第199話 愛する人へ
皆様、ご無沙汰しております。
はい、お待たせして申し訳ありません。弁解の余地もありません。
取り敢えず言える事だけ、頑張ります。
はい。本編へどうぞ。
時は遡り、ヒシルの元にグレムたちが到着する前…
『おい…お前さんら。ようやく終わったか?』
ガウリアは呆れたような様子で、未だ惚けた表情のルリに抱きつかれているグレムに声をかけた。それに対し、グレムは苦笑いしながらこう返答する。
『はは…お待たせしてすみません…。ちょっとそのお話の前に…<<引力>>。』
彼がそう唱えると、遠くで横たわっていた敵兵の体が彼の足元近くまで引き寄せられた。その敵兵はルリにつけられた傷が痛むのか、苦しそうな声を上げた。
『それで、この後の事ですが…自分たちは取り敢えず、この会場内を静めて来ようと思っています。残りのカージス家についてですが、お任せしても宜しいでしょうか?』
だが彼は苦しそうにしている敵兵には目もくれず、ガウリアとまたその後ろにいる、ディアンヌ、マリ、エルヒムの3人に向かってそう提案した。
一方、ガウリアもその敵兵に関しては全く気にも留めていないようで、グレムからの提案に眉ひとつ動かさず返答する。
『ああ、それだとこちらも助かる。…何せ、奴らは俺たちと同じ剣聖の立場だからな。俺らが奴らのやった事を止めさせないと、他の民や…お前さんらにも合わせる顔が無くなっちまう。それに…』
だがガウリアは表情は動かさないものの、言葉の途中で拳を強く握り締めていた。彼はカージス家への怒りと、同じ剣聖が起こした今回の騒動への悔しさに、強い憤りを感じていた。
"剣聖"というその名称から、あらゆる民に信頼され、尊敬され、賞賛されてきた彼は、いつしかそれに誇りを持っていた。
その誇りに恥じぬよう、己が信じる物の為に、これまで戦ってきたのだ。それも、たった数日、数ヶ月のものではない。何年、何十年と生きて戦い、想いを積み重ね、今に至るまでの地位を築き上げてきたのだ。
それは勿論、ガウリアだけではなく、彼の妻やディアンヌ、マリ、エルヒム…全ての剣聖にも当てはまるだろう。だからこそ、この剣聖の家系が起こした一国を潰しかねない大騒動には、許せない理由があった。何故なら…
『…こんな事で、今まで生きてきた剣聖ら全員の行いを…想いを…無駄にしてたまるか…!』
なるべく顔には出さないようにと気を使っていたが、彼はその言葉を声にする瞬間、我慢出来ず表情を強ばらせた。その言葉に、背後にいた3人も表情を曇らせる。
ただ、グレムにも勿論彼の胸中は分かっていた。だからこそ、先程のような提案をしたのだ。グレムはその言葉を聞き、安心したようにこう言った。
『ガウリアさんがそう言うのなら、問題はないですね。ならこのまま二手に別れましょう。』
『…ちょっと待った。』
グレムの言葉の直後、何処からともなく颯爽とミルエルク王女が姿を現した。それに驚いたマリが思わず声を上げる。
『ミルエルク王女!どうしてここに!?』
彼女はその声を聞くと高らかな笑い声を上げ、こう話し始めた。
『ハーハッハッハ!何やら面白そうな話が聞こえたのでね。つい飛び出して来てしまった、というところだよ。』
つい先程までの重苦しい空気が、彼女の登場で無情にも消し去られた。まあ、ちょっとだけ言動を考えて欲しいところではある。
突然の登場に驚き、言いたい事を口にしようとしたが、無駄だろうと思ったグレムはその言葉をため息に変え、その後に彼女に話し掛けた。
『はぁ…それで?今度は一体何の用ですか、王女様。これでも自分たちは急いでるんですよ。…それより、シュリア王女の傍にいなくて大丈夫なんですか。』
グレムの言葉に、また彼女は高らかに笑い声を上げ、こう返答した。
