転生
本日二話目です
「……ここは?」
気付けば何もない白い空間に立っていた。儂の最後の記憶は病室で目を閉じたところで終わっておるのじゃが、こんな真っ白で何もない部屋は記憶にないの。
(ふむ、夢か?)
「いや、違うよ。夢じゃないさ」
忽然と目の前に幼い少年が現れ、儂の疑問に答える。まるで最初からそこにいたかのように自然に佇む少年は神秘すら感じる美貌に笑みを浮かべていた。
老若男女誰もが魅了されるだろう笑みを向けられているのにもかかわらず、儂が咄嗟にとった行動は後ろに跳び距離をとることだった。
病に侵され起き上がることも難しかったはずの体は思い通りに動き、着地したと同時に少年に向けて拳を構えるが、その状態から指一本動かせなくなってしまった。
(現れて声を掛けられるまで気付かんかったわっ!まずいのぅ…ここも奴の間合いの中か……迂闊に動けん)
老いて病に倒れるまで武道に身を捧げた儂の勘が目の前の存在が見た目通りではないと、ひたすらに警鐘を鳴らしておるわ。
そして感じ取れる彼我の差は雲泥と言うことすら烏滸がましい。そう、それはまるで―――。
「――神のようかい?」
「……っ!」
「おっと、そんなに警戒しないでおくれよ。いやぁ、君を選んで正解だったよ。力の差が理解出来ているなら話は早い。さ、その椅子に座りなよ、状況を説明してあげるから」
こ、心を読まれたか。神を自称した少年は動くことのできない儂に自分と同じように忽然と現れた椅子を勧める。儂はある種の諦観を持って椅子に座るしかなかった。
事実、儂が何をしようとも目の前の少年には意味を持たないじゃろう。一矢報いることすら万が一もないと思えるほどの出鱈目な存在感……年寄りには辛いのう。まあ、警戒だけはしておこうか。
大人しく椅子に座った儂に少年は満足そうに頷くとコホンっと咳払いをして口を開く。
「――パンパカパーン!おめでとう!君は記憶を持ったまま異世界に転生する権利を得ることになりました!」
「………は?」
あまりにも予想の斜め上を行く言葉につい間抜けな声を上げてしまった。一体どんな言葉を掛けられるのかと身構えていたというのに、何とも気の抜ける言葉じゃろうか。
むむむ、これが孫の言うところの異世界転生かのう。こういうのをてんぷれと言うんじゃったか?
「うん、わからないよね、こんな事急に言われても。でも、君にとってもいい話もはずだよ?あの世界で時代遅れな生き方をしていた君にはね」
(生き方をしていた、つまりはそういうことなのじゃろうな……)
儂がさしたる驚きや動揺はなく、自分が死んだという事実を受け入れると、少年は一瞬意外そうな顔をして首を傾げる。
「あれ?取り乱したりしないんだね。大体の存在は自分が死んだと知ったら取り乱すものと思ってたんだけど」
「自分の死期もわからない程、耄碌したつもりはありませぬ」
「いいね、そういうの好きだよ、僕。じゃあ、説明を続けようか」
自嘲的な笑みで答えつつ警戒を緩めない儂に少年は上機嫌に笑う。
「僕は神の中じゃ、新米でね。管理しやすく、尚且つ信仰をしっかりと得られる世界を先輩から貰ったんだよ。具体的に言うと、その世界は弱い神秘しかないからその世界の住人は強くなり過ぎず、君たちの言うところの魔法という分かりやすい神秘があるから神への信仰心はしっかりとあるんだ」
何とも神にとって都合の良い世界だと思うのと同時に、ある疑問が鎌首をもたげる。
「神秘が強いと、どうなるのでしょうか?」
「そうだね…中途半端に強いから神が直接排除出来ない奴が生まれたり、ピンキリだけど神以上の力を持った奴が生まれたりするのさ」
(中途半端に強い存在、ゲームや物語で出てくる魔王みたいな存在ということかのう。そして目の前の存在と同等以上の力を持つ存在…ぞっとする話じゃな)
そんな存在が同じ世界に住んでいると考えただけで肝が冷える。それが癇癪を起こしただけで国が亡ぶのではないかのう。とは言え、そんな存在は聞いたことがないの。地球は神秘が薄かったか、全くなかったのじゃろうな…助かったわい。
……む、儂がその域に至れる可能性も考えればそう悪いことではないのか。
