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第3話 もし今日が、2回目の今日やったら

腹を裂かれて、ゾンビに喰われて、終わったはずの命。

なのに目を開けたら、制服着て、電車の中で笑ってた。




視界の端に、、血の色が残っていた気がした。


腹を裂かれた感覚。

冷たく粘ついた何かが、肌に這っていた感覚。

爪が骨に当たる、あの嫌な音。

腐臭と鉄の混ざった、喉に貼りつく空気。




耳元で——“カラン”と、金属が鳴った気がして——



「っ……!」


がたん、と身体が揺れて目を覚ました。

視界がぶれる。空間がガタガタと揺れている。




……電車。窓の外には見慣れた街並み。通学路の風景。




(……今、電車?)





ウチは反射的に自分の手を見下ろした。

制服を着ている。手はウチのものだ。

通学バッグが足元にあって、スマホが右手に握られていた。





(夢……やったんか?)





でも、あれは“夢”って言っていいレベルやったやろか。

意識が鮮明すぎた。痛みも、匂いも、感情も……何もかも。




電車の振動がじんわりと腰に伝わる。現実。

でもその確信が、むしろ不安を増幅させる。





そのとき、右隣から聞き慣れた声が届いた。





「なんや、寝起きの顔にしてはゾンビ感すごいで」


低めのテンションで、軽やかなボケ。

その声に、肩の力が一気に抜けた。





黒髪のハンサムショートに切れ長の目。

モデル系の美人フェイスなのに、朝からキレのあるボケをかますのが相方——夏目真宵なつめまよい




「褒めてへんやろそれ。寝起きでゾンビ認定は地味に傷つくわ」




ウチは額の汗を制服の袖で拭きながら、やや早口で返す。




会話のテンポが、自然と戻ってくる。この空気。毎朝の“漫才”みたいなやりとり。



でも——


(ほんまに、ウチ“帰ってきた”んやろか?)




まだ胸の奥がザワついてる。

爪が肩に食い込んできた感覚。

目の前に迫ってきた、あの腐った顔。




記憶を振り払うように、ウチは首を振った。




「うちさ、寝てるあまね見ながら思ったんやけどさ」


真宵が目を細めて、ふっと笑う。


「寝顔、すっごい“信長死んだ直後”って感じやった」


「どんなやねん! どの時代劇参考にしてんねん!」


ツッコミながらも、自然と笑みがこぼれる。この感覚が懐かしい。

けど、懐かしいって感覚自体が、ちょっとおかしい。




ウチは、まよいの言葉に重ねるように返す。



「それ、寝顔に背負わせるカルマ重すぎやろ」



「いやでも、なんかこう……敗北感あった」



「せめて寝顔くらい安らかに見せてや! 命終わっとんのよそれ」



まよいのボケにウチが的確にツッコミを返す。

車内は相変わらず騒がしく、他の学生たちの笑い声も聞こえてくる。




(この感じ、この空気……)





でも、どこか“薄皮一枚ずれた”ような感覚がある。



手のひらの感触、車両の揺れ、まよいの声、匂い、気温——

全部が“正しい”のに、“完璧すぎて不自然”な気がした。




「……夢、めっちゃ怖かったんやで」


「お?」


「転生したと思ったら、いきなりゾンビに腹裂かれてん」


真宵が笑いながらイヤホンを外した。


「よう寝ながらそんなホラー観てられんな」


「なんなら上映時間15分やったからな」


「短編ホラーやん!」


「再生ボタン押したら、エンドロール流れてきた感覚やったわ」


「予告編の方が長いやつやなそれ」


「わかる〜! 予告詐欺のやつ〜!」


会話が自然と重なって、少しずつ体温が戻ってくる。

でも、頭のどこかはまだ目を覚ましてないような気がした。





——この日常は、本物か?

——それとも、また“どこか”への入り口か?




(……でも、いまはこれでええ)




ツッコんで、返して、笑って。

いつも通りの“うちら”でいられる時間に、少しだけ甘える。

それが、現実でも夢でも、いまは構わん気がした。




「ゾンビに腹裂かれるってことは……?」


「うん、腹裂かれたんや」


真顔で答えるウチに、まよいが噴き出した。


「それ、夢でほんまによかったな」


「いやほんまに」


「てか一番怖かったの、武器も装備もないのにチュートリアル飛ばされたことやで」


「初期装備:不安と涙」


「攻撃力ゼロ、防御力ゼロ、運だけマイナス」


「そんなん引き当てるの、あまねくらいやわ」


「誉めてへんよな、それ」


「いや、逆に“才能”やと思うで」


「いらん才能の筆頭や!」


自然と笑いがこぼれる。

声に出して笑うことが、こんなに“安心できる”ことやったなんて。




まよいは相変わらず、いつも通りの調子でボケてくる。

美人やのに中身はポンコツで、ボケの角度がいちいち斜め上。

でも、それが“真宵”や。




(やっぱウチ……戻ってこれたんかな)


体がちゃんと動く。

自分の声で喋れる。

制服は自分の体に合っていて、鞄の中には見慣れた教科書。



でも——


(……昨日、死んだやんな?)