『ハッハッハッハッ!まるで厄介者扱いされてるようだ、少し悲しいな…と、まぁ冗談はさて置き、シュリアの事なら問題ないよ。彼女は"あの宣言"をした後、すぐに自分から動き出したからね!国中の状況を確認し終えた後、君らが取り返してくれた領地にまだ動ける兵を防護の為に派遣したんだ。そして恐らく現在は王宮で自ら怪我人の受け入れや治療にあたっているところだろう。流石一国の主!昔から行動力や指導力には目を見張るところがあったからね!何処かの"自分の国を放ったらかしにして、他国に数ヶ月以上滞在してるくせにほぼそこの王にお世話になり続けている者"とは大違いだよ!ハッハッハッ!友人として鼻が高いね!』
彼女は笑顔で本当に鼻が高そうな態度を取っている。結構な自虐を挟んでいたような気がしなくもないが、相変わらずの明るさに最早聞いてる方が清々しくなる。
グレムは彼女のペースに飲まれそうになったが、シュリア王女が迅速に動き出している話を聞き、少し安堵しながらも思った事について聞いた。
『それで…疑問なんですがミルエルク王女。その話の中では、問題のカージス家と会場内の騒動については何の対策もしていないように聞こえたのですが…仰ってないだけですよね?』
彼の言葉に、その場にいた彼とミルエルク以外の全員が『確かに』といった顔で全員同時に頷いた。
対して、ミルエルクは彼に向かって『何を言ってるんだい?』というような表情を見せ、こう言った。
『うん?だから私がここにいるのだろう?』
彼女の一言に周りの皆は首を傾げ、頭の上に『?』を浮かべた。それを見て察したのか、彼女は驚くべき言葉を発した。
『シュリアとは話をつけてきたよ?"じゃあ、王国内に土足で踏み込んできた騒がしい連中の方は皆引き受けた"とね。』
その彼女の言葉に、周りの誰もが一瞬放心状態に陥った。まるで退勤間際に、突然上司がとんでもない量の仕事を持ち込んできたかのような…。
グレムたちは元々そう動くつもりではあったものの、颯爽と現れた救世主もといミルエルクに『君たちと私がいれば大丈夫だろう?』的な事を遠回しに伝えられ、一気に体が重くなるのを感じた。(※仮にも一国の一大事です。)
『ハッハッハッハッ!どうした皆!そんな『えっ、ちょっとおかしくない?』みたいな顔をして!大丈夫だよ、僕が…コホン、私がいるのだから!ほらほら、急いでいるんだろう?早く動かないと!アハハハハッ!』
そんな中、彼女はいつも通り笑ってそう言った。
『(うん、もうわざとだろう。)』と放心状態からようやく開放されたグレムは思いつつも、足元に引き寄せた兵士の事も考えておられず、かなりの早口でこう言った。
『…分かりました。ミルエルク王女はガウリアさんたちとともにカージス家へと向かって下さい、自分たちは会場内を鎮めてきますので。あと私の足元にいる兵士は捕虜なので、煮るなり焼くなり好きにして下さい。あ、でも多分団長の名前について聞くと恐らく頭が文字通り弾けるので気を付けて。それでは、もう行きます。エル、ルリ、ファイラス、ついてきて。』
『はっ、はい…。』
急に呼ばれたのと、早口になっていたからか、エル、ルリ、ファイラスの3人は少し戸惑いながら返事をし、走っていくグレムの背中を追っていった。
その4人の後ろ姿を見て、またミルエルクは笑い声を上げる。
『ハッハッハッ!相変わらず仲のいい事だ。しかし…何か不味かったかな。怒らせてしまったような…まぁ気の所為か!』
彼女のその言葉を聞いて、ガウリアたちは苦笑いをする。そんな中、すぐにミルエルクはカージス家の邸宅がある方向へと歩き始め、ついでにこう話した。
『さて、私たちも行こうか!でも実は先程久し振りに剣を振るったばかりなのでね、肩慣らしの為に道中の雑兵は任せてくれ。』
スタスタと歩いていく彼女に向かって、マリが止めるように声を掛ける。
『ミルエルク王女、待って下さい!私たちも戦えます!それと、グレムさんが言ってたあの捕虜は…。』
マリが彼女に声を掛けて止めている間、エルヒムはキッドにまた声を掛け、頭を撫でていた。そして、マリの言葉に彼女は振り向いてこう返した。
『大丈夫だよ、若き華の剣聖。恐らく君たちには、あの黒い鎧が厄介になると思うからね。道中で君たちの手を煩わせる訳にはいかない。こういう時は私のような年長者を頼ってくれ、知識と技術だけは豊富だからね。ハハハッ!』
マリは彼女の言葉に何とも言えない違和感を感じながらも返事をした。
