあユイさん、今度魔法教えてねー!」
「あ、うん。」
返事しちゃったよ。
まぁ…それが道案内のお礼になるなら。
―――さてと…。
服屋さんを出て、1時間ちょい。
なんとか館にたどり着けた。
ちなみに男の子に道案内をお願いしてから…10分もたってない気がする。
おかしいな…どうしてこうなったんだろ…。
「すみません。」
「はい。…あ、これはユイさん。こんにちは。」
「こんにちは。」
館の入口に立ってたのは、昨日の衛兵さんだった。
面識がある人で良かった。
いくらお姫さまからのお手紙を持ってるとはいえ、怪しまれそうだもんね…私。
「先日はありがとうございました。お話は伺っておりますので、さぁ、どうぞ。」
重厚感あふれる両開きの扉。
衛兵さんが開けてくれた。
「ありがとうございます。失礼しまっわ…す。」
緊張でたった数センチの段差に躓いたんだけど、見てないフリをしてもらえた。
恥ずかしい…顔から火が出そう…。
「ん?あ、ユイさんではありませんか。」
「えっと…タンクさん。こんにちは。」
「こんにちは。姫様、ユイさんがお見えになりましたよ。」
タンクさんが扉ごしに伝えてくれてる。
どうやら一番奥の部屋に、お姫さまはいらっしゃるみたい。
―――き、緊張する…。
生唾を一生懸命飲み込んで、気をつけの姿勢。
こんなに背筋伸ばしたのって…身長はかるとき以来かな…?
「ユイさん、お忙しいところすみません。さぁ、どうぞお入りください。」
扉が開き、お姫さまご登場。
昨日とは違って普段着っぽい格好のお姫さまだけど、あふれだしてとどまるところを知らない|品格。
当然のように見とれてしまう私。
「…はっ!あ、ありがとうございます。」
「ふふふっ、どうぞ。」
お姫さまに促されるまま、部屋へと入る。
右手と右足が一緒に動いちゃった気がするんだけど、そんなことを気にしている余裕のない私。
―――なんだっけ…手のひらに「かぼちゃ」って書いて、飲み込めば良かったんだっけ…?かぼちゃ…かぼちゃってどんな字だっけ?
落ち着け私。
大丈夫…深呼吸。
「あら?ユイさんのワンピース、かわいらしい。お似合いですよ。」
「ありがとうございます。えっと…。」
褒められたうれしさと気恥ずかしさから、ちょっぴり落ち着きを取り戻した私。
せっかくなので宣伝もしておこう。
「実は町のお洋服屋さんでいただいたんです。『ふくふく屋さん』って言うんです。私、お姫さまにお呼ばれすることなんて初めてで…。」
はにかみながら、頭をかく私。
お姫さまは微笑んでくれてる。
とりあえず、宣伝はできた。
「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ?もしユイさんがどうしても緊張するということでしたら…いつもの私をお出ししましょうか?」
「へ?」
「姫様、お控えくださいまし。」
隣に控えてるメイドさんが笑みとともに呟いた。
お姫さまも笑ってる。
―――そっか…お姫さまだけど…私と同い年くらいだもんね。
まさか私みたいに…ぐーたらごろごろしてるとまでは思わないけど、ちょっとだけ親近感がわいたかも。
「どうぞ、おかけください。」
「はい。」
メイドさんが紅茶を給仕してくれてる。
―――こういうのって、遠慮した方が良いのかな…?でも、せっかく淹れてもらえたんだし…。
もらえるものはもらっとこうの精神。
芳醇な香りが漂い始め、それとともに私の緊張もほぐれてきた。
「実はユイさんにお願いがありまして。不躾なお願いであることは重々承知しているのですが…。」
そんな前置きをされてしまうと、身構えちゃう。
私にできることなんてほとんどないし、この世界のことなら…それこそさっき道案内をしてくれた男の子の方が詳しいはず。
それでも…お姫さまの依頼ならば、できれば引き受けたい。
「えっと…大丈夫ですよ。私にできることなんて、ちっぽけなことしかないんですけど…私でよければ。」
思っていることをそのまま言葉にしてみた。
謙遜しているとかそういうわけじゃなくて、本当のこと。
バグなのかチートなのかわからないスペックは持っているけど、中身はこの世界の初心者なのだ。
「ありがとうございます…その…。」
「はい。」
「私を…私を冒険者にしていただけませんか?」
「…っ!?」
紅茶にまだ口を付けてなくてよかった。
絶対に吹き出してたと思う。
って、そうじゃなくて…お姫さまが…冒険者に!?
