インドのウィスキー
いつものバーに入ると、若いサラリーマンとその彼女らしい先客がいた。
私は、遠慮して端によけて坐り、いつものようにマティーニから始める。
二人はウィスキーに関する蘊蓄を語っていた。
私は、ウィスキーに関してはいまいち詳しくない。
アイランズモルトとアイラモルトの違いもわからない程度だ。
耳をそばだてていると、二人は「ウィスキーにバーボンは含まれるか否か」といった話をしている。
……もちろん、含まれる。
今度は、「ウィスキーにブランデーは含まれるか否か」といった話をしはじめた。
……もちろん含まれない。原料が穀物なのがウィスキー、果実なのがブランデー。その程度はググればすぐにわかる。まあ、たまにガールズバーとかで「ウィスキー」の欄にブランデーが入っているところがないわけじゃないが。
サラリーマン君は「インドのウィスキー」についての話をしはじめた。最初に飲んだときにはスパイスの香りを感じた、といった話だ。それに対して彼女が反論した。
「ヒンドゥー教徒もイスラム教徒も、お酒は飲まないんだよ」
……いや、大っぴらに飲まないってだけなんだけど。
「だから、インドでウィスキーを造るなんてありえないよ」
彼女は酔っ払っているのか、やたらと高圧的だ。
マスターは、基本的には客同士の会話には口を挟まない。けど、苛々しているなのはうかがえた。
私は、マティーニを飲み干すと、マスターに声をかけた。
「アムリタってあったよね。インドのウィスキー。あれ、ロックでちょうだい」
「かしこまりました」
にっこりとするマスターである。
軽くステアして出してくれる。至高の一品だ。ボトルにはAMRUTと書いてある。サンスクリット語だ。「アムリタ」というのは言い間違いなのだが、意味としては正しい。「甘露」とか「霊酒」という意味のサンスクリット語だ。ボトルにはヒマラヤの絵が描かれている。
香りを楽しんでから口に含む。
カレーっぽい香りはしない。確かに昔はかすかにカレーっぽい香りがしたが、あれは思い込みがなせる技だろうか。
マスターが、目をすがめつつボトルの解説を読む。
「アムルット蒸留所は一九四八年の創立、とありますから、イギリスから独立してすぐに出来たんですね」
「ああ。南インドの高原にある蒸留所だ。今やインドは世界一のウィスキー消費大国、いいときに作ったものだね」
「まことに」
声高に話していると、向こうのカップルがマスターを呼んだ。
「僕らもそのアムリタをください」
「ウィスキーの方でよろしいでしょうか。ジン、ではないですよね」
「えっ!?」
私も含めて、客全員が驚いた。
「山梨にできた新しい蒸留所の製品なんです。二〇二〇年の創立です」
マスターが水色のボトルを取ってカウンターに並べる。そのラベルには「AMRTA」と書いてあった。
「綴りは違うけど……」
「ヤバいですよね」
微妙な雰囲気になるのだった。