『はあ…。』
そして、またミルエルクは言葉を続ける。
『それと、あの捕虜は心配いらない。私らが戻ってくるまで死ぬことはないよ。目立つ大傷も、雷の魔法かなにかで焼かれて、しっかりと止血されているからね。とは言っても、あまりの激痛にとても動ける状態じゃないだろうね!正に生き地獄そのものだろうさ。もしあの子がそこまで考えてあの傷を付けたんだとしたら、余程戦闘慣れしてるのだろうね!ハッハッハッハッ!ほんと、素晴らしいよ!』
マリは彼女の言葉に、『あれ?私、誰があの傷を負わせたか言ったっけ?』と思ったが、分からなくなったのですぐに考えるのをやめた。
『さあ、エルヒム君も丁度戻ってきたし、早く行こうか!私もどんな相手がいるのかワクワクしているからね!ハーハッハッ!』
エルヒムがこちらに戻ってきたタイミングでミルエルクはそう言い、また歩き始めた。それにガウリア、ディアンヌ、マリ、エルヒムは付いていく。
道の途中で、やはり思うところがあったのか、ディアンヌはミルエルクにこう声を掛けた。
『ミルエルク様…やはり、幾ら他国とは言えど貴女は王女様なのです。本当であれば私たちがお守りする側なのに、道中で何もしないと言うのは…。』
ディアンヌがそう言うと、彼女はゆらりと顔を動かし、翠色の光を宿らせたその眼にディアンヌとマリを映すと、こう話した。
『道中では…ね、君たちの力は取っておきたいんだ。何せ、相手側の黒幕は…必ず君たちが倒さないといけない者だからね。私が勝手に手を下していい相手ではないんだよ。』
輝くその眼を見て、ディアンヌとマリはゴクリと唾を飲んだ。そして、どうしても気になってしまったマリが彼女に聞く。
『ミルエルク王女…黒幕って一体…。』
だが、返ってきた言葉は彼女らしいものだった。
『いずれ…というかもうすぐ分かるさ。それに、もし私が直接手を下すとなると、一息で勝負がついてしまうからね!こんな大事件を起こした黒幕を相手に、そんな事出来るわけないさ!ハーハッハッハッ!』
高らかに笑い声を上げる彼女を見て、マリは何かを諦め残念そうにする。それを見たディアンヌは、すぐにマリの肩に優しく手を置いて励ました。
そうして歩いているうちに、5人はカージス家の領地内へと入った。だが特に何も無く、民がいない事以外は普段と至って変わりなく、辺りは静かで敵の姿は見当たらない。
だがそんな中で、ミルエルクは何かを感じたのか足を止めた。そして、他の4人に声を掛ける。
『君たち!私の後ろに。』
その声に驚いた4人はすぐに彼女の後ろに付き、剣の柄に手を掛ける。だが、相変わらず周囲に物音は無く、人影も見えない。
『敵が、いるのか?』
ついガウリアが疑問に思うような声を上げると、それにエルヒムが反応してこう言った。
『いや…目が悪くなった訳じゃないとは思うのだが、私にも何も見えん。』
皆が構える中、ミルエルクはゆっくりとその剣を抜き、他の皆に『剣を抜かなくていい』と合図をして止める。そして、剣の持ち手とは逆の手で目元を覆うと…
『フフフ…アーーーハッハッハッハッ!』
高らかに大きな笑い声を上げた。何事だと他の4人が思っていると、彼女は誰かに向かって大声で話し出した。
『君たちも往生際が悪いね!"私には通じない"と言ったのもお忘れかい?それとも、私を舐めているのかな?あんなにも味方を斬られておきながら!?フフフッ…本当に本当に…』
彼女が話を続けていく中で、その腕に持つ剣に神々しいまでの光が宿っていく。また、彼女の周辺に数え切れない幾つもの光の粒子のようなものが浮かび上がる。
『綺麗…。』
その光景に思わずマリが声を上げる。そして、ミルエルクは光を放つ剣を後ろに構え、前方にあるもの全てを薙ぎ払うように剣を振るって言った。
『…救えない奴らだよ。』
振り払った剣から凄まじい白光が瞬く間に広がった。その一瞬で、放たれた白光に触れた黒い鎧の兵士たちの姿が露わになる。
その数はおよそ何十…と、今まで見えていなかったとは考えられない程、夥しい数だった。とても数えている暇なんてなかっただろう。もしあと数秒でも遅ければ、もしここに彼女がいなかったらと思うと、ゾッとしてしまう程に。
