第2話 正しい奴隷との接し方
奴隷商店から出ると、グレムは数分の間自分で買った奴隷に見惚れていた。
いやめっちゃ可愛いんだがどうすればいい?残念な事に女性のエスコートの仕方とか知らんぞ。
「とりあえず腹が減ったし飯でも食いに行くか。」
「…はい。」
彼女は当然無表情のまま…果たして俺が彼女の心の扉を開けるのだろうか、先が思いやられるな。
彼はそう思いながらも、先導するように歩いていった。だがその間何故か、いや当然か…彼女はその後ろを少し間隔を空けて歩いていた。
2人がレストランに着いた時には、既に数人が店の前に並んでいた。奴隷を連れているからか、周りの視線が気になったが彼は気にせずに待つ事にした。
そして、順番が回ってくると、
「いらっしゃいませー!」
とその店の看板娘だろう人が元気に挨拶をしてきた。
グレムが案内された席に普通に座ると、奴隷である彼女は彼の側に立っているだけで、そこから動こうとはしなかった。
彼は『これが普通なのか?』と疑問を抱きながらも、彼女に「座れ。」と声を掛ける。だがしかし、彼女は椅子ではなく床に腰を下ろした。それを見て、彼はすぐに声を上げる。
「いやいや違う、椅子に座るんだ。」
そう言うと、彼女は無表情だが、何処か疑問に思うような様子でこう返してきた。
「でも…それですと主人と対等の身分の振る舞いになってしまいます。奴隷である私には許されていません。」
声も可愛っ…いやそんな事を思っている場合じゃない。だがこれは…こうする他無いか…。
「…命令だ、その椅子に座れ。」
「でもそれですと…。」
“奴隷”である彼女は当然躊躇うが、俺にとって君は……だから、ここは譲れない。
「俺は気にしないから座れ。」
「わかり…ました…。」
少し拒みながらもやっと、何とか椅子に座ってくれた。…全く、これだけでも少し疲れたぞ。だが一緒に過ごすとなれば、これからはまだまだ長くなりそうだな…。
そう思いながらも、俺は「メニュー」なる物を手に取り、一通り目を通す。その間、目の前に座っている彼女はずっと俯いていた。
…大体分かった。それで確か、この後は…
「店員さん注文いいか?」
そう呼ぶと、すぐに人が駆け付けてきた。本で読んだ通りだな、しかしまぁ、便利な物だ。自らここで働こうとする者は、余程人柄が良いのだろう。
「このBランチセットというのを2つで。」
そう店員に伝えると、その人は俯いている彼女に少し目を向けながら、何かを躊躇うようにこう呟いた。
「お2つ…ですか…。」
流石に失礼だな。無理もないが…彼女とて客であることには変わりない。そう思いながらも、俺は聞き返す。
「何か問題でも?」
「い、いえ!2つですね!かしこまりました。」
その店員は少しこちらに妙な視線を向けながらも、店の奥へと戻っていった。
今ので大体のこの世界の奴隷の扱い方が分かった。身分が低い故に、見下されるような目を向けられ、挙句の果てには出す料理の数にすら疑問を抱かれる。当然といえば当然の扱いかもしれないが…
「最悪な世の中だな…こんなに可愛いのに。」
その時、その一言を聞いてか少し彼女は反応を見せ、こちらに顔を向けた。だが一瞬目が合うと、すぐに視線を逸らすように顔を背けてしまった。…まぁ、まだ慣れないだろうが、責めて話をしたいな。
そう思いながら、俺は声を掛けた。
「なぁ…名前とかは無いのか?」
彼女は視線を合わせてはくれないが、質問に答えてはくれた。
「ありません…以前のご主人様には“お前”で十分だと言われましたので…。」
やはり以前はそういう扱いを受けていたのか、正直許せん。
「親から貰った名前とかは?」
「覚えていません…親が私をどう産んだのかすら知らないので…。」
「そうか…。」
あまりにも可哀想な話を聞いてしまったので、2人は少々気まずくなってしまう。だが、どうしても話を続けたかったグレムはこう言い出した。
「じゃあ俺が名前を付けよう。俺は君のことを“お前”なんて呼ぶのは嫌だからな、なにか希望はあるか?」
その言葉を聞くと、気のせいか彼女の表情が少し和らいだ気がした。どうか気のせいではありませんように…!そう願っていると、彼女はこう返してくれた。
「ご主人様が付けてくださるのであればなんでも構いません。」
「そうか、よし。」
彼はその後、数秒顎に手を当てて悩むような仕草を見せると、こう言った。
