【コミカライズ完結記念】悪役モブは悪役令嬢に恋をする
高内藤花先生によるコミカライズが完結いたしました♪
コミックス4巻は11/17発売です。
こちらはページ数の関係により、漫画になることはなかったリオルドの過去編でございます。
※コミカライズに合わせているので、微妙なズレがあることをあらかじめご了承ください。
神々は、人を楽しませるのが好きらしい。
私たちギルドのスタッフも、そんな神が創り上げた世界で暮らし、ときおり物語の中に転生してはその役目をまっとうする。
「リオルド、調子はどうだ?」
悪役モブギルドの建物から出たところで、悪役王子ギルドのエリクに声をかけられた。
彼は悪役専門のイケメンだが、実生活では人当たりのいいアニキ的キャラだ。
暑苦しく肩を組んでくるこの男は、基本的に人と関わろうとしない私を心配してよく声をかけてくれる。
私はいつものように、淡々と答えた。
「別に。普通ですよ」
彼は苦笑いになる。
エリクとは、最初の転生で出会った。
彼はハーレムを作る悪役の王太子。
私はその弟で、第23王子だったか第25王子だったか?
ハーレムに連れて来られたヒロインを、なんやかんやで牢に押し込むクズの役だった。
私たちの容姿は、最初の転生時に決められる。
「モブなのに無駄に顔がいい」と言われる私は、初回の転生が王子だったからこの顔になったらしい。
エリクは、転生を終えてからもこうして私に絡んでくる。
私も少なからず、彼のことは親しみを覚えていた。
「次は何回目?どこいくの?」
「五回目です。盗賊のモブを嗜んできます」
「よし、戻ってきたら酒場に集合な~」
「覚えていれば、ですね」
曖昧に濁し、私はその場を後にした。
正直、なぜ転生を繰り返すのだろうかと疑問でならない。
人々を楽しませるため、と言われてもそれをやりがいに思えるほど私は素直じゃなかった。
特に何も考えず、「そういうものなのだ」と受け入れて生きていける者が羨ましくもある。
とはいえ、やる気がないから「では消滅を」というのも違う気がする。
自分の存在意義を見いだせないまま、私はこの日5回目の転生に向かった。
盗賊団の下っ端になった私は、黒ずくめの服に顔のほとんどを覆う布をつけ、ヒーローに矢を射る瞬間を狙う。
間違っても殺してはいけない。
軽くケガを負わす程度にしなくては。
意外に集中力のいる仕事だ。
洞窟で身を潜め、盗賊討伐にやってきたヒーローを矢で射る。
今回ギルドから派遣されているのは、悪役令嬢とモブの私のみ。
悪役令嬢・マデリーンは、盗賊団と繋がりのある悪徳豪商の娘役だった。
ヒロインを拉致し、ここに監禁したところにヒーローが乗り込んでくる。
悪役令嬢、彼女たちはそのほとんどがバッドエンドを迎える。
報われない。そう思った。
そんな仕事をして何になる?
誰かに憎まれるのは、役でもつらくないのだろうか?
私は勝手に、悪役令嬢を哀れな存在だと思っていた。
だがその考えは、マデリーンに出会って一変する。
「このわたくしに逆らうなんて、偉くなったものね!」
ヒロインの頬に刃物を突き付け、あざ笑うマデリーンは生き生きとしていた。
その表情に思わず見惚れていた。
自分とはまるで違う。
気位の高さや誇り高い姿は、ほかの者を圧倒する。
物語を、自分の仕事を楽しんでいるように思えた。
そして物語中盤、私は仲間割れから斬り合いになり、刃先に塗られていた毒が回って苦しむことになる。
シナリオ通り、とはわかっていても喉が焼けるように熱く、呼吸もままならない状態だった。
──モブがどれほど苦しんでも、誰も見ていないのに
心の中に、そんな恨み言が生まれた
早くラクになりたい。
遠ざかる意識の中、身体が痛みに抗うのをやめようとした瞬間、そのときはやってきた。
「コレ、飲みなさい!」
「!?」
強引に口に押し込まれた丸薬。そしてねじ込まれた水袋の先端。
反射的にそれを飲みこんでしまい、ゲホゲホと咳き込んだ。
少しかすんだ目で、相手を見る。
「薬、きいた?」
威勢のいい声や行動とは反対に、不安げな声。
目を凝らすと、そこにはマデリーンがいた。
遠くからたくさんの足音が聞こえ、それがどんどん近づいている。
こんなところにいる場合じゃない!