そして、白光に触れた兵士たちの体は光によって分断された部分から塵となって消えていった。恐ろしい程の大群は、たった1人の一振によって制圧された。
その光景を彼女の背後から見ていた4人の剣聖は、呆気に取られていた。さっきのは目の錯覚だろうか?何があったのか、何が起きたのか。それすらも、もう分からない。ただ1つ分かる事は───────
『ハハハハッ!いや〜爽快だったね!最初から手を抜いてこないとは思っていたけれど、あんなにも人数をかけてくるなんてね。ただ、相手が悪かったね。人数をかけるだけでは、私にとっては手を抜いてるのと同じだよ。でもお陰様で、肩慣らしにはなったかな。ハハハッ!』
ミルエルクはそう言って、未だ光を失わない剣を鞘にしまうと、笑顔で後ろに振り向いて4人に声を掛けた。
『ほらほら、若き剣聖君たち、何をそんなに驚いているんだい?こんな古臭い僕の…コホン、私の剣なんかでそんな顔しないでおくれよ。君たちには、私の剣なんかよりも良い技術があり、良い業があるのだから。さあ、どんどん行こう!尤も、ここら一帯の敵は消し飛ばしてしまったし、もう邸宅まで敵に会う事はないかもしれないけれどね!ハハハッ!』
───────そう笑う彼女が、只者ではない事のみ。
「手加減は無しだ。最初から本気で相手してやろう。」
そのグレムの言葉に、ヴォイドは歯を噛み締め「ギリッ」と音を鳴らした。
「師匠、気を付けて!奴はなんか紫色の光を出す目を使って…」
ヒシルがそう話す途中で、彼は言葉を遮った。
「大丈夫だ、知ってる。」
「…え?」
ヒシルは彼の言葉に思わず声を上げる。そして間髪入れず、彼はこう言った。
「ルリ、ファイラス、後ろに見えるあの軍勢、どれくらい止められる?」
「あれですか〜?」
空から少し小さいが声が聞こえた。その数秒後、上からルリとファイラスが降ってきてグレムの両隣に着地した。その際、ファイラスは少し着地に失敗してふらつく。
そんな彼女の様子を見て、グレムは何とも言えない顔で軽く息を吐いた。胸中はこんな感じだ。
(かっこがつかないなこの娘はよお!…まあでも、それが可愛いところでもあるからいいけどさ…何も言わないでおいてあげるか。)
ファイラスはグレムのそのため息(?)に一瞬気を取られながらも、彼の問いに答えた。
「私だけだと数分…いや、数秒持つか持たないかですが、ルリさんがいるので多分幾らでもいけます!」
(嘘つくな、お前1人でも数秒は無いだろ。俺はそれも分からないほど見てない訳じゃないからな、もっと自分に自信を持ちなさい。)
俺がそう思っていると、ルリが鼻高々そうにしながらもこう聞いてきた。
「フフン。ご主人様…なんなら全滅させちゃう…?」
成程、全てはルリの機嫌を取るためだったか…やるなファイラス。いや待て待て待て、てか"全滅"に関してはルリが本当に出来ちゃいそうなのがなぁ。
俺はルリの言葉に若干迷いながらも、提案をしてみる。
「ん〜。ルリ、もし任せるって言ったら…どうする?」
そう言いながらルリの顔を見てみると、彼女は目を光らせていた。そしてすぐに嬉しそうな表情をすると、こう言った。
「ご主人様が…ルリに…任せてくれる?…えへ、えへへ…。」
「ル、ルリ…?どうかしたか?」
ルリが明らかに嬉しそうにしているので問題は無いと思ったが、心配になったので一応俺は彼女に声をかける。すると、
「大丈夫!ルリ、頑張る!」
自信満々にそう言ってきたので、俺は「まあ大丈夫か」と思い、彼女に任せる事にした。しかしその後、
「だから…出来たらまたご褒美…欲しい…。」
「!?」
またしてもルリのおねだりが発動したので、俺は驚いてルリの顔を再度見直す。また、彼女のその言葉に反応したエルが後ろから声を上げた。
「こら!ずるいですよルリちゃん!」
どういう事!?今回、なんか求められすぎじゃない!?いや、可愛いからいいんだけどさ…。でもこうなると今日、疲れてても眠らせてくれないだろうな。あとエルにもご褒美あげないとだし…あぁもう!
