異世界からの訪問者 4
<Earth Side>
レーリアさんが立ち上がり、手を軽く柏手のように叩いた。
「さて。では、細かい話は後にするとして。梨乃ちゃんの部屋を用意させるから、少し休んでいらっしゃい」
え、そんな、私みたいな素性の知れない者のために、部屋だなんて。
戸惑う私に、レーリアさんはにこりと笑みを向けてくれた。
「疲れたでしょう。まずは、頭と身体をゆっくりと休めること。その後、どうやってここに来てしまったのか、そしてここはどういう所なのか。そういうお話をしていきましょう」
レーリアさんって、何というか……お姉さんみたいな年齢だと思うんだけど、何となく、失礼なんだけど、……そう、お母さん、みたいな。
そんな雰囲気だな、と思った。
優しくて柔らかくて、安心できるような。
そんな雰囲気。
もっとも、私のお母さんとは、随分と違うんだけど。
私のお母さんは、もっと……近寄りがたい、というか。
常に緊張と共にある、というか。
レーリアさんとは真逆な気がする。
小説やテレビドラマで見る、子供を全力で慈しんでくれる、お母さん。
そんな雰囲気だった。
レーリアさんは、侍女らしき女性を招き、何かを命じると、間もなく侍女さんが戻ってきて、私の元へとやってきた。
「準備が整いました。こちらへどうぞ」
そう促され、にこにこと笑みを浮かべているレーリアさん、その隣に立つ無表情の隊長さん、壁際の本棚から分厚い書物を抜き出し、立ちながらページを捲っている、ええと、シェニムさん。
そして、私の斜め前にいる、私よりも少し背の高い、サーシャさんに目を向けた。
サーシャさんは、着いてきてくれないのかな。
とても可愛くて、大きな瞳のサーシャさんに、私はすっかりと頼ってしまっているようだ。
やっぱり同性であること、怖そうな人たちばかりの中、レーリアさんとは違う微笑みを向けてくれる彼女に安堵感を浮かべてしまう私。
でも、サーシャさんは私の縋るような眼差しを受け、少しだけ驚いたようだった。
そして、隊長さんに目を向けると、彼はサーシャさんと私を見比べ、そしてレーリアさんに目線を移した。
レーリアさんは、その視線を向けられても何も言わずに、にこにこしていたけれど、隊長さんは何か感じたのか、小さく頷いた。
それを受け、サーシャさんは、私の隣に来てくれた。
「んじゃ、リノ、行こうか。隊長、少し席外します」
そう言ってくれたことに、私は自分で思っていたよりも、ずっとホッとしたことに気付いた。
そんな私の気持ちが伝わることはないと思うけれど、隊長さんは少しだけ表情を崩してくれた。
そう、ほんの少しだけ。目を細めただけだけど。
「ああ。そのまま、今日は彼女の傍にいてやれ。落ち着いたら、城内を案内してやるといい」
「はーい、りょうかーい」
軽い調子で返事をしたサーシャさんに着いていこうとしたら、思いがけなく声が掛かった。
「リノ」
隊長さんだ。
ビクリとして、振り返ると。
隊長さんは、レーリアさんの背に手を当てたまま、うっすらと微笑んだ。
驚いた。
「レーリアの言う通り、今はゆっくりと頭と身体を休めるといい。困ったことがあったら、遠慮なくサーシャに言うんだ。いいね」
「は、はい。あ、ありがとうございます……」
何でか分からないけれど、あの隊長さんから名前を呼ばれるとは、そして心配してもらえると思わなかった私は、戸惑いながら頭を下げ、少し先で待っていたサーシャさんを追いかけた。
「梨乃ちゃん、後でね。夕ご飯、一緒に食べましょうね」
そう言ってくれたレーリアさんに、振り返りながらペコペコと頭を下げて、その広間を出た。
*-*-*-*-*-*‐*
大きな広間を出て、とても広い庭に面した廊下……というか、回廊というんだろうか。
そんな通路を、先を歩く侍女さんに続いて、私とサーシャさんが並んで歩く。
サーシャさんの耳元あたりに私の頭のてっぺんが来るくらいの身長差。
同級生の友達で、バスケ部の子と同じくらいだ。
細身だけど、手足の筋肉がしっかりと付いていて、文化部の私と違ってカッコいいなあと思っている。
そんな友達と、やっぱり似ている筋肉の付き方なのか、ちょっと違うような。
服の上からも、しっかりと筋力がありそうなのが分かるサーシャさんを思わずじっと見つめてしまっていると、サーシャさんが私の視線に気付き、「ふふっ」と声を漏らした。
「あらー、いやぁねぇ、そんなマジマジと見ちゃって。恥ずかしいわぁ、えっち!」
そう言って、両手で胸元を隠すようにするサーシャさんに驚いたんだけど、前を歩く侍女さんが噴出したようだ。
そして慌てて振り返り、「失礼しました」と咳払いをし、また前を向いて歩く。
何だかその一連で、私の緊張がまた解けた気がした。
「ごめんなさい、サーシャさん、スポーツやってらしてるのかな、と思って。体つき、しっかりしているみたいだから」
そう笑いながら言うと、サーシャさんは「ふぅん」と呟き、私を大きな瞳で見下ろした。
「スポーツっていうほどのことはしていないけど。これ、振ってるからかしらね」
そう言って、軽く腰に佩いた剣を叩いた。
よく見ると、柄のところに細かいデザインがされていて、とても綺麗な作り。
鞘も、ピカピカしていて手入れされているのが素人でも分かった。
「それって、もしかして本物ですか?」
まさかね。だって本物だったら、確か申請しないと銃刀法違反になっちゃうんじゃなかったかな。
異世界って言っていたから、そういうの持つのが普通なのかな。
何だか、やっぱり、怖いな……。
そう思って尋ねると、サーシャさんはくすりと笑って、剣をちょっとだけ、鞘から抜いた。
太陽の光が反射して、一瞬眩しかった。
「本物よぉ。だから、リノは絶対触っちゃだめだからね。怪我したら、あたしが隊長に殺されちゃう」
「えっ!」
ビクリと身体を震わせると、サーシャさんは今度こそ声を上げて笑った。
「ウソウソ、脅かしちゃった。でもね、本当に危ないからね。リノが怪我したら、あたしが泣いちゃうわぁ」
「えー?」
「これはホント。だから、気になることとか、聞きたいことがあったら、まずあたしとか隊長とか、身近にいる人に聞いてね。お願いよ」
そう言われ、言葉の端っこにちょっと今まで感じたことのない色に気付き、一瞬黙った私だったけれど。
きっと、心配してくれているのは本当なんだ。
後で色々説明してくれると思うけれど、気になったことはまず聞いてから、ということを肝に銘じよう。
そう密かに心の中で決意し、大きく頷いた。
そんな私を見て、サーシャさんはにこりと笑って、大きな扉の前で待つ侍女さんに目を向けた。
「あ、着いたみたい。さ、入ろ」
促され、開けてくれた扉の向こうの、私に用意してくれたという部屋は。
「…………」
絶句してしまうほど、広かった。
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