「まあ、未来は分からないけど、今の僕には関係ない話なんだけどね。それでここからが君を転生させる理由なんだけどね、その世界は戦乱の時代が長く続いていてね。しかも僕が貰う前の先輩の干渉で小国ばかりではっきり言って人口が増えないんだよね。早く自分で世界を創れるぐらいの力を手に入れるために人口を増やして信仰の量も増やしたいんだよ。だから君には大国とまではいかなくていいから中規模の国を作ってほしいんだ」
「それならその先任の方と同じように干渉すれば良いでしょう」
神が人の世に干渉することが出来るなら、わざわざ別世界の人間を転生させる必要がないように思える。
元々感じていたことだが、話が胡散臭いのだ。
そもそも、目の前の存在が神と決まった訳でもない。もし、悪魔だったら大惨事じゃ。
「君は疑い深いねぇ。ま、そっちの方が向こうの世界に適性があるってことだから良いんだけどね。ただのお人好しだと騙されて簡単に死にそうだし。理由は単純、君を転生させた方が安上がりだからだよ。……それに僕は最近管理し始めたばかりだから、世界の住人に愛着があるとは言えない、そこまでしてやる義理はないんだよ」
少年の圧を伴った冷笑に冷や汗が噴き出す。儂が動けずにいると少年は冷笑を引っ込めて柔らかく微笑む。
「で、どうだろう?受けてくれるかい?向こうにはエルフやドワーフ、獣人も居るから夢があるよ。そして、自分が磨いた武術を存分に発揮することが出来る。憧れていただろう?何せ、兵法書とか役に立つどろう知識を集めるほど戦国時代に恋焦がれていたのだから…」
エルフやドワーフはに勧められた小説に出てきてから知っておるが、あまり魅力は感じないのう。
じゃが、小国がばかりということは少なからず戦争があるじゃろうな。年を取れば取るほど小さくなりつつも消えることがなく心の中で燻っていた火種が燃え上がるのを感じるわい。年甲斐もなく血が滾る。
武術の師である父親に才能を絶賛されたが、同時にお前は生まれてきた時代を間違えたと嘆かれた。実際にどれ程の才能を持とうが、平和な現代の日本では宝の持ち腐れじゃった。
儂が若く血気盛んな頃、一度海外に行って傭兵として戦場に出ようと考えたことがあった。しかし、すぐに考えを改めた。火器に対して刀や槍といった時代遅れも甚だしい武器で挑むのは無理がある。
その才能を異世界に行けば存分に発揮できると言うのだ。それに加えてもう一度人生を送れるならば、相手が例え悪魔だろうと断る理由が儂にはなかった。
「……分かりました。その話、受けましょう」
「ありがとう!なかなか条件に合った理想的な奴が見つからなかったから、助かったよ。普通の年寄りだと魂が疲労してるから活力がなくて承諾してくれないし、最近の若者は直ぐに強い力だの、チートだのを寄越せって五月蠅いからね。世界のバランスを崩すからダメって言うと文句言うしさ。まったく、神を何だと………」
少年は儂の手を両手で握って大袈裟に上下に振ると、白い板のようなものを呼び出して愚痴を言いながらその板を指で弄る。
「はい、準備出来たよ。体には天賦の才を付けといたから運動能力抜群だよ!他に何か欲しいものある?勿論、強力なのは駄目だよ」
「では病に罹らない屈強さを」
何せ情けないことに今世では病に負けてしまったからのう、対策はするべきじゃろ。
「はいはーい、これで良しっと。夜も無双出来ちゃうね」
「なっ!」
「あははっ、ほんの少しのサービスだよ、遠慮なく受け取り給え。最初の方はチュートリアルってこと僕がちょっとだけ干渉するからイージーだよ。あ、そうそう、記憶が戻るのは三歳ぐらいにしといたから。流石にその年で授乳は罰ゲームも良いところでしょ?じゃあね!いってらっしゃい!!」
余計なお世話だと言う前に視界が白く染まった。少年の早口で捲し立てられた言葉を聞いたのを最後に意識が途切れた。
こうして儂、いや俺は異世界でアルトロス男爵家の嫡男、アレン・アルトロスとして生を受けた。
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