「分かった、分かったから!但し、エルもかなり働いてくれてるから半分こという感じでお願いします…。」
俺が悩んだ末に渋々そう答えると、ルリは可愛らしい笑顔を見せ、
「ご主人様…だ〜い好き…!」
と言うと、赤い雷を一瞬で身にまとい、奥に見える敵の軍勢へと雷のような速さで向かっていった。
「ちょっ…。ルリさん!待って〜!」
超高速で進んでいくルリを遠目に、ファイラスは後からヨタヨタと遅れながらも付いていった。
最近頻繁に、自分の子たちが秘めている可愛さを恐ろしく感じている。"甘やかしすぎるのは悪い事だ"とは分かっているが、彼女らのあのいかにも嬉しそうな表情を見ると、どうしても甘やかさざるにはいられない。
ルリが若干わがままになりつつあるが、彼女の過去を考えると、やはり多少わがままになろうが沢山甘やかしてあげたいと思ってしまう…駄目だなあ俺は。
俺はそう思い悩みながらも、顔をやや背後に向け、治療を受けながらも未だに横たわっている彼にこう伝える。
「…という訳だから、ディミト…君だったっけか?向こうのあの境界、切っていいぞ。」
グレムが言葉を投げかけたその時、エルから治療を受けている彼の体が、微かに動いた。
意識があるかは定かではないが、声が届いたのか次の瞬間、敵兵を依然として退けていたあの"黒い境界線"は瞬く間に光を失い、消滅していった。
すると遥か先で、その様子を見たある兵士が声を上げた。
「邪魔な壁は消え去った!副団長がお一人で耐えて下さったこの時間を無駄にするな!続け!」
一人の兵士の声に、他の者たちも同調して声を上げ、また一斉に何百人の兵がなだれ込んでくる。だが、
「っ!何だ!?」
その者たちの正面で、赤い閃光が走った。人を惹きつけるその輝きに、どの兵士も一瞬目を奪われた。そしてそのたった一瞬の隙に、最前線にいる兵士らの瞳に、一体何処から現れたのか、一人の少女が映った。
その少女は赫赫とした赤い雷を身に宿し、稲妻が迸るような轟音を轟かせながらも、小さな右の拳に力を込め、後ろに大きく勢いをつけると、自身に目を奪われ呆然としているその兵士らに向け、こう言い放った。
「ご主人様の邪魔…しないで。」
彼女がその拳を前に突き出した瞬間、前方に強力な衝撃波が走った。近くにいた敵兵はその威力に圧倒され、防ぎ切る事も耐え切る事も出来ずに容赦なく後方へと吹き飛ばされた。
またそれは一度では終わらず、波打つようにして範囲を広げ、更に威力を増して再度、衝撃波を生み出した。
衝撃波と共に赤い光がうねりながら瞬く間に広がり、激しくも美しい色を煌々と輝かせる。その拳によって生み出された雷鳴のような轟音が響き渡ったのは、その光が消えた直後だった。
2回に渡る強力な衝撃波によって、軍勢の最前線どころか、中腹辺りにいた兵士までもが遥か後方へ飛ばされ、ほぼ振り出しの位置まで戻された。
その中の多くが外傷はないものの、食らった一撃が重すぎたが故に意識が眩み、倒れたまま起き上がる事が出来なくなっていた。
たった一人、それも小さな少女の力に圧倒された軍勢は、混乱に陥っていた。そんな中、先程誰よりも先に声を上げていた兵士は何とか立ち上がると、遥か先にいる少女を睨んだ。
少女は視線に気づいたのか、微かに反応を見せる。するとその後ろからまた一人が走ってきて、彼女の近くで止まった。その女性は走るのをやめるなり息を切らしながらも、すぐにこう言った。
「は、早いですって…。流石に、追いつけません…。」
彼女が苦しそうに放ったその言葉に対し、少女は容赦なくこう告げる。
「ん。ありがとう…サポート宜しく。」
「ちょっと!?ルリさん!会話!コミュニケーション!」
