246:バナナ経済
たぶん今回転生者の主人公が一番やらかした案件なので初投稿です。
基隆周辺の土地をヴィール・ヴ・ドラゴンという名称に変更するのはどうだろうかと問うた結果、閣議にいた皆は目がテンになり、唖然としてしまったのだ。
アレ、俺何か間違った事言ったのかと思った矢先に、傍にいたハウザーが小声で「ドラゴンは邪悪なイメージが強いですよ」とアドバイスをしてくれたのだ。
……。
マジかよ!
ファンタジー小説とか古代のギリシャ神話とかではカッコいい生き物だと思っていたのに西洋ではドラゴンの意味合い違うんかい!
東洋だとドラゴン=神聖な生き物なのにヨーロッパだとドラゴン=邪悪な生き物というイメージが強すぎるとは……。
決め顔で言った一分前の自分をフルスイングしてやりたい。
国王が決め顔で邪悪でヤベー生き物の名前模った都市名に変更とか!うわーやらかしたわコレ!
穴があったら入りたくなるほどに後悔したのと、思いっきり邪悪なモノを信仰するヤベー王様だと思われてはいけないので、慌てて東洋の価値観を説明しておいたのだ。
恐らく俺がルイ16世に転生して一番やらかした案件かもしれない。
「……少し誤解があったかもしれないが、東洋では龍というのは神様と同一の存在を現すのに使われるのだ。特に、水を司る神様という意味を込めて龍……つまり我々の知っている言葉でドラゴンという意味合いになったのだ。しかし、東洋と西洋では意味合いが違う上に、我ながらヴィール・ヴ・ドラゴンでは些か不穏だな……では、古代中国神話に登場する神獣である青龍という名前はどうかな?」
「チンロン……ですか?」
「そうだ、同じ龍だがこちらの青龍は方向や季節を司る神様の同意儀を示す言葉だ。方向は東を……そして季節は春を示してくれるという。フランスにとって東洋における重要な拠点でもあるからピッタリの名前だぞ?青龍の中国語の読み方であるチンロンという言葉であればドラゴンという単語も使わずに済むし、何よりも現地の漢民族の人達からも問題はないと思うがね」
先程出したヴィール・ヴ・ドラゴンよりも青龍のほうがフランス人的に見ればいいんじゃないかという流れになり、特に異議は出ずに青龍という名称に決定されたのだ。
ヴィール・ヴ・ドラゴン……すまんな、中二病っぽい街になるかもしれなかったが、青龍に変更だ。
清王朝の国旗にも龍がいるしね。
あれはブルードラゴンというか、まんま青龍だったような……。
とにかく、青龍に決定だ!(妥協案)
フランス領となったことで、国旗ではないが領土を示す旗もフランス国旗と青龍の旗がセットで並ぶ事になるだろう。
東洋と西洋が文化的にリミックスした土地にふさわしい旗か……。
旗が出来上がったら直に見てみたいものだ。
「では、台湾の基隆については青龍という地名に変更する方針で問題ないですね?」
ハウザーが周囲を見渡して異存がない事を確認してから変更する旨を伝える。
青龍……。
それが今後の基隆の呼び名となる。
大幅に東洋史を改変する一幕だ。
ゲームでこうした史実とは異なる展開になると、必ず「これぞ歴史ゲームをしている上で史実とは異なる改変する時の醍醐味だな」と呟いていたものだが、いざ自分が当事者になるとその責務や重さもまるっきり異なる。
自分で歴史を動かしているこの瞬間は想像以上に心が震えるものだ。
フランスにおけるアジア地域の玄関口となる台湾の開発が、この閣議で始まろうとしているのだ。
俺の転生前の友人であった鄭さんの故郷である台湾……。
この台湾という場所は近代から現代にかけて飛躍的な発展を遂げた。
清国から日本に統治されて近代化が行われ、戦後は大陸から追い出された中華民国の実効支配地域となり、90年代後半には民主化が行われて経済的にも情報技術分野でも躍進的な成長を続けている場所でもある。
ここでは我がフランスが、史実日本が行っていた近代化を行う役割を果たす事になるだろう。
今のところは青龍周辺だけだがね。
それでも友人であった鄭さんのご先祖様にも間接的に会えるかもしれない。
転生前に良くしてもらった恩を返してあげよう。
まず台湾といえば現代ではハイテク産業やIT産業が盛んで、コンピューターに使われるチップなどが有名だが、農産物ではバナナをはじめとした南国の作物や、砂糖の一大産地としても知られている。
マルゼルブが清国から渡された台湾の気候について説明を行う。
「では、マルゼルブ殿……台湾の気候や主要な産業などをご説明してください」
「はっ、報告では台湾の気温は冬場でも雪は降らないので相当暖かく、夏場はかなり暑いとのことです。こうした気候によって亜熱帯地域……サン=ドマングのような気候で採れやすい果実や作物の育成が可能だそうです。それによれば清国が統治している場所ではバナナの栽培を重点的に行っているそうです」
台湾の気候は亜熱帯であり、その温暖で暖かい気候を利用した果実栽培が盛んな地域でもある。
清国から持ちこまれたバナナを栽培しており、このバナナは台湾の貴重な輸出産業を担っているのだ。
清国が台湾中部を中心にこうしたバナナ栽培に力を入れており、稲作などは住民が食べる分だけ栽培している程度らしい。
なので小麦などの食料などを輸入に頼っているという。
また、これは豆知識だが台湾バナナは他のバナナに比べて甘味が濃縮されていて味も絶品だ。
鄭さんにオススメされた台湾産の高級バナナを都内のデパートで一房購入して食べた事があるが、あの味は今でも忘れない味だ。
まさに、高級と銘打っているだけに味に関しては台湾バナナを越える品種は存在しないだろう。
是非ともまた食べてみたいものだが、輸送の移動時間を考えると……現状では難しい。
流石に3カ月近い航路ではバナナも傷んでしまうからね。
……辛うじてジャムに加工すれば食べれそうかな?