「ぼ、冒険者…お姫さまが…冒険者になるんですか?」
驚きのあまり、漠然とした質問が飛び出してきた。
失礼だよね…謝ろう…。
「実はですね…。」
お姫さまが少し悲し気な表情を浮かべつつ、ことの経緯を話してくれた。
お姫さまのご結婚相手、武勇で名をはせたお家のお生まれだそう。
それで、多少なりとも武芸の心得を求められているとのことだった。
要するに「家の人間ならば、武芸のひとつやふたつ…。」みたいな感じらしい。
今回ヒマワリの町に来た理由も、冒険者としての経験を積むためだそう。
―――たしかに新人冒険者さんも多くいる町って聞いたけど…。
そこまでしなくても良い気がする…のは、私がそういう階級社会の事情を知らないからなのかな。
「冒険者として登録はしてあります。…しかし名ばかりでして。剣を持ったことすらありません。」
「名誉冒険者」みたいな感じだそう。
たしかに…お姫さまが敵陣に正面切って突っ込むなんてこと、想像し難いよね。
―――あれ…?でも…昨日。
「魔法だけは…たしなむ程度で。その…いろいろと便利ですので。」
そう呟いたお姫さま。
そのまま顔を上げられたので、大きな瞳と視線が合う。
「もしも…ユイさんがよろしければ、私の冒険にお付き合いいただきたいのです。ユイさんほどの実力者、私など足手まといで、ご迷惑だとはわかっております…。それでも私、精いっぱいがんばりますので…お願いします。」
深く頭を下げたお姫さま。
慌てて「顔を上げてください。」とお願いする私。
「あの…ひとつお伺いしても良いでしょうか?…このことは、タンクさんたちには…?」
さっきからお姫さまは声のトーン、ずいぶんと低い。
内容が内容だから…というのもあるだろうけど、顔を少し近づけないと会話できないほど。
私もつられて小声で話しているし。
人払いもされてるみたいだし。
「…伝えておりません…絶対にとめられますので。」
「どうしてそこまでして…?」
いくら相手のお家が武芸を求めているとはいえ、こちらはお姫さまなのだ。
あまり王族制度とかには詳しくないのでよくわかんないけど、国王の娘さんに無理難題を吹っ掛けるとは思えない。
危険な目に会うことを承知で冒険者を目指す必要は…やっぱりどう考えてもそんなにないと思う。
「…あの…。」
「?」
「実は…その…ユイさんに憧れて…。」
お姫さまが少し頬を染めながら、そう答えた。
「わ、私にですか!?」
想定外の返答に、少し声が上ずる。
慌ててトーンとボリュームを再調整。
「私ですか?」
「はい!オオイノシシに襲われたあのとき…ユイさんが颯爽と駆け付けてくださったとき…私、思ったのです。あんな風に人を助けられる、そんな人になりたいのです!お願いします!」
「お姫さま…。」
その後、お姫さまは少し昔話をしてくれた。
幼いころ…通りすがりの冒険者に助けられ、密かに憧れを抱いていたことを。
「…わかりました。私にできることなんて、そんなにありませんけど…。」
お姫さまの熱意に押された私。
私にも…小説家に憧れた理由がある。
もちろんお姫さまのお話みたいに、ドラマティックなものではないけどね。