"私の状態見て言ってます!?"といったような、とても良い表情でその女性…もといファイラスは何かを訴える。
その彼女のあまりの必死さに、流石に罪悪感が芽生えたのかルリは謝罪する。
「あ…ごめん。」
急に縮こまったルリを見て、ファイラスは何とも言えない気持ちになり、小声で「謝られる程ではないですが….。」と呟いた。だがその直後、ルリはある兵士の方にまた顔を向けると、こう言った。
「でも…私今、例え一人でも負ける気しないから。」
言葉の後に、彼女は可愛らしい笑みを浮かべた。
(ま〜たルリがやり過ぎてる気もしなくはないが…俺が任せたんだし、足止めは全く問題なさそうだからいいか。あと可愛いし。)
グレムは目の前でこちらを睨んでいるヴォイドには目もくれず、遠くで一騎当千しているルリを見ていた。
"自分が眼中に無い事"に気付いているのか、ヴォイドは彼のその様子に苛立っていた。
「何が、"本気"…だ…。」
「うん?」
彼が放った言葉に対し、グレムは眉一つ動かさず適当な返事を返した。その声色に痺れを切らしたのか、彼は感情を剥き出しに怒声を上げ始めた。
「お前、は…"悪魔"だ!兄さん、の、カゾクを…カテイ、を!あんな事、にしておき、なが、ら!どう、して…どうして!そんな風、に、生きていられる!」
彼の怒りの声に、グレムの背後にいたヒシルとエルは反応し、顔を向ける。その一方でグレムは、彼のある言葉を聞いた瞬間から、顔を俯かせ、こう呟いた。
「悪魔…そういう意味か、その呼び名は。」
この時、グレム以外のこの場にいる4人の中で、エルだけは彼の様子がおかしい事に気付いていた。この時の彼の様子から彼女はなんとなくだが、今までに見た事も見せた事もない、どこか哀しく、そして辛いものを感じ取っていた。
だがヴォイドは怒りを露わにしながら、彼に言葉を投げかけることをやめなかった。
「俺、は、"兄さん"、のカゾク、がどんな、人だったのか、知らない。そもそも、人の、イエに、口出し、は、したく、ない…それ、でも、お前、は…お前、は…!」
彼が声を荒らげる中、突然、グレムが口を開き、俯いた顔を上げながら彼に向けてこう言った。
「なあ、その"兄さん"は、俺の事をなんて言ってた?俺の事をその"悪魔"と名付けたのが、"兄さん"なのか?」
急に言葉を投げかけられたのに驚いたような様子を見せながらも、数秒経った後にヴォイドはこう返してきた。
「あ、ああ…そう、だ。兄、さん、は、お前、の、事を、"悪魔"、と呼んで、いた。」
彼の言葉に、グレムはまた残念そうに顔を伏せる、だが、
「…でも、それだけ、じゃ、ない。」
ヴォイドのその一言に、グレムは反応してもう一度顔を上げた。そして、彼に問いかける。
「どういう…意味だ?」
しかし、彼はその問いには答えず、怒りによって剣を構える体勢が崩れているのに気付いたのか、再び剣をしっかりと構え直すと、こう言った。
「話し、すぎたな。今は、お前の事、より、その、剣の方が、重要、だ。」
グレムは彼のその言葉を聞くと、肩を落とした。
「そうか。どうやらお互い、言いたい事も聞きたい事もかなりあるようだが、そんな事をしてる暇も無いのか…。」
グレムはそう話すと、余計な力を抜くように剣を持つ腕を数回回し始めた。そしてその腕が止まり、切っ先が再度真下に向いた瞬間、また口を開いた。
「やるんだろう、来い。」
グレムの放った一言で、周囲の空気が一気に重くなる。エルはもう慣れっこだったが、ヒシルは少し背筋が凍るような感覚を覚えた。
ヴォイドも同様にその"恐怖"を感じていたが、彼はそれに臆す事もなく、紫色の光を宿らせた瞳でグレムを睨みながら、声を上げた。