ここでマデリーンが捕まれば、シナリオが変わる。
掠れた声で、理由を尋ねる。
「なぜ、助けた……?」
モブを?危険を犯してまで助ける?意味がわからない。
彼女は答えに詰まり、目を逸らしながら言った。
「う、裏では何やってもいいのよ!!」
裏……?
あぁ、ヒーローやヒロインが絡んでいない「裏」のことか。
徐々にラクになっていく身体。
仰向けになった状態で、マデリーンをぼんやりと眺める。
クスリが効いたのか、確認しているのだろう。
彼女は明らかに動揺して私の顔色を観察していた。
その慌て方や怯え方が、悪役として輝いていた彼女とは随分と違っていて、かわいらしく思える。
何より、自分のために、気位の高い彼女が動揺しているのだと思うと気分が高揚した。
彼女はどんな風に話すんだろう?
どんな風に笑うのだろう?
マデリーンという人物に堪らなく心が惹かれた。
「もう行かなきゃ……!」
焦った声で、彼女がそう言う。
「──が、──とう……」
声がかすれて、きちんと発音できなかった。
ありがとうと感謝を伝えたつもりが、マデリーンには届かない。
彼女は急いで立ち去った。もうすぐそこに、ヒーローが迫っているから……。
彼女に生かされた私は、一目で恋に落ちていた。
あの輝きは、きっと彼女だけ。
存在意義が見いだせなかった自分のことも、彼女と出会えただけで
ここに存在していいと認めることができた。
だるい身体を無理やり起こし、その場に立ち上がる。
落ちていた短剣を握り、せめて彼女が逃げる時間を稼ごうと思った。
追手の足音が大きくなり、ヒーローが目の前に現れる。
汗だくで毒に侵されているのに、でもなお立ちはだかる私を見て彼は驚いていた。
剣を構え、ヒーローは私をけん制する。
「それを置け。命は奪いたくない」
自然に笑みが浮かぶ。
この命は、彼が思っているようなものではないが、マデリーンのためならどんな痛みも耐える覚悟だった。
──モブも悪くない
結局、思うように体は動かず、あっさりやられてしまったような気がするが、
それでも転生から戻って目が覚めたときは達成感があった。
ギルドカードを握り締め、彼女との再会を誓う。
**********
マデリーンの部屋。
ソファーに座る二人
「え!あなたあの後、すぐ死んだの!?」
彼女は私の話を聞いて、心底驚いた顔をする。
本当のことは話していない。
薬で助かったはいいが、あっさりヒーローに斬り殺されたとは何となく伝えにくかった。
「ええ、私の役は毒殺エンドでしたから、マデリーンが去っていった後はぽっくりと」
「そうなの?やだ、私ったら無意味なことをしたのね」
恥ずかしそうにそう言うマデリーンだが、私はその髪を撫でながら言う。
「無意味なことはありません。あの行動のおかげで、私はあなたに落とされましたから」
本当に無意味だったのは、あっさり斬られた私の方だ。
あれがなくても、マデリーンはうまく逃げられたのだから。
ひとり心の中で自嘲していると、彼女はこてんと私の肩にもたれかかる。
「知ってる?あなたみたいな人のこと、拗らせヒーローっていうのよ」
さてはソフィーユですね。
マデリーンにおかしな言葉を教えたのは。
「ヒーローにしてくれるんですか?それはありがたい」
にこりと笑ってそう言えば、不満げな目を向けられる。
「あいにくですが、私はモブで十分です。あなた以外に触れずに済みますから」
モブに恋愛のシーンはない。
マデリーンとこうして想い合えた今、モブ出身であったことに密かに感謝した。
拗らせていると言われれば否定はできない。
でも、それもまた自分自身なのだから仕方はないと諦めている。
「愛していますよ、マデリーン」
あとどれくらいで、また正キャ員になれるだろうか?
マデリーンがそばにいてくれるなら、神の意志とやらにおとなしく従って転生を繰り返すのも悪くない。