バナナ栽培が有名だとマルゼルブが説明すると、皆がどんなものを青龍で育てるべきか議論を行った。
「バナナ栽培が有名であれば、収穫してから痛まない範囲で輸出可能な諸外国へ売るのもいいですな」
「それ以外にもコーヒーなども栽培できるかもしれません。アジアではあまりコーヒーは飲まれないそうですが、逆を言えば市場の新規開拓も可能かもしれません」
「本土から蒸気機関や紡績機を運んでアジア方面での生産拠点になるとしても、設置には準備期間が必要です。それを踏まえれば西洋の作物が育つかどうか実験も兼ねた農園の設営も必要ではないでしょうか?」
「王立試験農園のような場所は必要でしょうな。こちらでは育つことができても青龍で育つとは限りませんからね……逆もまた然りです」
バナナ栽培が出来るのであれば、既に青龍周辺にある農園で収穫したバナナを輸出するという案もあれば、サン=ドマングで盛んなコーヒー豆を栽培してアジア方面で売る案、ヨーロッパで栽培されている作物が青龍でも栽培可能か実験してから試そうとする者……。
どれもメリットもあるし、デメリットもある。
俺が鶴の一声で決定する事もできるが、なるべく皆が意見を言ってアイディアを出し合っている時は口出ししない方針を貫いている。
俺は国王ではあるが独裁者ではない。
各自が意見を出し合い、最終的に三つの案が提示された。
・その1:既存の特産品を当面の間栽培し、諸外国への輸出品目とする。
・その2:コーヒー豆などの南国で育ちやすい作物に転換して、アジア方面向けに輸出をする。
・その3:幾つかのヨーロッパ原産の作物などを持ちこんで育つか確認し、それまでの間は案1ないし2を実行して経済を回す。
バナナが輸出の主要品目となっているが、これは台湾中部が盛んであり青龍では小規模にとどまっているという。
無いよりは十分にいいが、これだけだと第一次産業に経済が依存してしまう典型的なバナナ経済になってしまう。
なので三つの案のいいところ取りをするのはどうかと語った。
「みんなの意見を聞かせてもらったが……どれもいいと思う。ただバナナの輸出は既に清国がやっているからなぁ……カリブ海の島々で栽培されたバナナも美味しいけど、台湾バナナはそれ以上に甘味が濃縮されていて美味だと聞いた事がある……バナナを使った果実酒を作って輸出するのもいいが……まだ十分な量が採れるか調べないといけないからな……来年から三年後までは様子見し、区画を整備しておこう。そしてコーヒー農園だけでなくサトウキビ農園を作るのもアリじゃないかな?」
「サトウキビ農園ですか?」
「そうだ、温暖で降水量も多いとなればサトウキビを栽培するのに絶好の土壌環境になるからね。それにサトウキビを精製して輸出項目に加えれば十分に利益がでると思うんだ」
砂糖……。
紅茶やお菓子や料理に欠かせないものであり、摂り過ぎると糖尿病や高血圧の原因になるものだ。
この時代だと砂糖は穀類よりも価値のある物であり、香辛料と同じぐらいに重宝されている代物だ。
何といっても砂糖の原料であるサトウキビは暖かくて温暖な気候かつ、水資源が豊富な土地で育ちやすいので台湾は絶好のサトウキビ農園を作るのにピッタリなのだ。
現代だと砂糖産業が衰退していったと鄭さんから教わったが、戦前からサトウキビ農園や砂糖を使った産業が盛んであり、日本領であった台湾は日本における砂糖供給の一大拠点として日本資本の会社が幾つも連なっていたと聞く。
……となれば、砂糖を使った産業を作り上げるのがベストではないだろうか?
バナナの酒を作るにしても、砂糖が必要不可欠だからね。
果実酒や精製した砂糖を輸出すれば東アジアだけでも大きな利益になるだろう。
現にヨーロッパではお菓子作りや飲み物に入れる砂糖の需要が高まっているので、砂糖を使った製品が莫大な利益を生み出すだろう。
特に、砂糖って精製すれば塩と同じように賞味期限がないから長期間保存が効くのだ。
保存食としても活躍できるジャムも砂糖を使っているので、サトウキビ農園を作って砂糖を作り、その砂糖を使って栽培したバナナなどを瓶詰して保存し、台湾からヨーロッパに輸出すればそれだけでも利益になる。
難点を言えば、輸送コストが南米やカリブ海で生産されている砂糖よりも高くなる事だろうか。
「勿論、今あるバナナ農園を取り壊してまで作ることはない。新規で農園を開拓し、食料も自給自足できるように水田も整備させておこう。青龍で初年度から利益が出るなんてことはない。先ずは土地の整備を行って新規の農園を作ると同時に、フルーツなどを加工できる精製所も建設し、輸出産業が行えるように調整を加えながら今後の実験も兼ねて進めていく事を提案したい」