「お前、も…その子供の、ように、してやる!」
その直後、ヴォイドは両足に思いっきり力を込めると、グレムに向かって一直線に跳躍した。彼が立っていた足場には、亀裂が走っていた。
凄まじい速度で向かってくる彼に対し、グレムは酷く平然とした態度で、先程の"言葉"に対しこう返した。
「出来るものならやってみろ。」
次の瞬間、2つの剣が交差した。一帯に耳鳴りがする程の金属音が響き渡り、猛烈な突風が発生する。
「うわあ!」
その瞬間を見届けていたヒシルは、巻き起こった風の強さに驚いて声を上げる。エルはその少し後ろで心配そうに顔だけを自分の主人へと向けながら、治療を継続していた。
そしてヒシルは、そこで初めてある事に気が付いた。
先程まで自分が戦っていたというのに、あの男の動きは全くもって記憶と一致しない。あんなにも重い一撃は見ていない。あんなにも速い動きは見ていない。
…何より、あんなにも彼の剣から殺意を感じていない。
「そうか、僕は"あれ"で…」
ヒシルはそう呟きながら目の前に映る2人を見つめると、哀しそうな声色で言葉を続けた。
「…手加減、されていたのか。」
鍔迫り合いを終えた直後、ヴォイドは距離を取るように後方へ飛び、先に地面に片腕をつけてから着地した。そして次の瞬間には、空中に無数の禍々しい色をした"穴"が現れ始める。
「逃げ回る用か?」
グレムはそうヴォイドに向かって挑発したが、彼は乗ってはこなかった。彼は何も言わずに自身の目の前の虚空を腕で掻き、"穴"を作り上げるとその中へと消えていった。
その様子を見届けたグレムは体の力を抜き、上へ大きく体を伸ばしてリラックスし始めた。そして恐らくヴォイドに向かってだろう、こう話し始めた。
「見失いの目。その魔眼を持つ者は、自身だけが出入り出来る別空間を作り出す事が出来る。またその空間には距離の概念が無い。よって、その位置を想像出来る限り、何百、何千キロと離れた場所を一息で移動出来る。しかも…」
彼は話しながら何かを察したのか、慣れた手つきで右腕に持っていた剣を左腕に持ち替え、左側に向かって刃を置いた。すると、その刃の先からいつの間にかヴォイドが現れていた。
剣が重なり、また音が響き渡った。ヴォイドが言葉を失っている中、グレムは平然と話し続ける。
「…その空間にいる間は、例え魔法や魔術を使ったとしても、位置を絞ることは出来ない。」
ヴォイドは驚きのあまり、頭が真っ白になっていた。周囲の空中に開けた無数の"穴"を使って猛スピードで距離を詰め、予測も反応も全く意味をなさない状況を作り出したにも関わらず、グレムには最初から分かっていたかのように刃を置いただけで対処されたからだ。
単純に速度の問題であるならまだ対処のしようがある。だがもし、自分の動きを、行動を、脳内を、全て掌握されているとすれば…相手側から見れば、それら全てがただの悪足掻きに過ぎない。
…ヴォイドは放心状態から脱し、歯を食いしばりながらもまた後ろへ跳びながら"穴"へと入り込んだ。そして次の瞬間には、彼はグレムの右側に姿を現していた。
しかしその時にはもう、彼の剣の前にグレムの剣が置かれていた。
再びヴォイドは攻撃を防がれたが、また一瞬で姿を消し、別の"穴"から目で追えない程の速度で突進していく。
だが、またもや彼の剣は自分の目の前に置かれていた。…分かる筈が無い、防げる筈が無いのだ。ましてや、彼は自分を見てすらいないというのに。
「こ、んな…筈が…!」
