傷は浅いうちに終わらせたい
Side グレース
よく考えてみたら婚約者としては何かおかしかった。通常の婚約者との茶会には兄は同席しない。何故だか考えたことはないが、それが異常だと気づいてしまった。
でも、今更そんなことはどうでもいい。
ジェミリア殿下の『王家の血』が反応したのは妹だったと思うと、ある意味幸運だったかもしれない。挿げ替えればいいだけ、なのだから……。
馬車が屋敷に着いた音がした。話声と足音から父も、兄も帰って来たのだろう。二人が帰ってくるのを待っていた私は普通のドレスを纏っていた。
「お父様、お兄様、お帰りなさい。帰ってきて早々で申し訳ありませんが、少し時間を頂けませんか？」
もう日が落ちて暗くなりかけているこの時間に普段着の私を見て驚いていた二人。父は少し悩んでから「着替えてくる。執務室で待っていなさい。」と静かに答えた。その言葉に従い、ゆっくりと父の執務室に向かった。そこまでの足取りは重たかった。扉を開けられて父の執務室に入れば、灯りが灯る。そっと、ソファに腰かけて考えた。
私よりもクロエの方がジェミリア殿下にふさわしい。天真爛漫で誰からも愛される彼女であれば、周りが進んでフォローしてくれるだろう。素直でもなく、必死で取り繕っている私とは違う。
『君の妹は素直でいいね？』
優しい笑顔でそんな言葉を言われた瞬間の私は涙を耐えるので精一杯だった。思い出したらポロポロと流れ出てくる。
片思いを自覚はしていた。
その相手にいつか運命の女性が来るのも分かっていた。
支えたいと思っていても一方通行なのだと知っていた。
「もう、限界です……。」
呟いた言葉と同時に扉が開いた。入って来た父は目を丸くして私を見た。
「グレース、どうした？」
父は驚きつつも、隣に座って背中をさする。その大きな手に更に涙がポロポロと落ちてきた。
「やはり、きつかったか……。」
微かに聞こえた父の声。もしかしたら、父は私の辛さを気付いていたのかもしれない。ゆっくりとさすられる背中。暖かい手が不器用なりに慰めようとしてくれる。
「グレース。」
今まで、こんなに柔らかく父に呼ばれたことがあっただろうか？そんなことを思いながらポロポロと涙をこぼし続けた。
「ジェミリア殿下の婚約者は、……辛いのか？」
その言葉に、もう答えを出せなくて、父に渡されたハンカチを握りしめた。言葉には出せない代わりに縦に首を振った。
「そうか……。やはりお前をオクレール公爵の令息に無理やりでもするべきだった。」
父が言ったのはクロエの婚約者ことだろう。どちらでも良かったのだと、更に思わされる。
「グレース、これから王太子殿下と話してくる。お前は王太子妃にならなくて済むようにしよう。何、問題ない。うちにはクロエも居るからな。」
そう言いながら父は慣れない手で頭を撫でる。こうやって撫でられるのは久しぶりだった。母が死んで以来、まともにやり取りはしたことがなかった。
「お前はしっかりしているからな。私は泣き言でも言われないと気づかないのだよ。」
父はすぐに立ち上がり、そして夜が深くなる中、王宮へと向かった。
この選択で猛獣の尻尾を踏んだなど、この時は思ってもいなかった。
