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「では、案内いたします」


 アンディーは第八十九分隊の詰め所である掘っ立て小屋に入っていた。

 歩くたびにギイギイと音が軋む古い板張りの床を歩き、入り口すぐにある扉を開けた。


「……。今日は野外訓練の予定だったはずだが、やはりこんなところでサボっているのだな」


 そこにはずらりと机と椅子が並び、壁には黒板がかけられ、まるで教室のようだった。

 ただ、普通の教室と違うのは壁に銃器がかけられているところだろう。

 そして、そこに居る者たちはとても生徒とは思えないような見た目であった。


「いえ、サボっているなんてとんでもない! 少し休んでいただけです」


 急にアンディー団長が来たことに驚いたのか、その部屋に居た六人のうち三人が立ち上がって、ビッと背筋を伸ばした。

 座ったままの他の三人が気になる。なんと反抗的な態度なのか、と見ていると、やがてやれやれとばかりに立ち上がった。

 皆、騎士服を着ていたのだが、ぴっちりとした詰め襟の騎士服をだらしなく着崩していたり、ある者は肩に羽織っているだけだったり、ある者は頭から被っていた。恐らく頭に上着を掛けて机に突っ伏して寝ていたのだろう。そのままの格好で立ち上がり、寝ぼけ眼で直立している姿は少々間抜けである。


(そんなに怖い人は……いなさそうだけれど。……いえいえ! 私はこれから彼らを教えなければならないんだから、怖いとかなんとか言っていられないわ!)


 ここまで来たのだからもう後には引けない。

 不本意なこととはいえ、自分が任されたことなのだ。やれるだけのことはしなければならない。


「お前達には先に少し説明したかと思うが、新しい教官が来た」


 そうしてヴァレリーを部屋の中へと招き入れ、自分の前へと立つようにと促した。

 教官……教育係というふんわりとした言葉から、軍隊じみた役職名にされてしまった。


「シュタールベルク侯爵の妻にして、リヒャルト皇太子の家庭教師を務めていたという実績を持つ、ヴァレリー様だ」


 彼らはヴァレリーの方へと視線を向けると、ビシっと、ではなく、ゆるっと敬礼をした。一応の敬意を示されていると理解することにする。


「分かっていると思うが、お前達は今までシュタールベルク侯爵の温情でこうして騎士団に留まることができている。しかし、これからはそうもいかないぞ」


 さすがは団長である。

 先ほどヴァレリーと話していたときとは違う、厳しい態度だ。それを聞いている騎士たちも緊張した面持ち……と思ったらあくびをしている者がいた。こんな場面であくびをするとは。かなりの強心臓なのか、何も考えていないのかのどちらかである。


「知っているかどうか分からないが、ヴァレリー様はそれは厳しい方である。なにしろ、あのリヒャルト皇太子を塔の上に閉じ込めて、三日三晩飲まず食わずで勉強させたという伝説を持つ方だ。他にもある。勉強をサボって侍女と一緒に城下町に遊びに行った皇太子を捕まえ、その襟首を掴んで城まで連れ帰った上に、一晩中寝ることを許さずに説教をして、泣いて喚いても許さなかっただとか。そして、皇太子を連れ出した侍女は即刻クビだ」


「え? ええぇ?」


 それは全くの誤りであるのだが、王都から離れたこの地ではそういう噂になっているのか。

 先ほど、こんなか弱い女性に、などと言ったのは夢なのか幻だったのか、おべっかだったのか。


「他にもヴァレリー様は様々な伝説を持っておられる。リヒャルト皇太子だけではなく周囲の侍従や侍女にもとても厳しく、皇太子の食事の時間を遅らせようものならば、その原因について納得するまで問い詰め、事情によってはその原因になった者をクビにしただとか。リヒャルト皇太子の交友関係まで厳しく制限して、少し悪い噂のあった皇太子の従兄弟である公爵の息子との付き合いも禁止し、それを破ったら酷い折檻をしただとか」


 一介の家庭教師にそんな権限はないけれどな、と思いつつ、ここは反論することなく、うんうんと頷いて聞いておくことにした。自分はこの地ではそんな評判なのだと、確かめる時間にしよう。


「ヴァレリー様は、リヒャルト皇太子には悪魔の家庭教師と呼ばれていた。少し目が合っただけで震え上がり、恐怖のあまり倒れてしまったこともあっただとか」


 ああ、そんなこともあったかと思い出す。

 ただし、それは恐怖のあまり倒れたわけではなくただの寝不足である。彼は夢中になると止まらない性質で、ヴァレリーが健康のために夜通し本を読むのはやめなさいと嗜めても、徹夜で本を読むことがよくあった。


「しかし、その厳しい指導のおかげでリヒャルト皇太子は次期国王として恥ずかしくない立派なお方になられた。恐れ多くも、お前達にもその機会が与えられたということだ。ヴァレリー様」


 アンディーはキッとヴァレリーへと視線を向けた。


「この者たちに皇太子殿下のような遠慮は一切いりません! 煮ようが焼こうが好きにしてください」


「え……? ええ」


「もし不幸にも死んでしまったとしても、訓練中の事故と言うことで片付けられます」


「え……」


 まさかそんなことを、と絶句しているヴァレリーと、同様の表情を騎士達もしていた。かなり畏れられているような雰囲気を感じる。恐らく、アンディーはヴァレリーが今後彼らの再教育をやりやすいようにと大袈裟に脅しているのだろうが、やり過ぎではないだろうか。


「ヴァレリー様、存分になさってください」


「は、はあ……」


「それでも、もしこの者たちに見込みがないということになりましたら、遠慮なく解雇してください」


 熱っぽく語るアンディーに負けて、ヴァレリーはこくりと頷いてしまった。

 騎士達は弱り切った顔していて、そして、助けを求めるような瞳をカザイルに向けている者もいた。そういえば、先ほどのデニスはいつの間にか騎士達の間に立っている。お手伝いかも、と思ったが、やはり彼も騎士のようだ。

 騎士達の視線を受けて、カザイルは困ったような顔をしている。


(ああ……そうか。カザイルは乱暴な女性が嫌いなのかも……。私がこんなように噂されているならば、嫌われているのも納得だわ)


 貴族の女性は特に、大人しく控え目であることが求められている。

 それを思うと……こんな評判では嫁に行くことなど不可能だったな、と妙に納得してしまった。


(もしかしてカザイルは……幼少期に厳しい家庭教師に酷い目に遭わされて、トラウマを負っただとか、そんなことがあったのかもしれない。それならば、私が嫌われていても仕方がないわね)


 幼少期に負った傷というのは大きなものだ。

 子供の頃に犬に噛まれたからと、大人になってからも子犬の鳴き声すら苦手で逃げ出してしまう、なんて人もいる。


(でも……それは誤解なんだけどなあ)


 しかしこうなってしまった以上、そうも言っていられない……のだろう。

 我ながらなんてことになってしまったのだろう、と自分の運命を呪いつつ、この場では『悪役家庭教師』を演じて、澄まして立っていた。

ここまでで、1章終わりになります。

(ちなみに6章立てです)

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引き続きよろしくお願いします~~。

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