私の婚約者
Side ジェミリア
園遊会は比較的スムーズに進んだ。王が体調不良で出席していないが、誰もが分かっていた。王たる義務を全うしているのは王太子だと。そして周りの貴族たちは小さく噂話に花を咲かせていた。
『あれがバランド公爵令嬢?』
『ええ、王太子殿下が望んだ令嬢で、彼女のおかげで王太子殿下が安定されていて、良かったですわ……。』
『なにせ『王家の血』で選ばれた令嬢ですから、王太子殿下の寵愛の深いこと。』
そんな噂話の数々に彼女の批判的なものは、ほとんど出てこない。むしろ出ることはないだろう。彼女が傍にいる限りは、私がまともである。つまり、彼女は私の為に捧げられた生贄であることはこの場の誰もが分かっていた。分からない者は使い物にならないと判断できる。
「王太子殿下、バランド公爵令嬢。この度はご婚約おめでとうございます。」
真っ先に話しかけてきたのはオクレール公爵だった。彼は少し憐れんだ眼をグレース嬢に向けた。しかし、それは一瞬で、すぐにいつもの柔らかな顔を取り戻した。
「ああ、ありがとう。」
いつものように言葉を返せば、それを気にしたのは隣に居たグレース嬢だった。パサリ、とわざとらしく扇を開く音を響かせて、オクレール公爵の視線を奪った。
「宰相閣下、ありがとうございます。宰相閣下の手腕は私のような一介の令嬢にまで届いております。今後も、活躍を期待しておりますわ。」
彼女はやはり聡明だ。まず、オクレール公爵を『宰相閣下』と呼んだことにも、彼の手腕というのが水害への治水だったことだということも含んでいるのは分かった。
「ええ、我がオクレール公爵家は未来の王妃殿下に感謝しております。」
オクレール公爵は満足そうに私と彼女を見た。そうして彼女に向けた視線と言葉。多分だが、この後に彼女への忠誠を誓おうと膝を折ろうとしていた。
「お姉様!!」
急に響いたのは少女の声。隣で私の腕に捕まっていた彼女が少しよろけた様だった。咄嗟に彼女の腰に手を当てて支えれば、彼女の腕に抱き着いている少女の姿が目に入った。礼儀も作法も無視した彼女がヴァイスの言っていた無作法な末娘のクロエ嬢だとすぐに分かった。
「あ、初めましてジェミリア殿下。グレースお姉様の妹、クロエ・バランドです。」
カーテシーもすることなく、クロエ嬢は私に挨拶してきた。まず、許しもなく私の名前を呼んだのは本来では許すことはできない。しかし、そんな無礼を身近な人間がやっているという事実に彼女の顔が青くなっていた。その表情も可愛くて、思わず笑ってしまった。
「バランド公爵令嬢。君の事はヴァイスやグレース嬢から聞いているよ。家族として仲良くしてくれると嬉しいよ。」
暗にグレース嬢の家族だから非礼は許すよ、との言葉をかけたが、彼女には通じていないようだった。グレース嬢がハッとしたように私の顔を見た。
「君の妹は素直でいいね?」
大丈夫、気にしては居ないから、そう言って笑ってみるが、彼女の顔は青くなるばかりだった。
その見つめる視線に含まれている意味など、この時分かっていなかった。