「じゃあ『ダークエルフ』からとって『エル』にしよう。安直かもしれないが呼びやすいし覚えやすい。」
「“エル”ですか…分かりました。これから私はエルとして生きていきます。お名前を付けてくださりありがとうございます。」
やはり気のせいではない。彼女の表情は本当に少しずつではあるが、明るさを取り戻している。何故なら俺の目に今の彼女は、商店にいたあの時と比べると、遥かに嬉しそうに見えたからだ。きっと…本当は明るい子なのだ。
まぁ、それでもまだ他人行儀なところが気になるが、そこは徐々に慣れていけばいいだろう。
ちょうどそう話し終わった後に料理が運ばれてきた、少し並んだ甲斐があったな。トマトベースのスープにサラダ、そして柔らかいパン、飾り付けられたローストビーフ、これはとても美味しそうだ。
…そうだ、エルは多分このままだと命令しない限り料理を食べようとはしないだろうし、声を掛けておくか。
「食べていいぞ、それは俺がエルの為に注文した料理だ。」
「私の…為に…。」
彼女は戸惑いながらも、料理に手を付けようとする…がどうやら食器の使い方が分からないように見えた。食器ですら、触らせて貰えなかったのか…。
それを見た俺はスープをスプーンですくって飲み、サラダにフォークを刺して食べる様子を見せた。
すると、彼女は真似するように恐る恐るスープを口に運ぶ。相当美味しかったのだろう、大きく目を見開いて感動しているようだった。…初めて、彼女が表情を見せてくれた、それだけで心が満たされた。
その後も美味しそうに食事をするエルを俺は飽きるまで見つめていた。
そうして食事が終わり、レストランから出ると、グレムはいつまでもエルを奴隷服のままにしておく訳にはいかないと思い、こう声を掛ける。
「エル、服を買いに行こう。」
だが、彼女は咄嗟に拒んだ。
「いえ、奴隷の私にこれ以外の服など…。」
こんなに綺麗なのに勿体無いっ!って叫びたい程だが、流石にまだ抑えよう。…今はまだこれしか出来ないな。
「いいから、行くぞ。」
彼はしょうがなくそう言って、彼女の手を無理やり引っ張り、連れていった。
服屋に着くなり、グレムは店員に言った。
「この子に似合う服を見繕ってくれ。」
彼がまだ戸惑っているような様子の彼女を前に差し出すと、その店員はこう言った。
「はいよ!あれまぁなんと綺麗な女の子だこと!可愛い服装にしてあげるからね!」
この店員はあまりエルが奴隷であることに触れなかった、彼女なりの気遣いだろうか。そう彼が思っていると、店員が声を掛けてくる。
「ご主人さん!なにか希望はあるかい?」
そう言われてもな…服装に関しては疎いんだよな。
「あまり女性の服装について分からないからな、可愛く見えるような服装ならなんでもいい。ただし、目立ち過ぎるようなのは控えてくれ。」
「はいよ!」
それからその店員は次から次へとエルに色々な服を着せていった。たまに俺に見た目がどうか確認しに来たが、今の所"これがいい"と言えるような物は無かった。だがその数十分後…
「これならどうだい!ご主人さん!」
店員が自信満々な声でそう言った。そんなに自信があるのなら、さぞいい感じの衣装に仕上がったのだろうと期待しながら彼女の方へと目を向ける。
そしてまたもや、あまりの美しさに思わず唖然としてしまった。
彼女が着ているのは、まるで王族や貴族が着るような綺麗な純白のドレスである。その見た目には“奴隷”らしさなど微塵も無い、そして例え相手がそのような高貴な存在であろうと負けない位に眩しかった。
まさに文句無し!なんならエクセレント!と言ってやりたい所だ。でもまぁドレスだから少し目立つかもな、だが…正直これはもう…
「どう…でしょうか…。」
そう思っている時に彼女がそう聞いてきた。あまり表情には出していないが、俺の様子を伺っているのだろうと思い、そのままの本心を伝える。
「とても似合ってるよ、凄く可愛い。」
だが後から、この台詞、主人としての威厳も何もないのでは?と、気付いた。そう考えると、良くないのではないかと思っていたその時、
「それなら…良かったです。」
彼女は安心したようにそう言った。きっと、喜んでくれているのだろう、なら別に気にしないでいいか。そう思い、買う服をこれに決め、会計を済ませようとする。その時、店員は満面の笑みを浮かべていた。
