25.気分の問題
朝。
空はまだ薄い青色で、街は静かな空気に包まれていた。
春の朝特有の、少し冷たい空気。
遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。
桃瀬こはるはマンションの前で軽くストレッチをしていた。
腕を回す。
足を伸ばす。
ゆっくり屈伸する。
「よし」
小さく息を吐く。
身体が目を覚ましていく。
その横でプルンがふわふわ浮いていた。
「今日も走るプルン?」
「うん」
こはるは軽くうなずく。
「身体が鈍るの嫌だしね」
靴紐を締め直す。
ぎゅっと結び、軽くジャンプして感触を確かめる。
「準備オッケー」
そして。
ゆっくり走り出した。
朝の住宅街。
車はまだ少ない。
人影もほとんどない。
コツ、コツ、コツ。
靴の音が静かな道に響く。
空気はひんやりしているが、走っているとすぐ身体が温まる。
呼吸が整い、身体の動きが軽くなる。
こはるは一定のリズムで走る。
無理をしないペース。
呼吸を整えながら。
道路脇の植え込みには、まだ朝露が残っている。
春の匂いがほんのり漂っていた。
やがていつもの公園が見えてくる。
大きな木々。
広い芝生。
中央には円形の噴水。
水の音が静かに響いている。
朝日が水面に反射して、きらきらと輝いていた。
「ここを一周して帰るか」
こはるはそのまま公園に入った。
朝の公園は静かだ。
犬の散歩をしている人が一人。
遠くのベンチに座る老人が一人。
それだけ。
空気が澄んでいる。
こはるは軽く走りながら噴水の前を通過する。
その瞬間だった。
――ざっ。
音。
こはるが足を止める。
周囲を見る。
そして。
気がついた。
囲まれている。
黒い影。
全身タイツ。
奇妙なマスク。
戦闘員。
ヌギー。
「ヌギー!」
「ヌギー!」
「ヌギー!」
前。
後ろ。
左右。
全部。
こはるはゆっくり周囲を見回す。
数が多い。
とても多い。
「……」
「多くない?」
プルンが言う。
「多いプルン!」
ざっと見ても。
四十。
いや。
五十。
「五十匹くらいいるプルン!」
こはるの目が輝いた。
「ボーナスステージ!」
プルンもテンションが上がる。
「大量ポイントプルン!」
ヌギーたちがじりじり距離を詰めてくる。
「ヌギー!」
「ヌギー!」
まるで波のように近づいてくる黒い影。
しかし。
こはるはむしろ楽しそうだった。
「いいね」
ステッキを取り出す。
「朝から稼げる!」
そして掲げる。
「へんしん!」
光が広がる。
朝の公園にまばゆい光が溢れる。
服がふわりと宙に舞う。
体がくるくる回転する。
そして――
お尻が丸見えになる。
くるっ。
また回転。
やっぱりお尻。
腰からヒップへ続くラインが朝日に一瞬照らされる。
光が集まる。
布が形を作る。
そこに現れるのは――
新しい魔法少女。
ピンクフリルのスカート。
しかし。
上半身は黒いレース。
透けるシースルー。
メイド風デザイン。
太ももにはガーター。
黒レースの袖飾り。
ヒールブーツ。
そしてメイドカチューシャ。
ピンクと黒が混ざる衣装。
魔法少女。
なのに――
かなり妖艶。
こはるはくるっと回る。
フリルスカートがふわりと広がる。
「魔法少女ピンクフリル!」
プルンが叫ぶ。
「決まったプルン!」
ヌギーたちが一斉に突撃してくる。
「ヌギー!」
戦闘開始。
こはるが跳ぶ。
回る。
ステッキを振る。
ぴかっ!
光弾。
ヌギーが吹き飛ぶ。
「ヌギー!」
さらに。
ぴかっ!
ぴかっ!
連続魔法。
ヌギーが転がる。
「ヌギー!」
「ヌギー!」
こはるは軽やかに動く。
ジャンプ。
回転。
蹴り。
ばしっ!
ヌギーが空を飛ぶ。
「ヌギー!」
数が多い。
だが弱い。
ヌギーは次々と倒れていく。
「ヌギー!」
「ヌギー!」
こはるは噴水の縁を蹴り、くるっと回転して魔法弾を放つ。
ぴかっ!
三匹まとめて転がる。
「ヌギー!」
プルンが叫ぶ。
「いい感じプルン!」
「朝のウォーミングアップね!」
こはるは笑う。
そして。
やがて。
残り三匹。
「ヌギー!」
ぴかっ!
「ヌギー!」
ぴかっ!
最後の一匹。
「ヌギー!」
ぴかっ!
静かになる。
公園。
風が吹く。
倒れているヌギーたち。
黒い影が芝生の上に散らばっている。
噴水の水音だけが戻ってきた。
こはるは肩で息をする。
「ふぅ」
「終了!」
その瞬間。
声がした。
「大したものね」
女性の声。
落ち着いた声。
こはるが振り向く。
そこには。
人影。
朝日を背にして立っている。
逆光で顔はよく見えない。
だが。
長い耳のようなシルエット。
人影はゆっくり言った。
「私は――」
こはる
「……」
一瞬。
沈黙。
そして。
次の瞬間。
くるっ。
こはるは背を向けた。
そして。
全力ダッシュ!
「じゃっ!」
公園を猛ダッシュで駆け抜ける。
プルンが叫ぶ。
「逃げたプルン!?」
「今日は戦う気分じゃない!」
「えええ!?」
こはるはそのまま公園出口へ。
ヒールブーツのまま。
全力疾走。
芝生を抜け。
遊歩道を駆け抜け。
公園の門を飛び出す。
そして。
そのまま住宅街へ。
数秒後。
完全に姿が消えた。
その場に残された人物。
朝日の中に立つ影。
沈黙。
風が吹く。
倒れているヌギー。
静かな公園。
影の人物はぽつりと呟いた。
「……え?」
少し間を置いて。
もう一度。
「え?」
完全に。
置いていかれていた。
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