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月夜の来訪者と貞操の危機

Side グレース


眠れる気分ではなかった。ネグリジェに着替えて、ベッドに寝転んだ。ふわふわとした寝具はいつもなら眠気を誘ってくるのに、今日は一向にそれがない。眠れる気がしなかった。


明日の朝には父から知らせが来るはずだ。

私とクロエの婚約者が代わるだけ。

何も、ただ少し家庭教師の態度が緩くなるだけ。


ただそれだけなのに涙が溢れてきた。枕を濡らしながら今日は寝るのだと思った。思っていた以上に、ジェミリア殿下に恋をしていたのだろう。だけれども、これは今日で終わり。泣くだけ泣いて、明日から笑えばいい。


『お待ちくださいッ!!お嬢様はもうお休みにッ!!』


『殿下、寝室には、お待ちをッ!!』


騒がしく響く声に、何事かと思いながらそっと、起き上がり、そして扉を開けた。ギイッと軋むような音が響いた。廊下に顔を出してみれば、真っ青な侍女と家令。何が起きているのかと思い、更に奥を見れば、振り返ってきたのはジェミリア殿下だった。その先にあるのはクロエの部屋だ。


『王家の血』とは、まさか、こんなにも正気を失わせるものなの?

と、背筋が薄ら寒くなった。いくらなんでもクロエは13歳。止めなくては……。


「ああ、グレース。君の寝室はそちらだったか。」


ニコッと笑ったジェミリア殿下。何故かその笑顔がとてつもなく怖かった。扉を閉めなくては、そう思った時には歩いてきていた彼の手が扉を掴んだ。


「で、殿下。こんな夜更けに、どうされたのですか?」


喉が張り付いているようで、言葉がスムーズに出てこなかった。何かが違う、そう思ったときには腕を掴まれて、そして投げ込まれるようにベッドに寝かされた。


「もし君でないのならば、私が君に何をするか分からない、ってバランド公爵には伝えているんだけどね?」


ギシッとベッドのきしむ音。呆然とベッドに投げ込まれた私の上にジェミリア殿下が覆いかぶさった。何が起きているのか頭の処理が追い付いていかなかった。微かに開いた扉、その向こう側で青い顔で涙を浮かべる侍女と、家令が怒鳴るような勢いで何かの指示をしているのが見える。その尋常ではない様子に、これが本当に異常事態なのだと理解できた。


「どこ見ているのかな、グレース。」


ひんやりとした声。手で視覚がジェミリア殿下に動かされ、その瞬間、唇が重なった。何が起きているの、と理解したいのに、滑り込んできた舌が逃がさないとでも言うように絡みついてくる。このままでは不味いと、その身体を押し返そうとするが、ビクともしない。


呼吸ができない!


やっと唇を離してくれた時には、もう頭で考えることができなくなっていた。ボーッとする中、するりと首元のリボンがほどかれた。そしてあらわになった首筋に生暖かいものが伝う。それが舌を這わされているだと理解して怖くなった。

怖くて、抵抗しても離してくれなそうで、強く瞼を閉じた。瞑った目尻から涙が零れ落ちる。


「ごめんね、グレース。なるべく痛くはしないからね。」


優しい声なのに怖いという、もう、どうしていいのか分からなかった。


「いい加減にッしろッ!!」


第三者の怒鳴り声と、同時に響いたのは殴るような音。瞬間の上にドサッと重みが掛かってきた。恐る恐る目を開ければ、私の胸に倒れ込んでいるジェミリア殿下とその後ろで汗だくで走って来たらしい、寝間着姿の兄。


「あ、え、ジェミリア、殿下?」


思わず倒れ込んだままの彼の頭に触れた。特に傷はなさそうで、困惑しながら兄の姿を見上げた。


「気絶させただけだ。大丈夫か?今、父上に戻るように王宮に早馬を走らせ……。」


「グレース!!」


突然響いた声。エントランスから走って私の寝室まで走ってくる音が響いてきた。兄はジェミリア殿下を持ち上げて、私を動けるようにしてくれた。なだれ込むように走って来た父。


「大丈夫です父上、未遂で済みました。」


簡潔に兄が事実を伝えて、そして私の姿を確認して安堵したように崩れ落ちた。


「お父様?」


「すまない、オクレール公爵と調整をしていた。無事で何よりだ。」


そう言いながら父は立ち上がり、ベッドに近づいて抱きしめる。一瞬、視線がほどかれたリボンを見て顔が歪んだ。本当に急いで帰って来たのだろう。普段は清潔感の溢れる父から汗のにおいがするのは少し驚きだった。


「ヴァイス、王太子殿下を客室に。『今日はお前(ヴァイス)と二人で飲み明かした。』それでいいな?」


「はい、父上、『ジェミリア殿下と飲み明かして、眠られた殿下を我が家の客間にご案内した。』これでよろしいですね?」


「ああ、ヴァイス、良く守ってくれた……。」


その言葉の後に、私を抱きしめたままの父が涙を流しているのを感じた。父は妹だけに愛情を注いでいるように思っていた。でも違った。私も、兄も、妹もそれぞれに愛情をくれようとしてくれていたのだと、言葉のない抱擁で伝わってくるのだった。



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