第1話 王子の顔してツッコミ芸人、始まりました
事故で死んだはずのウチは、なぜか異世界の王子になっていた。
10歳の誕生日に毒を盛られ、ゾンビに腹を裂かれ、現代で鉄骨に潰され……。
気づけば、“死ぬたびやり直し”のループ地獄が始まっていた。
中身はツッコミ芸人志望の女子高生。
でも、毒殺された王子の身体に宿ったからには、もう逃げられへん。
──これは、魂で生き直す転生ループ。
「死ぬ未来なんか、ウチが全部ぶっ壊したる。」
「死ぬたび転生。女子高生、王子になってもツッコミ止まらん。」
誰や、この顔。
……いや、ほんまに誰やねん。
ウチって、こんな美形に育ってたん?
いやいや、ありえへん。これは絶対どっかの王子と間違えてるやろ。
目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたんは、金と白で彩られた天井。
ぐるぐる巻きの彫刻みたいな装飾に、天井画みたいな模様、光を受けてきらきら輝く金の縁取り。
現実味なんてどこにもない。どう見ても、異世界ファンタジーの背景セット。
ベッドも異様にふわっふわ。
体が沈みすぎて逆に不安になるレベル。
(ウチ、寝返り打ったら沈んで埋まるんちゃうか……)
ふわっふわの寝具からなんとか抜け出して、部屋の隅にある大きな鏡へと足を運んだ。
——そこで、完全にフリーズした。
鏡に映ってたんは、銀白に近い淡金のストレートヘア。
前髪には緑青のメッシュが一筋。光を受けて、ふわっと揺れる。
透き通るような薄い蒼の瞳。虹彩の外周には、うっすら金が差してる。
肌は透けそうなほど白くて、まつ毛は羽みたいに長い。
中性的で、完成されすぎた美貌。
……というか、美術館に飾られてても納得するレベルのビジュアル。
(誰やねん)
鏡に近づいて、まばたきして、顔をしかめてみても、
その中の“誰か”は、完璧にウチの動きと連動してる。
(ほんまに……ウチなん?)
試しに自分の頬をつねったら、ちゃんと痛い。
リアルすぎて、余計に訳がわからん。
とりあえず記憶を探る。名前、学校、昨日の出来事——
ウチは綾城あまね。高校二年生、関西在住。
夢は「相方とM-1優勝すること」。芸歴ゼロのツッコミ担当。
お笑いが好きすぎて、放課後はずっとネタ合わせしてた。
相方は夏目真宵。黒髪ハンサムショートで、天才肌の美人。
ノートの余白にボケ案をびっしり書いて、「これ採用してや」って渡してくる子。
ウチがそれにダメ出しして、ふたりで何十本もネタ作ってきた。
——昨日の放課後も、教室の隅でネタ合わせしてて。
そのとき、真宵がぽつりと言ったんや。
「ウチ、解散したいねん」
その瞬間の空気、真宵の横顔。信号の音、クラクション、そして——光。
(……え、ウチ、死んだん?)
そのとき、重たいノック音とともに、部屋のドアが静かに開いた。
「お目覚めでしょうか、閣下」
入ってきたんは、ドレス姿のメイドたち。
ふわっと膝を折って頭を下げる動作が、全員ピタッと揃ってて、もはや舞台演出の域。
「本日は、閣下の十歳のご誕生日でございます」
「お支度の準備が整っております」
その言葉を皮切りに、手際よく動き出すメイドたち。
ふわっふわのナイトローブが脱がされ、代わりに差し出されたのは——
白と薄金、水色で構成された、完璧な王子服。
胸元には青い宝石のブローチ。背中には、角度によって浮かび上がる紋章の刺繍。
そして左耳には、風鈴のように細長いイヤーカフ。
(いやいやいや! 王子のコスプレ完成しとるやん!)
鏡に映る自分は、完全に乙女ゲーの立ち絵。
見た目だけは満点、でも中身は関西の女子高生やぞ。
そんな混乱のど真ん中——
部屋の奥に、ひときわ目立つ黒い影。
他の誰とも違う雰囲気。
無言で控えていたのは、一人の青年やった。
ダークグレーの短髪を後ろに流し、淡い琥珀色の瞳。
色白で血色の薄い顔。無表情に近いのに、妙に目を引く存在感。
完璧な立ち姿、品のある所作。動くたびに空気が変わるような静けさ。
(……誰?)
初めて見る顔のはずやのに、どこか懐かしいような、胸の奥がざわつくような。
何かを知ってるような気がして、目が離せへんかった。
「……ご体調に変わりはございませんか、閣下」
低く、落ち着いた声。丁寧な言葉づかいなのに、なぜか柔らかい。
(“閣下”って……ウチのこと、なんやんな?)
ウチはただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。
頭の中では、まだ“現実”のラベルが貼れてへん。
(ウチ……ほんまに、転生したんやろか)
(ていうか、この王子の人生、今から始まるん……?)
