第2話 毒と地獄が盛られた転生2周目。逃げ場ゼロです。
——あの毒殺の直後。目覚めた場所は、すでに“別の世界”やった。
ん……あれ? 目、覚めた?
天井が……黒い石。
さっきの金ぴか天井も、豪華なベッドもない。
(うち、さっき毒で死んだやんな……てことは)
(なるほどな? これが“死に戻り”ってやつやんな?)
ゲームやアニメでもよくあるパターン。
“死亡=巻き戻し”。何度でもやり直せる命。人生リトライチャンス。
転生モノのテンプレみたいで、むしろちょっと安心する。
「はいはい来ました〜〜〜ご都合展開〜〜〜!」って、笑えてきそうなやつ。
(うち、今度こそ生き延びたるで)
そう思って、ふわっと体を起こそうとした瞬間——
違和感が、どっと押し寄せた。
視界が暗い。
天井は粗い石材、壁も床も湿った石。
空気はカビ臭く、冷たくて重たい。
(あれ……ここ、王宮ちゃう)
ふと目線を落とした瞬間、体中の血が凍りついた。
自分の手。
骨ばってて、ひび割れた肌。
指先は黒ずみ、爪は割れている。
関節のあたりがゴツゴツして、皮膚の下に骨が浮いてるような感覚。
(……誰の手や、これ)
喉が詰まりそうになるのを堪えながら、上半身を見下ろす。
白く濁った肌。
乾いた泥にまみれた、ボロボロの布。
首から肩にかけて、血か、薬品か、分からない赤黒い染み。
呼吸が浅くなる。
自分の息すら、どこか“他人”のものみたいに感じる。
「あ……ぁ、れ……?」
口から漏れたのは、かすれた低い声。
まるで別人。声帯の感触すら、自分のものじゃない。
喉が焼けつくように痛くて、思わず床に手をつく。
そのとき触れた冷たい石の床も、全然現実味がなかった。
(ちゃう。これは夢ちゃう。体も、声も、うちやない)
膝に力を入れて、ゆっくりと立ち上がる。
でも足元がぐらぐらして、バランスを取るのが精一杯。
何もかもが、異常。
体の中心がズレてるみたいな違和感。
骨が鳴って、筋肉がうまく動かない。
壁に背をつけて、肩で息をする。
全身が冷たくて、骨の芯まで凍えてるような感覚。
(うち、ほんまに死んだんや……)
(でもこれ、ただの“死に戻り”とはちゃう。なんなんこれ)
王子の姿でもない。
あの“シエル=ローデン”の体でも、あまね自身の姿でもない。
完全に知らん“何か”の体や。
その事実が、少しずつ、確実に、恐怖になって襲ってくる。
もう一度、手を見る。
握ってみる。
細くて固くて、力の入れ方すら忘れたような感覚。
これは生きてる? それとも、違う?
(……もしかして、ここって……)
何かが、背筋を這う。
背中に、冷たい汗が伝うのを感じた。
そのときだった。
ギィ……ギィ……
重たく軋む金属音が、空間に響いた。
振り返ると、部屋の奥にある鉄の扉が、ゆっくりと開いていく。
誰もいないはずの闇の奥から、冷たい風が吹き込む。
空気が一気に腐ったような匂いに変わる。
胸の奥がざわついて、心臓が暴れ出す。
(なんか、来る)
目を凝らす。
何かが、奥の暗闇で“ゆらり”と動いた。
最初に見えたのは、顔。……いや、“顔やったもの”。
皮膚の半分は剥がれ落ち、歯茎がむき出し。
片目は潰れ、もう片方は濁っていて、生きているのかも分からない。
胸元には内臓のようなものがぶら下がり、肩から肋骨が覗いている。
足音は重く、湿っていて、ぬるぬると粘っていた。
(……うそやろ)
それは、間違いなく“死体”やった。
けど、動いてる。
足を引きずりながら、まっすぐこっちへ向かってくる。
腐った体で、ゆっくり、確実に。
逃げなあかん。そう思った瞬間には、もう遅かった。
足が動かない。感覚が、ない。
自分の足が、自分の命令を無視してるみたいやった。
恐怖で、身体が固まってるのか。
それとも——この身体自体が、そういう“仕様”なのか。
(なんで動かんの!? なんで逃げられへんの!?)
