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望んだ婚約者

Side ジェミリア


バランド公爵令嬢、グレース。彼女は私の婚約者だ。


彼女を初めて見つけたのは母を天に送る日だった。周りは皆黒に包まれ、母の棺には白い百合が敷き詰められた。母の身体は綺麗なままで、ただ、毒を煽った母の顔は土気色だった。


そんな母を最初に見つけた父はその亡骸に縋って泣いていた。母の自害の原因は父が母を望んだことに起因することは、まだ13歳の私ですら理解できた。父の我儘が、市民の憎悪を母にぶつけさせてしまったのだ。


「私は、ああは、なりたくない、な。」


その言葉を聞いてくれたのは父でも、親戚でもなく、宰相のオクレール公爵だった。水害で誰よりも辛い立場の彼はそれでも笑顔を絶やさずに復興への予算を組み立てていた。私財も半分以上も投入して復興に当てている。公爵位すら危ういと言われながらも、責務を全うしていた。


「国王陛下の寵愛という意味では深いものだったのでしょう。私としましては、あのようになられた陛下よりも、ジェミリア殿下がこのようにお手伝いしていただくのは非常に助かります。」


そういいながら彼は必死で市民への徴税を上げない形での復興を目指した。私は父のようにはならない、そう思いながらも迎えた母の葬儀。父は今にも後追いしそうな表情のまま、母の葬儀に参加していた。


司祭の長い、長い、天へと贈る言葉。果たして自ら命を絶った母は空に行けたのだろうか?母をこのように追い詰めた父は空に行けるのだろうか?そんな素朴な疑問を浮かべていた。


「あの、どうぞ。」


誰もが泣かない王太子に敬意と畏怖といろんな感情を浮かべていた。父王の取り乱しようを見てしまったがゆえに心を凍らせたのではないか?ともいろんな話が飛び交っていた。その小さな毒のような言葉が飛び交う中、少女がハンカチを差し出してきた。

バランド公爵令嬢。側近候補のヴァイスの妹で、彼女も真っ黒の喪服に、黒いヴェールを付けていた。彼女が差し出してくれたハンカチは真っ白だった。


「ありがとう。」


そう言って受け取れば、彼女は少しホッとしたような表情に変わった。ジッとその顔を見た。真っ黒な髪に、ヴェール越しの緑の瞳が心配そうに見つめて来ていた。


「王妃様のご冥福をお祈りいたします。」


そう言った彼女はカーテシーをした。私よりも二つ年下と聞いていたが、しっかりとしている。


「母は……天に行けたと思うか?」


誰にも聞かなかった質問だ。しかも年下の少女に何を聞いているのだ、と自分で自分を笑いたくなった。しかし、彼女は笑った。その笑顔に何故か心が温かくなる。


「行けるでしょう。王妃様は心優しい方でしたから、きっと……。」


この時、もう分かってしまった。彼女が私の『唯一』だと。

同時に怖くなった。

父王と同じように『唯一』に狂うのではないか?


その話を誰かにした訳ではない。しかし、幸運というものが巡ってきた。バランド公爵が王室に資金援助をする旨を伝えてきた。ヴァイスの助力によるところが大きかったが、どうやって周りの批判なく、王室に資金を送れるかが最大の難点となった。


「では、こういたしましょう。」


そう思いついたのは宰相のオクレール公爵だった。もはや、彼自身も貴族として危うい状態であった。この危機を乗り越えられるだけの資金力を蓄えていたのはバランド公爵しかいなかったのだ。


「バランド公爵家には二人のお嬢様が居られます。片方の令嬢を王室、つまりはジェミリア殿下の婚約者に、もう片方の令嬢を我が愚息の婚約者に。そしてバランド公爵家より持参金の先払いとしていただく……。」


「それしか方法はなかろう?外戚の地位を手に入れたいと周りには思わせておけばよかろう。」


オクレール公爵の言葉にバランド公爵は頷いた。どちらの公爵も国を思う気持ちは一緒なのだろう。バランド公爵家から出される資産は王室の一年分の予算に匹敵した。それを捻出するのは楽ではないが、それでも彼は出したのだ。


「では、末娘のクロエを王家に、長女のグレースをオクレール公爵家へ嫁がせる算段で動くとする。」


年齢的にそれは妥当だった。オクレール公爵令息は私よりも二つ上。だとしたら年齢が近いグレース嬢をオクレール公爵家に嫁がせるのが普通であろう。


でも、私は彼女を誰にも渡したくはなかった。


「待って、貰えませんか?」


その言葉に両公爵は視線をこちらに向けた。同席していたヴァイスも私が止めると思っていなかったのだろう、驚いていた。


「私は、グレース嬢を望みます。」


その言葉に一番驚いていたのはバランド公爵だった。そしてしばらく思案してから視線を真っ直ぐにぶつけてきた。


「グレースでは無理です。あの子は心が弱い。貴方の母君の悲劇を私の娘に味わわせたくはないのです。ご勘弁ください。」


ハッキリと放たれた拒絶。だが、引くつもりはなかった。


「ならば、守れるまでになります。父のようにはなりません。」


「恐れながら、殿下。私も反対でございます!!」


声を上げたのはヴァイスだった。なぜ、そこまで反対するのだ?と疑問を含めた視線を向ければ、小さくため息を吐いたのはバランド公爵だった。


「グレースは悪き言葉を聞き取ってしまい、内を傷つけてしまう子です。王妃の素質として最も重要なのは『悪意を聞き流せるか?』です。グレースではそれは無理です。」


「では、言わせなければいい。」


その言葉にその場の誰もが息を呑んだ。皆、気づいてしまったのだろう。私の『王家の血』がこれを言わせているのだと。


「そうだな……バランド公爵。もし彼女でないのならば、私が彼女に何をするか分からない、と言えばいいか?」


冷え切った部屋の中、やっと声を出したのはヴァイスだった。


「父上、グレースを王太子の婚約者として、クロエをオクレール公爵令息の婚約者とする。これで決めましょう。」


そうまとめたヴァイスの表情は硬かった。


「ただし、グレースと同席する際は、必ず私を同席させること、これを条件にさせていただきます。」


こうして私の我儘で彼女を婚約者とした。同時に噂を流させた。


『バランド公爵令嬢は王太子殿下の『王家の血』にて選んだ令嬢であり、彼女が婚約者となったことで、バランド公爵が資金を王家に献上。そして国が建て直された。


いわば、幸運の女神だと――。』


そして三年で全ての負債を完済し、バランド公爵からの持参金代わりの借金はなくなった。そのタイミングでグレース嬢と私の婚約を公表した。


市民たちは諸事情も公開したことにより、グレース嬢への好感度は高い。

安心して、君は市民から憎悪を向けられることなんてないようにするから。




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