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09. 魔法訓練所Ⅱ

〇前回のまとめ

・魔法訓練所にやって来た。

・モヴィーは訓練所の弟子だった。

・ビッチ爺さんと出会い、エリンは捕まった。


 エリンはその後、残りの属性魔法も試してみた。

 その結果、適正は6つの属性全部にあることが分かった。ただ、水以外は“一応使えるレベル”といった具合だ。器用貧乏とはこのことか。

 光と闇はうまくイメージが湧かなかったが、頑張れば使えると思う。


 ビッチ爺さんは最初こそ、脱ぎ捨てたジーンズの膝裏みたいな笑顔で道場が再興できると騒いでいた(もちろん協力するつもりなど毛頭ない)。

 しかし、エリンに魔法適正が全てあることが分かると、「所詮儂は3属性だけで増長した半端ものじゃ……」と部屋の隅で小さくなってしまった。


 エリンは無色魔法や、爺さんが使えるという闇魔法について質問しようとしたが、到底話しかけられる状態ではない。

 ならば今のうちにと退散を試みると、モヴィーが男性を連れて戻ってきたために、脱出口をふさがれてしまった。


「お師匠様、お客人です!」

「…………」

「あれ、お師匠様は?」


 相変わらず元気のよいモヴィーに、エリンは黙って部屋の隅を指した。

 モヴィーは魂が抜けた老人に駆け寄り、「お師匠様~」とその体を揺さぶる。


 客人の男性はビッチ爺さんが動かないとみるや、「ハァ」と息を吐いた。何やらお困りの様子だ。


「あの、どうかされましたか?」


 う~ん。こういう人に関わると、大抵ろくなことにならないんだよね。でも爺さんを再起不能にした本人として、責任を感じずにはいられないし……。


 男性は近所の住人だろうか。服装からして中流まではいかないレベルと思われる。


「ハァ、あなたは……?」

「私はエリンです。昨日この街に来て、誤ってここへ立ち寄ってみた者です。関係者ではありません、決して」


 決して望んでここにいるわけではありません。そしてあの変態爺さんの弟子とかではありませんということを、しっかりとアピールしておかなければならない。


 男性は始めは戸惑っていた様子だが、意を決して話し出した。


「私はシャートフと申します。この裏で鍛冶屋をやっております」

「あ」


 先ほど爺さんに木で家を壊された被害者だろう。

 エリンがそれを理解したことを、シャートフも気が付いたようだ。


「実は先日、とある貴族様から武器の依頼を受けまして、それを作るためには特殊な鉱物が必要なのです」

「それでここの爺さんに迷惑料として採ってきてもらおうと」

「はい。ミハイロビッチは変態とはいえ、熟練の魔法使いですから……」

「“熟練”ねぇ。でもそれならわざわざ爺さんに頼まなくても自分で取りに行けばよいのではないですか?」


 沈痛な面持ちのシャートフに、エリンは素朴な疑問を投げかける。

 それはそうと、爺さんが変態なのは周知の事実らしい。


「いえ、それが、特殊な鉄鉱石なのですが、【鋼鉄の洞窟】の最奥部のあると言われているのです。ただ、その洞窟の奥の方には凶暴なモンスターがいるものですから、私のようなロクに戦えない者が行くのはあまりにも危険でして……」


 シャートフの顔が暗い。貴族の依頼を達成できなければそれなりのペナルティが待っているのだろう。


「他にアテもないんですか?」

「そうなんです。3日で作れといわれまして。納品に間に合わせるためには、できれば今日中にほしいのです。ハンターに依頼したところですぐに戻ってこれるとも限りませんし……。それにウチは如何せん貧乏なもんで依頼料も――」