「15万ギルでございます。」
まぁだよな、買ったのはドレスだし、かなり高い方なのだろう。懐からお金を出しながらそんな考えが頭を過ったが、隣に立つ美女を見るとそんな事はどうでも良くなった。
「ありがとうございましたー!!」
店員の大きな声がよく響く、あれは結構な収入になるだろうなと思った。するといつの間にか時間が過ぎていたのか、空は茜色に染まっている。旅をするなら、次に行く場所は…そう思いながら、彼女に言う。
「そろそろ日も暮れてきたし宿に向かうか。」
「はい。」
夕焼けを眩しく思い、目を背けた先には超絶美女が立っている。まるで夢みたいだ…だが、受けた痛みがこれは現実だと伝えている。思い出したくもない思い出が頭に浮かんだので、俺は癒されようともう一度彼女に目を向けた…この時の俺の目がおかしく無かったのなら、どんなに良い事だったろうか。
夕焼けの光を浴びて俯く彼女の頬が、赤く染っているように見えたのだ。
どれくらいか分からないが、かなり歩いたとは思う。そしてやっとこさ、目的の宿の目の前に着いた。俺が重い肩を上げ、その宿屋の扉を開けると、
「いらっしゃい!そちらの子は奴隷だからこちらで預からせてもらうよ!1人部屋だね!」
宿の主人が笑顔でそう言ってきた。少々疲れていたので、話が早いのは助かる。だが、俺にとって彼女はもうそんな存在では無い。
「いや、この子も同じ部屋で。2人部屋を頼みたい。」
エルはそれを聞くと反応するように顔を上げる。また、主人の方は少し声のトーンを下げてこう返してきた。
「そ、そうか…分かった2人部屋だな。何泊する予定だ?」
旅の始まりの場所となれば、これからこの国にはかなりお世話になるだろう。なら、長めに考えておくべきだ。そう思い、主人にこう伝える。
「取り敢えず3ヶ月で頼む。」
「分かったよ、部屋はそこの階段を上がってすぐ左の201号室だ。それと、これがその部屋の鍵だ。」
そう言って彼は鍵を渡してきた。じゃあ早速部屋に向かおうかと階段を上がりかけたその時、急にその主人が俺の耳元に来て、こう囁いた。
「今日はあんたら以外宿泊者がいない…だから風呂も2人で使い放題、そして更に混浴だ…頑張れよ。」
そう言われ背中を押される。全く厄介な男だ…だが、俺もやらなければいけない事がある、お言葉に甘えさせてもらおう。そう思いながらも、階段を上っていった。
そして、部屋に着くと少ない荷物を下ろし、体を拭く布を持って俺はエルに声を掛けた。
「エル、一緒に風呂に入るぞ。」
その言葉を聞いた彼女の表情は少し曇ったように見えた、だが彼女は俯いた後にこう返事をした。
「はい、分かりました…。」
先に浴場に着き、待っている中…グレムは今更エルに変な勘違いをされているのではないかと思って少し心配していた。
ちょっと待てよ…これ、如何にもそういう場面じゃない?どう考えても邪な事を考えているようにしか思われなくないか?…諦めて行動で示すようにしよう。
すると、入口の扉が開きエルが入ってきた。勿論胸元から腰まで布を巻いている。そしてやはり、改めて見ても思わずうっとりしてしまう程に綺麗だ…だから彼女は、誰の瞳にも美人に映って欲しい。それも、己が胸を張れるくらい自信を持って。
「じゃあ、この椅子に座って俺に背中を向けてくれ。」
すると、彼女は疑問に思うような視線を向けてきた。うん、まぁここで何を言っても、疑われるだけだろう。
「いいから、背中を見せてくれ。」
そう言い、優しく彼女の両肩に手を置いて椅子に座らせると、彼女は何も言わずにゆっくりと巻いた布を解いていき、背中を見せてくれた。そして…
「…やっぱりな。」
思った通りだ。その彼女の背中には、何かで殴られたような痣、切られたり刺されたりしたような傷、打ちひしがれたような跡が数え切れない程あった。それを見るだけで、彼女が味わった苦痛が感じ取れる。彼女が胸を張れるようになるには先ず、人の目に映ろうと気にならなくなるように…そう思いながら、俺は彼女のその傷に手を翳してこう唱えた。
「<<治療>>」
すると彼の手の先に小さな魔法陣が出現し、緑の光を輝かせ始める。彼女は何をしているのかが気になったのか、少しこちらに顔を振り向かせた。そんな彼女に彼は優しくこう声を掛けた。
「少し痛いかもしれないが我慢してくれ。」
