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「あ! アンディー団長!」
建物の近くに座り込んでいた若者がこちらに駆けてきた。
シャツに脚衣という簡素な格好な若者で、まさか彼が騎士団の一員……なわけないわよね。でも今、団長と呼んだし、と疑いの眼を向けてしまった。
茶色い髪で丸っこい瞳の、いかにも人懐っこそうな者だった。若い、というか、背が低いこともあって少年のように見える。
彼はアンディーの前に立つと敬礼をした。
「今日はどうしたんですか? また隊の誰かが悪さでもして、そのお小言ですか?」
「いや、そんなことではないのだよ」
そうたしなめている言葉は優しくて。とても騎士に対するものではないように思えるのでやはり彼は見習いかお手伝いかなにかで、騎士ではないのかもしれない。
「あっ! カザイル様も一緒ですか? 今日はどうされたんですか?」
彼の尻にぶんぶんと振る尻尾が見えたような気がした。さっとカザイルの前へと立ち、くりくりとした瞳で見上げる。
「やあ、デニス。久しぶりだね、調子はどうだい? 今日も元気そうに見えるけれど」
「ええ! 元気だけが取り柄ですから!」
そう言う彼が、では元気以外はどうなのかと気になってしまう。
そしてそれ以上に気になるのが、カザイルの対応である。お手伝いとも思える彼の名前を覚えており、しかもあんな優しげな言葉をかけている。
誰に対しても分け隔てなく優しくて頼りになるという評判は合っているのだろう。
それなのに自分に対しては……とうっかり考えてしまい落ち込む。
「カザイル様、俺の母さんがぜひカザイル様に会いたいって言っているんだ! 来週、こちらに来る予定なんだけれど、会ってくれないかな?」
「もちろんだよ。デニスのご両親は確か遠方に住んでいるはずだな。わざわざこちらへ?」
「そうなんだ! 俺も会うのが二年ぶりくらいで……」
そんな会話が続いている中で、アンディーがそっとヴァレリーの方へと近付いて来た。
「……ここだけの話ですが」
「はあ」
「シュタールベルク家の方々はとてもお優しくて……。それはよいのですが、無用と思われる者に対してもああいった対応です」
「なるほど」
「ですから、毅然とした態度の方がシュタールベルク家に入られるととても助かる……いえ、これはあくまでも私の意見ですが」
苦々しい表情でデニスと呼ばれた彼を気にしているアンディーを見るに、恐れ多くもシュタールベルク家の者があんな優しい態度で接している彼に、厳しい態度が取れないのではないか、とのことも感じた。
端から見ていると、シュタールベルク家とその領民の温かな交流に見える。微笑ましい光景なのだが、そうも言っていられないのだろう。
「では、早速ですが第八十九分隊の者たちに紹介しましょう」
アンディーが建物の中に入っていこうとするところを、その腕を掴んで阻んだ。
「あの、紹介される前に少しよろしいでしょうか?」
「ええ、なにか気がかりなことでもありますか?」
「その、騎士団の教育係になるのは実は初めてでして。どのようにすれば……」
「そうですね。なにより、彼らには騎士としての心得が足りていない。その辺りを教育していただければ」
「騎士としての心得、ですか……。そのようなこと、私が教えるのは難しいと思われますが」
「なにをおっしゃる」
アンディーはヴァレリーの不安を一笑に付した。
「かのリヒャルト皇太子の家庭教師だった方です。とても優れた教育者であることは間違いありません。相手が皇太子だろうが騎士だろうが、そこにあまり変わりはないのでは?」
(いえ、全然違うと思うのだけれど……)
しかし、そんな気弱なことを言うわけにはいかない……のだろう。
一応、騎士達を再教育できるはずだという期待を寄せられていて、カザイルにもここまで連れて来てもらったのだ。
ヴァレリーは期待されるととても弱いのだ。
自分にはできなさそうだけれど、でも、なんとかしたくなってしまう。
ここで『やっぱりできません』と逃げ帰るわけにはいかない……と、ふとカザイルの方を見て、思わず目を見開き、びくりと肩を震わせてしまった。
(……なんだかものすごい目で見られているような……気のせいかな? ああ、もしかして、新婚なのにアンディー団長と内緒話をしていたのを不埒だとでも思われたのかしら? 割と潔癖症なのね……新婚……なんて、見せかけなのに)
いや、ただ話していただけだけど、と思いつつも他に理由が見つからない。ヴァレリーはただの職業妻に過ぎないのだが、周りがそれを知らないので、ここは貞淑な妻を演じて欲しいとか思っている可能性もあるだろう。……いや、本当に話していただけだけれど。とりあえずアンディーから離れることにした。