このときのウチは、まだ知らんかった。
ここから始まるのが、ただの異世界生活なんかやなくて、
“死んでも死にきれへん”ループ地獄やってことを。
ウチはまだ、状況を整理しきれてへんかった。
鏡の前に立たされ、わけもわからんまま着替えさせられて、
見たこともない王子服を身にまとってる。
正直、もう笑うしかない。
けど、それ以上にヤバいのは、
この状況に対して、体のほうが変に馴染んでしまってること。
(なんでこんなにスッと立てるんやろ……)
(あのメイドの呼び方も、あの執事の目線も、どこかで知ってる気がする)
脳は混乱してるのに、身体は勝手に“知ってるふり”してる。
まるでこの人生が、元からウチのもんやったみたいに。
「閣下、そろそろ大広間へ。皆さま、お待ちかねでございます」
さっきと同じ声。低くて静かで、やたら耳に残る。
振り返らずとも、その声の主がわかる。
あの執事——ヴィル=エインズワース。
立ち姿はさっきからまったく乱れず、ウチの一歩後ろでぴたりと構えてる。
あまりにも動かへんから、ロボットかって思うくらいやけど、
さっき少しだけ、目元が揺れたのをウチは見逃してへん。
なんなんやろな、この感覚。
初対面のはずやのに、懐かしいような、落ち着くような。
でも怖いのは、ウチのほうが“ヴィル”って名前を知ってる気がしてること。
(これ……ウチの記憶やないよな)
(体の記憶……? ほんまに転生したんか、ウチ)
よくわからんまま、メイドたちに先導されて、廊下を歩く。
天井は高くて、壁には金の額縁の絵がずらり。
床は鏡みたいに磨かれてて、足音がコツン、コツンって響く。
(これ、マジでおとぎ話の中歩いてる感あるな……)
(ゲームで言うたら完全にオープニングムービー飛ばしたやつやん)
そして、たどり着いた先——
大広間。
広いなんてもんやない。
天井からは馬鹿でかいシャンデリアが何個もぶら下がってて、
壁は全部、金と青の重厚な装飾。
その中央に、どーんと構えてたのが——
三段重ねのバースデーケーキ。
上の段には、王冠の形をした飾り。
クリームには金箔がのってて、フルーツが宝石みたいに光ってる。
「シエル=ローデン閣下、十歳のご誕生日をお祝い申し上げます!」
使用人たちが、いっせいに拍手してくる。
どこからかファンファーレまで鳴って、
ここまで来たら、もうテーマパークの王子様イベントやん。
(ウチ、“シエル=ローデン”って名前なんや……)
(そして十歳!? 年齢巻き戻りすぎやろ)
「閣下、どうぞ。お祝いの一口を」
銀のフォークが差し出される。
メイドに促されるまま、ウチはケーキを一口、口に運ぶ。
ふわっふわのスポンジ。
とろけるクリーム。ほんのり洋酒の香りがして、めっちゃくちゃ美味しい。
(……やば、これ、人生で食べたケーキの中でダントツやな)
甘くて、軽くて、舌に乗せただけで溶けるような感覚。
けど——
(……あれ?)
(なんか……舌の奥、ピリッとした……?)
ちょっとだけ、喉の奥に違和感。
たぶん気のせいや。たぶん。
いや、でも——
(……あれ?)
ケーキの甘さが舌に残る中、ウチの喉の奥が、じわっと熱を持つような感覚に包まれた。
ただの洋酒の刺激? いや、違う。ピリッとした痺れが、喉から胸へと広がっていく。
(なにこれ……なんか、変やで?)
胸が熱い。息が浅い。
空気を吸い込もうとするたびに、肺の奥が詰まる感じ。
視界がフワッと霞んだ瞬間、フォークがカチャンと手から滑り落ちた。
金属音が、やけに遠くで響いた気がした。
(ウチ……今、やばいことになってるんちゃう?)
膝が崩れる。
倒れこむ寸前、まわりのメイドたちの悲鳴がうっすら聞こえた。
でももう、何を言ってるのかもわからへん。
世界がグラグラと揺れる。
誰かが走ってきた足音がする。誰かが叫んでる。
けど、全部が遠い。音も、光も、感覚も。
(え、待って、ちょ、なんで?)
(転生して……まだ10分くらいやろ?)
(うそやん、なんでこんなすぐ死にかけてんの!?)
(チュートリアルは!? プロローグどこいった!?)
息ができへん。喉が、詰まってる。
腕も、脚も、震えて動かへん。
指先から冷たくなっていくのが、自分でわかる。
(死にたくない)
(ウチ、まだ、なにもしてへんのに……)
真宵と、ちゃんと話せてへん。
笑い合う時間、まだいっぱいあった。
もっとネタ作って、一緒に舞台に立って——
(……なんで、ウチばっかり)
(なんで、“ここでも”こうなん)
涙がこぼれる。
もう視界は、ぼやけすぎて何も見えへん。
身体が、重くて、動かへん。
「……閣下ッ!!」
その声だけは、聞こえた。
張り詰めたような、低い声。
今までどんなことでも崩さへんかった、あの執事の声が、震えてた。
ヴィル=エインズワース。
ウチのすぐそばにいて、今まさにウチの名前を叫んだ、その人の声や。
(……ヴィル)
視界の端で、揺れた。
風なんて吹いてへんのに、左耳のイヤーカフが、“カラン”と鳴った。
それが、ウチがこの世界で聞いた——
最初で、最後の音やった。
──そして、物語は“もう一度”始まる──
第2話「毒と地獄が盛られた転生2周目。逃げ場ゼロです。」に続く
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
初っ端から「毒殺された王子に転生してるツッコミ女子高生」とかいうハードな状況なんですが、
まだまだ序の口です。むしろここからが本番です。
(※次の死ぬ準備はバッチリです)
主人公の“ウチ”は、中身が関西女子なもんで、
どんな異世界でもボケにはツッコまないと生きていけません。
……いや、ほんまに死ぬんですけどね?(現実)
次回は、まさかの「2回目の目覚め」編。
豪華なベッドもないし、誰の身体かもわからんし、しかも――?
よかったら、ぜひ続きも読んでやってください!
【作者の一言】
スーパーで買い物してて、「この袋いりますか?」って聞かれたとき、毎回ちょっと気合い入れて「大丈夫です!」って答えちゃうんですが、何が大丈夫なのか自分でも分かってません。
今日も元気に勘違いして生きてます。
——綾乃りよ