その緑の光が彼女の背中に吸い込まれると、その背中にあった筈の痣や傷跡は徐々に薄れ、やがて消えて無くなった。それを確認すると、彼は垢を落とすために石鹸を手に取って泡立て、彼女の背中にその手を当てて、やや強めに力を込めて擦り始めた。そうしてある程度擦った後にお湯をかけ、その背中をもう一度見て確認すると、
「よし、これでいいだろう。後は両腕両足と正面かな。」
俺はそう言って、彼女の体をこちらに向かせた。…腕や足、胸や腹にもやはり幾つかの傷跡や痣があった。俺はそれらを先程と同じように魔術を使って治した後、その体を石鹸を泡立てた手で擦って洗っていく…すると、彼女は疑問を抱いたのかこう聞いてきた。
「どうして…こんな事を…。」
…そんな事、決まっている。
「折角こんなにも可愛くて美人なんだ。例え誰から見られようと、そう思われるような君でいて欲しい。」
彼女はそれを聞いて少し戸惑っているようだ、だが、俺が思っている事はそれだけではない。
「…その傷跡を見る度に、きっとエルは嫌な記憶を思い出してしまうだろう。勿論、無くなったからといって、完全に受けた苦痛が消える訳では無い事も分かっている。だけど…その上で、君には笑っていて欲しいんだ。過去の事を完全には忘れられなくとも、責めて思い出す事が少なくなるなら、俺は君の為に何だってしてあげたい。…まぁ、なんて言うか…自分勝手な俺の願いなんだよ…よし、これで腕と足も綺麗になったな。」
おっと、長く話し込んでしまったが、残ってしまった傷跡は…無いよな。なら後は胸元と腹部だけだが、彼女の両足を洗う途中で理性が崩壊しそうになりかけていた俺にそのハードルは高すぎる…流石に自分で洗わせるか…そう考えた後、彼女にこう声を掛けた。
「じゃあ後の残った部分は自分で洗ってくれ。その後はゆっくりお湯に浸かって、疲れをしっかり取るんだぞ。」
そう言って、俺が自分の体を洗おうと彼女の元から離れようとすると、
「…待って。」
彼女が腕を掴んで止めてきた、俺は彼女が自分から行動を起こした事に驚きながらもそちらに振り向くと、彼女はこちらに向けていた目をすぐに背けてこう言った。
「…私もご主人様のお背中を流したいです。」
俺は未だに驚いたまま、返事を返した。
「そ、そうか。じゃあ俺はエルが洗い終えるまで向こうを向いているから終わったら言ってくれ。」
「はい…。」
俺はそう言って彼女に背中を向けた。それ以降、彼女に一瞬向けられていたあの視線を思い出すと、心臓の音が鳴り止まなかった。
寝室に戻りすぐにベッドに寝っ転がると、グレムが言った。
「エルはそっちのベッドで寝てくれ、絶対に床で寝るなんて事するなよ。」
一応、念を押すように彼女にそう伝えておく。正直、言わないとまだやりそうで心配だった。
「…はい。」
彼女はそう返事をすると、すぐにベッドの上に横になった。良かった、躊躇うかと思ったが…少しは慣れてくれたのだろうか。
「じゃあエル、明かりを消すぞ。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
彼女からそう返事が返ってきたので、俺は安心したように明かりを消した。…その後、俺は今日1日、様々な事が起きすぎて疲れていたのか、すぐに眠りについてしまった。
…グレムが寝静まった頃、エルはベッドから起き上がり、自分の主人を見つめながらこう呟いた。
「どうして…私は…。」
彼の腕を掴んでしまった時の記憶が蘇る。あの時、私はどうしてあんな事をしたのだろう。どうして、“止めなきゃ”などと思ったのだろう。自分の起こした行動であるのに、何故そうしたのかが分からない。幾ら考えようと、納得するような理由が思い浮かばない。
…けど、1つだけ分かることがあった。今日、この1日で、この短い時間の中で、私は確かに感じたのだ。彼には、今までに仕えてきた主人には無い少し妙で、何処か心地よい、温もりがあるのを…。
彼女は寝ている彼の横に寝そべり、その右腕を抱き締める。
どうしてだろう、こうすると…安心出来て…心地よくて…温かくて…。こんな人に出会ったのは、初めてで…何で…どうして…
そう考える内に、私はそのまま眠ってしまった。
やっとこさメインヒロインの登場です!
少し遅めですが話を頑張って進めていくのでよろしくお願いします!
ではまた次に会いましょう。