心の中は大パニックやのに、体だけが時間を止めたみたいに動かん。
そして、ゾンビのようなそれは、こちらに気づいたように顔を上げた。
目が合った気がした。
いや、正確には、“目がない顔”と視線が重なった気がした。
(あかん……来る)
ズル……ズル……
異常な音が、どんどん近づいてくる。
壁際に体を引き寄せようとしたが、足がもつれて転んだ。
「っ!」
尻餅をついた衝撃が、背中にズンと響く。
そのまま後ろに倒れ込んで、視界がぐらついた。
立てない。逃げられない。
この空間は、完全に“詰んでる”。
息がうまく吸えない。
酸素が入らん。胸が苦しい。
涙が勝手に出てくる。
目からぽろぽろ落ちて、頬を伝って床に落ちる。
(無理。ほんまに、無理やって)
(こんな世界、聞いてへん)
ゲームで見たゾンビ。映画で見たホラー。
あれは“画面の中”やからギリギリで笑えた。
けどこれは違う。
これは、“うち”の真横にある現実。
心の奥で叫びたい。
「助けて」って喉から絞り出したい。
でも、声にならん。
喉がつっかえて、息が詰まるだけ。
そのとき——
腐った腕が、うちの肩を掴んだ。
「っ——!」
爪が喰い込んでくる。
皮膚が裂ける感覚が、やけにハッキリ分かった。
血が出る。ぬるっと冷たい液体が、肩から流れ落ちる。
でも熱くない。どこか“自分の血じゃない”みたいな不気味さ。
顔が、近づいてくる。
歯が欠けた口。
粘液の混ざった吐息。
臭い、臭い、臭い。思わず吐き気が込み上げるほどの悪臭。
「……ぅ……や、めて……」
声が震える。届かない。
その顔が、うちの目の前まで来た。
口が開く。だらりと舌が垂れて、血と何かが混じった液体が垂れる。
もう逃げ場なんて、ない。
(これ、終わりや)
絶望が、体中を支配していく。
——ザクッ。
腹に、何かが突き刺さった。
ナイフでも、爪でも、牙でもない。
そんな“道具”の問題じゃなかった。
ただ、“刺さった”という事実だけが、あまりに強烈だった。
肉が裂けて、内臓が押しのけられて、
何かが熱を持って体の中をぐしゃぐしゃにかき回してる。
(……痛い)
痛すぎて、逆に現実味がなかった。
ゲームでも映画でも、こんな“感覚”までは伝わらん。
現実の“死”って、こんな風に迫ってくるんか。
「……っあ、あ……や、め……」
喉が擦れて声にならない。
喋れへん。叫べへん。吐くことすらできへん。
口の中に鉄の味が広がる。
血が逆流して、喉の奥でブクブクと音を立てる。
(助けて……誰か、ほんまに)
あまねの脳裏に浮かんだのは——真宵の顔やった。
相方。ボケ担当。
ツッコミがうちやったら、真宵は“起爆装置”。
突拍子もないことを、なんの前触れもなく言うてくる。
「うち、解散したいねん」
……あのときの顔。何を考えてたんか、まだ何も聞けてへんのに。
(謝りたかったのに……)
(まだ……)
(ネタ、完成してへんのに)
ゾンビの顔が、近づいてくる。
口が開く。ぐしゃぐしゃの歯茎の奥から、何かが見えた。
次の瞬間、がぶりと何かが噛みついた。
痛みは……なかった。
もう痛みすら、感じられんほど身体が壊れてたんやと思う。
世界が、赤く、黒く、ぐにゃぐにゃに溶けていく。
耳の奥で、自分の鼓動が遠のいていく。
身体の輪郭がぼやけて、魂だけが空っぽの肉体から引き剥がされる感覚。
(うち、また……死んだんか)
こんなにもあっけなく、こんなにも惨めに。
もう“王子”でもないし、“あまね”ですらない。
何もできへんまま、ただ“存在”が消えていく。
そのとき——
カラン……カラン……
耳元で、金属の音がした。
左耳のイヤーカフが、風もないのに、また——揺れた。
どこか懐かしい音。
どこか、始まりの音。
(……また、あの音)
そして、視界が完全に真っ暗になった。
意識が、音ごと、落ちていく。
——どこか遠くへ。
──次回、「もし今日が、2回目の今日やったら」に続く
【作者の一言】
「今日こそ早く寝よ!」って決意した日に限って、提出期限ギリギリの課題を思い出します。
脳みそ、もっと早く教えて?
——綾乃りよ