「大丈夫です! その依頼、オイラの妹弟子が受けます!」


 突如、話し込む二人の横から元気な声が聞こえた。


「……………………は?」


 何か知らんけど、モヴィーがデーンと構えている。何勝手に押し付けようとしちゃってんの。

いや、それより前に……。


「私そんなヤツの弟子じゃな――」

「おお、それはありがたい!」

「……え?」


 今の今までの沈んだ表情が嘘のように、一転シャートフの顔が晴れやかだ。

 てか、さっき私関係者じゃないって言ったじゃん。人の話はちゃんと聞こうよ、おっさん。


「いやいや、ちょ――」

「お願いしますね、エリンさん!」


 シャートフはエリンの手を取った。

 きゃー、変態がもう1人。おっさん怖い。


 それから、何が何だかで呆然とするエリンをよそに、シャートフはモヴィーと一言二言言葉を交わして、「では私は仕事がありますので」とか言って帰ってしまった……。


「ちょっとさぁ、何勝手に人のこと決めてんの!?」


 エリンは、シャートフを笑顔で見送ったモヴィーに詰め寄った。


「あわわわ、勢いでつい。でででも困ってる人を見過ごすわけにも…………」

「おい、視線逸らすなよ。目ェ見ろ目ェ!」

「あ、ホラ、お師匠様をあんなにしてしまうほどの優秀な魔法使いならこれくらいよくやってますよね?」

「私さぁ、今日人生で初めて魔法を使ったんだけど」

「いやいやいや、…………え?」

「…………」


 エリンが無言で頷くと、モヴィーの顔が青くなっていくのが分かった。


「…………ウソ?」


 そして、モヴィーは膝から崩れ落ちた。


「で、どうすんの?」

「せ、責任を持ってオイラが取りに――」

「馬鹿でしょ。凶暴なモンスターがいるところに、お前みたいな奴が言ったところで犬死するのがオチだろ。その頭は飾り物かよ」


 モンスターと言う未知の相手に、あんなしょんべん小僧で太刀打ちできるとは到底思えない。

 モヴィーは再びエリンの前で正座し、しょぼんとしている。


「うぅ……」

「ハァ、そもそもできない依頼受けて期待させる方がよっぽど酷――」


 ぐぅ~~~


「…………」


 盛大にモヴィーの腹の虫に話を遮られ、エリンは苦い顔をして押し黙った。

 そういえば丁度ランチタイムの頃合いか。


「飯にするぞ」

「わっ!!」

「あ、復活した」


 いつの間にか2人のそばに、ビッチ爺さんの顔があった。




   ♦




「心配いらん。お主ほどの魔法があれば鋼鉄の洞窟くらいで死にはせん」

「はぁ、でも戦ったことすらないし、魔法が使えなくなったり……」


 そう言いつつエリンは出された食事を口へ運ぶ。ちなみにあれから別室に移動した。


(ん、これは…………)

「どうかしたの、エリン?」

「いや、意外とちゃんとしているなと」


 エリンがこの部屋にきてからすぐに出されたものであり、作り置きと思われたが、意外にも口に合わないこともない。いや、結構イケる。


「ハッハッハッ。そうじゃろそうじゃろ! 儂が作ったものが不味いハズがあるまい!」


 えー、この爺さんがこれ作ったの!? 人は見かけによらないなー。

 ちょっと待って。食べても大丈夫なのコレ? 後から苦しくなったりしないよね!?


「まぁ、【フェケテシティ】は食べ物がおいしくないことでも知られてるからね」


 どうやら庶民向けの食べ物ばかりがマズイというわけでもないらしい。


「……この街の取り柄って何かあるの?」

「「そりゃあ、この我らが魔法く――」」

「あ、そういうのいいんで」

「「うぐっ!」」


 エリンの問いに師弟2人が勢いよく立ち上がって答えようとしたが、すぐに下を向いた。


「んで、フェケテシティとやらは何の変哲もないただの住宅街と」

「いやいや、ハンターギルドがあるよ!」

「あんなのどこにでもあるじゃろ」

「ぐっ!」


 今度はヘンテココンビで再上映。なんやかんやで良い組み合わせかもしれない。

 モヴィーに突っ込んでから、爺さんが静かに言った。


「“何物にも染まらないクールな街”なんて言われておるが、実際は個人主義で人間関係が希薄なところだと儂は思っておる。

 これでも以前は凄腕のハンターを輩出した街として有名じゃったんじゃ。しかしそれももう随分昔のこと。お主の言う通りつまらない住宅街じゃよここは。住んでる貴族だってワケあって王都にいられなくなった者しかおらん」

「お師匠様~、そんなこと言わないでくださいよ~。僕はお師匠様と出会えたこの街が大好きですよ!」

「おお、モヴィー。我が愛弟子よ!」


 何やら安っぽい劇が始まったが、エリンは無視して食事を続ける。

 そもそもハンターって何やねん。モン〇ターハンターか?


「そういうことじゃから依頼の方は頼んだぞ、エリン!」

「はぁ!?」


 いつの間にか劇も終わって、爺さんがニコニコしてこちらを見てる。

 

 殴りますか?   ➡はい

           いいえ


「わー待て待て、一旦落ち着くんじゃ!」


 エリンに睨みつけられた爺さんが慌てて両手を前で振った。


「これはお主にとっても悪い話ではあるまい。普通の人からすれば凶暴なモンスターでも、お主レベルの魔法使いからすれば大したことはない。魔法を使い始めたばかりのお主には丁度良い練習になる。

 それに依頼を解決すればお礼ももらえて一石二鳥じゃ!」


 ふむ、確かに一理ある。

 だかエリンは右も左も分からぬ超初心者であり、不安が大きい。そもそも始めて名前を聞く場所で、見たことも聞いたこともないモノを採りに行くとか無駄が多くなりそうだ。


「それならビッチ爺さん、道案内お願いします」

「じゃが断る!」

「はぁ!?」


 ビッチ爺さんに文句を言いそうになるが、エリンは一旦冷静になった。

 さすがにお願いする態度が悪かったなと思い直した。


「えー、ミハイロビッチさん。私のためにどうか道案内をしていただけないでしょうか」

「イヤじゃ」


 ん、今イヤだって言ったよね?聞き間違えたか? ならばもう一度。


「私を洞窟まで連れてって!」


 どこのヒロインやねん。

 しかし――


「うっ…………イヤなものはイヤじゃ!」


 やっぱり聞き間違えじゃなかった。

 そもそもアンタへの依頼なんですよコレ。責任とれや。


「何でですか、爺さん? ここで痴漢されたことを吹聴しますよ」

「そ、それは勘弁してくれ、マジで…………」


 ビッチ爺さんは一瞬だけ魚の骨を飲んだような顔をし、やがて答えた。


「こんな弱っちいジジイよりが付いていったところで足手まといになるだけじゃ。それに、儂はもう傷つきたくないっ!」

「うわぁ……」


 言っちゃったよ、この人。

 どうやらプライドをへし折られたことを根に持っているらしい。


(まったくこの爺さんは……)


 むしろ付いて来ないでいてくれる方がありがたい。

 こんな大人にはなりたくない、そう思うエリンだった。





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