とある決意
「団長、総員準備が整いました」
副官の言葉にエルは頷く。
「総員、仕事にかかれ。決して無理はするなよ」
エルの言葉を受け取った副官が次々と伝令を飛ばしていく。命令を受けた騎士たちは常闇の森の木をどんどん伐採していく。常闇の森を焼くことは確定しているため、これはそのための前準備であった。辺りは草原一面に覆われていて、初めから火を使えば草原にまで燃え移る可能性があるための措置だ。今の時期、エルデは東の山脈から吹きつける空っ風で乾燥しており、急速に燃え広がることだってありうる。二百余名の騎士がてきぱきと作業をこなしていく。
木を伐採して草原までの距離を取ったのはある程度の延焼を防ぐためであるが、いざというときに迎え火の燃料にも利用することができる。後の問題は風の向きであるが東の山脈から吹く風と西南からの浜風でうまく北側に流れてくれるだろう。
「いよいよですな」
「……ああ」
やがて戻ってきた副官に声をかけられるが、エルの不安は中々消えない。拭っても拭っても、どこかに可能性という汚れがついている気がして、さらに拭う。そこに可能性があるのかさえわからないまま。
杞憂だと、間違いなく言える。家の戸締りを、出かける前に気にしてしまうのと同じで何度も確認すれば間違いは起こりえない。
「国王陛下はどうして森を守ることに固執しておられるのでしょうか?」
「わからん。何らかの事情があるのかもしれないが我々も今更引き返せる状況ではない」
「幸い、国王陛下の勅命だと信じているお陰か騎士たちの士気も高い」
「……些か、高すぎる気も、しないでもないがな」
「それだけ、常闇の森はエルデの発展を妨げてきたということでしょうな」
「常闇の森の向こうか。お前は行ったことがあるか?」
「まさか。生まれてから剣を取るまで、一度も海の上にいたことはありません」
「そうか、私も同じだ」
エルデ周辺の地形を考えれば常闇の森のさらに北に行くには海路を使うしかない。しかも、かなりの大回りをしなければいけない。そのためエルデ国民で常闇の森の先にあるものを知っているのはほとんどいないのだ。エルデの交易資源は主に東の山脈から取れる鉱物でそれを対価に色々なものが入ってくる。それも、貨物を沢山積んだ船にそのまま乗せて帰るものだから、エルデに来る船は多く存在するが、エルデから出て行く船はあまり多くないのだ。
だからこそ、国王は常闇の森の排除をしないのかとエルは考えたが、すぐさま否定する。たとえ敵性国家が常闇の森にあるとすれば敢えて隠す必要がないはずだ。
敵国に対する防衛拠点として常闇の森があるならば、早々と言ってしまえばいいのだ。が、それ以外の何かをエルは見つけられない。騎士として教養を得ることを疎かにしているわけではないが、本業は戦うことだ。エルは学者でもなんでもない。そもそも敵性国家の存在などあまりにも唐突すぎて、受け入れがたい。
「……準備を急がせろ」
「はい?」
不安は解消されず、エルはそれを口に出していた。
「何が起こるかわからない。不確定要素の処理に時間を使いたい」
はじめは困惑していた副官もすぐさま伝令を遣わせた。エルは目の前に広がる広大な森を睨みつける。一体そこに何があるのか想像もつかない。が、何かあることは間違いない。魔女がいると聞いている、だが、それだけではないはずだ。
そうでなければ、森の排除がこれほどまで遅れたことに理由がつかないからだ。ほんの二人、国王と聖女しか知りえない何かが。
「諦めろ、か」
国王に何度も進言したが、返ってきた言葉はそれだけだ。どれだけ利を説いても国王の返答は変わらなかった。けどやっぱりそれはおかしいのだ。エルが部下たちからの突き上げを食らっていることもそれを無碍にはできないということを国王は知っている。優秀な為政者である国王が理を以て騎士団の面々を説得できないはずがないのだ。
考えられるには説得する必要がないのか、説得してはいけないのか。どちらかだ。
いや、とエルはそこで考えるのをやめた。これ以上は考えても何にもならない。たとえ、森を排除してはいけない本当の理由を知ったところでもう、止めることなどできないのだから。