昨日って、いつの昨日?

昨日、“車に引かれた”はずやんな。




(これって、ほんまに……)




ウチは、そっとスマホを開いて、カレンダーアプリを確認した。


7月9日。



その日付を見た瞬間、血の気が引いた。






(……ウチが、死んだ日や)






信号の音。

まよいの横顔。

あの、最後の風の音と“光”。




目の奥がチリっと痛む。

手が微かに震えて、スマホの画面がにじんだ。






「なあ、まよい」


「んー?」


「……これ、2回目の今日ってありえると思う?」


真宵がちょっとだけ目を細めた。





「なにそれ、哲学? タイムリープ系の始まり?」


「わからん。でもなんか……全部、見たことある気がする」


「既視感?」


「うん、なんか……つながってる気がする」




真宵が、少し黙った。

そして、ふと笑って言った。




「もしそれがホンマやったら——」


「?」






「今日うちが言う、“解散しよ”ってセリフ、2回目やな」






ウチの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。







「……それ、言うたん?」





ウチは静かに尋ねた。






「言うてへんで?」


真宵はちょっとだけ首をかしげた。

でも、その目だけは、どこか寂しげに笑っていた。




「けど、今の流れで言うやつおる? 逆にドラマの脚本かってくらいやで」


「いやもう、ここまで来たら一周回ってコントやわ」


「コントやったら、BGM流れるタイミングやな」


「『チャラ〜ン♪』って?」


「せや、めっちゃいいシーン風に」



そんな軽口を叩きながらも、ウチの心はだんだん静かになっていった。




ほんまにこれが“2回目の今日”なら——

ウチはまた、あの放課後を迎えることになる。




あの、真宵が「解散したい」と告げた日。

信号。クラクション。光。

死んだ日。




(……もしさ)





「うちが、ほんまに一回死んで、戻ってきたとしてもさ」


「うん」


「もう一回、同じことになるんやとしたら……何を変えたらええんやろな」




真宵は少し驚いた顔をしたあと、目を伏せて、ぽつりとつぶやいた。




「うちやったら、まず寝癖整える」


ウチは、吹き出しそうになりながらも、鼻をすする音をこらえた。


「そこかい!」


「いや、死ぬときに寝癖ボサボサやったら後悔するやん?」


「来世でいじられそうやな」


「“あの人、最期まで右サイド跳ねてたよね”って噂される」


「その死後評判イヤすぎるやろ」


くだらない会話が、やけに愛しく思えた。





なんで死んだときに、こんな風に笑えなかったんやろ。

もっと言いたいことあったはずやのに。

真宵の目を見て、ちゃんと話すこと、できたはずやのに。




もう一回、ちゃんとやり直せるんやろか。

変えられるんやろか、うちらの“終わり方”。





そのときだった。




風もない車内で、耳の奥に——カラン、と金属の音が響いた。




(またや……)




あの音。

毒を飲んだときも、腹を裂かれたときも、最後に聞こえた、あの“イヤーカフの音”。

今ここでも鳴った。




(やっぱり、これは……)




繰り返してる。

生きて、死んで、また同じ日を迎える。

でも今度は、ちょっとだけ違う。




自分の意思で、変えられる気がする。

いや、変えなきゃいけない。




もし今日が——

ほんまに、2回目の今日やったら。




(ウチは、絶対もう一回、ちゃんと生きたる)





ん。。あの日の“解散”は、ほんまに一回目やったんやろか。

……それとも、ウチらはもう何度もこの会話を繰り返してるんやろか。



──次回、「笑って、また死ぬ放課後」に続く

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!


今回は一転して、現代パート(?)の“日常”が戻ってきました。

でも、「ほんまにこれ日常なんか?」って思いながら読んでくれた方もいるんちゃうかなと思います。


死んだはずの朝に、もう一度電車で真宵と漫才してる。

それって救いやけど、ちょっと怖くて、でもやっぱり嬉しい。

そういう“心の奥がざわつく日常”って、ある意味リアルやなって思って書いてました。


ちなみに今回のまよいのセリフ、後半はウチ自身も書きながら笑ってもうた。

寝癖のまま死んだら来世でイジられる説は……あると思います。(ない)


次回は、いよいよ“本当の今日”に向き合う放課後編。

ここから、“あの解散”の真相が、すこーしずつ動き出します。


よければ、続きもぜひお付き合いください!



【作者の一言】

掃除当番のときに限って、ホウキでダンス始めるやつが1人はおる。

正直ちょっと羨ましかったやつです。

——綾乃りよ

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