右から、左から、上から、背後から、正面から…四方八方、ありとあらゆる方向から攻めて、攻めて攻めて攻めて攻めて…でも、それでも、足りない。何十、何百と攻め続けても、たった一度足りとも、彼に剣は届かない…しかし、ヴォイドも何も考えずにここまで動き続けている訳ではない。
「だが…!」
この速度で、あの一撃をこれ程浴びせ続けているのだ。それらを全て防いでいるのであれば、当然奴も消耗してきている筈だ。何故自分の位置を、行動を全て読まれているのかは分からない。だが、問題は無い。
いつからか、奴が俺の攻撃を受ける際に、その腕が震えてきているのが見えた。きっと痺れてきているのだ。例え奴がどこまで強くとも、所詮は同じ人間。なら限界は、間違いなく近い。
ヴォイドは速度を一切落とさずに、グレムを攻め続ける。一秒に一体何度攻撃をしているのか、それは恐らく彼にしか…いや、彼さえももう分からないだろう。そんな時だ、
「凄いな、まるで数百人に取り囲まれているみたいだ。随分と殺る気があるな。」
グレムが防御を続けながらもそう言った。対してヴォイドは気を逸らさないよう、無駄な反応はせずに攻撃を続ける。
「だが…まさか消耗戦に持ち込もうだなんて、考えていないだろうな?」
彼が言葉を終えた瞬間、ヴォイドはその背後から剣を振り下ろしていた。しかし、
「しっかりやれよ。俺は言ったぞ───────」
一瞬だが、ヴォイドは自身の視界が霞んだような気がした。そしてその次の瞬間には、彼自身が剣を振り下ろした場所には、グレムの姿が無かった。次に声が聞こえたのは、自分の真右からだった。
「───────最初から本気だと。」
グレムの剣に、禍々しい暗黒が宿る。それが目に映った瞬間、ヴォイドは全身の毛が逆立つのを感じた。
そして彼は、その剣を下から上へ弧を描くように振り払った。描いた一線の先には、その剣が宿した黒が容赦なく広がった。
「これ、が…"悪、魔"…。」
絞り出すように声を出したヴォイドの視界は、底知れぬ暗闇に覆われた。
暗黒は彼を瞬く間に飲み込み、大空へ何処までも一直線に伸びていった。
「なあ、見てるか…?」
男は青い空を見上げ、遠くにいる誰かへ呼びかける。
「私たちの子は…とても立派に育ったよ。今更、どういう顔をして会えばいいのか分からないくらい、本当に立派に……。」
男はふと、妻に言われた事を思い出す。
『…私も…………だったの……が……だから……』
その額に、一筋の涙が流れる。
「ああ、そうだな…忘れてないさ。約束は…必ず…」
男は涙を隠すように俯くと、誰かに向かって呟いた。その直後、背後から黒い鎧を着た1人の兵士が現れ、男に声をかける。
「ロネス様、お時間です。」
男は声に反応して振り返り、こう言った。
「そうか来たか、今行くよ。」
だがその兵士は男の様子に気付き、戸惑うようにこう聞いた。
「泣いて…おられたのですか?」
男は兵士の言葉を聞いて一瞬驚いたような様子を見せると、すぐに自分の額を拭い、持っていた仮面を付けてから返事をした。
「ああ、いや…気にするな。」
男はその兵士が出てきた道を戻るように足早に歩いていく。その後ろを人一人分程距離を開けて、先程の兵士はついていった。
歩く途中で、男は身につけていたペンダントを強く握り、誰かに向けて言えなかった事をもう一度、今度は心の中で誓った。
「(見ていてくれ───────あの"約束"は、必ず果たす。)」
一応次の話は大体書き終わっておりますが、推敲に時間がかかりすぎる要領の悪い人間ですので、投稿が遅くなった時はすみません。
信じられないとは思いますが、年内にはこの章を終えたいとは思っております。
はい、自分でも信用できていません。
それでは、また次回お会いしましょう。




