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217:改革の恩恵

★ ★ ★


1775年5月30日


フランス パリ


台湾の買収に向けた動きをフランス政府が進めている中で、パリでは上下水道の工事が本格化し、既に下水道に関しては目標値の六割を達成していた。

残りの四割に関しても遅くても二年以内に確実に完了する見通しとなった。

これによってパリでは市民生活に良い意味で大きな変化が三つ訪れた。

その大きな変化をそれぞれ市民生活の目線から覗いてみるとしよう。


ブローニュの森では貴族や裕福な平民階級のご婦人たちが傘をさしながら談話に勤しんでいる。

それぞれオーストリアやイタリアで流行している鮮やかなドレスを身に纏い、ブローニュの森で開催されている親睦会の席で、自身に身につけている香水について話し合っていた。


「あら、ご婦人の香水はとても爽やかな香りがしますわねぇ~、これはどんな香水を付けたのですか?」

「香水屋メルヴュー・ソ・レロンのオリジナルブランドの香水ですわ。(※)シトロンの実(※フランス語ではシトロンはレモンを意味する)などを混ぜ合わせたと仰っておりましたが、この香りが透き通って気持ちが良いのです」

「まぁ、私もそのお店に行こうかしら?メルヴュー・ソ・レロンといえばお店の奥様が改革派に入っている人かしら?」

「そうみたいですね、何でも王妃様がコッソリ買いに行ったことがあるお店だそうですよ」

「まぁ!それが事実なら王妃様がお気に入りの香水も取り扱っている筈ですわ!折角だから旦那におねだりして買いに行こうかしら……」

「ええ、それにしてもこの辺りも悪臭が無くなって良かったですわねぇ~」

「ホントですわ。以前ならもっと森の奥に行かないと臭いがきつくていられませんでしたから……」


一つ目はブローニュの森やチュイルリー庭園では、下水道が完備された事で以前まで悪臭が漂っていたセーヌ川や舗装された道が嘘のように臭いが無くなったのである。

それまでは香水などを振りかけて臭いを誤魔化していたわけだが、その必要も無くなったことで匂いのキツイ香水ではなく、ハーブやミント系など心地よい香りの香水が飛ぶように売れていた。

以前であれば糞便の臭いよりはマシという理由で香りの強い香水が人気だったが、今では自然に溶け込むような穏やかな香りがウケている。


メルヴュー・ソ・レロンの副店主で夫婦で経営しているドミニク・コレットは、ミカン類など果実から抽出した香りを使った香水を売り出している。

今までは白蘭だったり花やミント系を中心に売り出していたが、偶々オーギュスト達一行がお忍びで店に来た際にオーギュストとアントワネット一行から普段からお世話になっている事へのプレゼントとして貰ったイタリア産のレモンの香りが心地よかった為、香水にしようと試行錯誤を一年間重ねた末に完成した代物である。


レモンは温暖である程度気温の高い場所でしか栽培できない果実であるため、リンゴやブドウに比べて高価な果実であった。

高級な果実を丸ごと果汁を搾り取り、香水として使えるように調合したものだ。

価格も小瓶で通常価格200リーブルと、普通のハーブ系の香水の三倍近い値段だが、これがまた飛ぶ鳥を落とす勢いで売られている。

改革派の貴族や平民階級層を中心にじわりじわりと人気を集めており、来年にはメルヴュー・ソ・レロンは二号店をオープンする予定だそうだ。


ブローニュの森から1.6キロ程離れたセーヌ川を挟んだ反対側に位置するシャン・ド・マルスでは、平民階級者を中心に大規模な試飲会が行われていた。

その試飲会というのも、フランス各地から取り寄せた湧水を中心とした飲料水の展示であった。

飲料水だけあって、大きな樽に保管されている水を人々はコップを持参して飲んでいる。


「くぅ~っ!やはり自然の多いアルプス側の地下水は一番うまいなぁ!もう一杯頂きたいぐらいだよ」

「一杯目は無料でも二杯目は10フランだそうだ。二杯目を飲むとお昼ご飯食べられなくなるぞ」

「いや、それでもいい!これだけ美味しい水を飲めば腹も減らないさ!むしろ変な昼飯を食べて食あたりをおこしたらそれこそ水が勿体ないだろう!」

「それもそうだが、水を飲み過ぎて腹を下したらそれこそいけないだろう。それに、まだまだ他の場所で採れた水が飲めるんだぞ。他の水も飲んでみたほうがいいんじゃないか?」

「……うむ、確かにそれもそうか……」


二つ目はパリ市民の健康改善傾向が見られる事だ。

とにかくパリの水は質が悪いことで有名であり、かの天才音楽家であるアマデウス・モーツァルトがパリに演奏しに来たときに、パリの水を飲んだら体調不良になり丸一日腹を下して腹痛地獄になった記録が残されているぐらいだった。

それが今では新しく決められた水質基準の飲料水しか販売を認められていないので、粗悪で品質の悪い水が販売されるような事は無くなったのだ。


この湧水の試飲会は健康に気を遣うようになったパリ市民を集めて、美味しい水を販売して契約を交わす為でもあった。

政府公認の良質な湧水や地下水、炭酸水が試飲会という形で多くの人に飲まれることになり、いずれもパリ近郊や遠方でもアルプス山脈地域の地下水を持ってきて、人々に水の美味しさを伝える為でもあった。

経済が上向きになった事でお金に余力が出てきたこともあって、この試飲会に参加した人達はそれまで粗悪で酢で消毒した水しか飲んだことが無かったので、ここまで美味しい水を飲めた事でそれまでの価値観がガラリと変わり、水に嵌る人が続出したのだ。


「これだけ美味しいと以前飲んでいた酢で消毒した水はもう飲めませんなぁ~」

「全くです。こんなに美味しい水を契約次第では月々1リーブルで飲めるのは嬉しい限りです」

「なんでも陛下が進言して比較的低価格で販売をする事を認めてくれたみたいですな。パリ市民の健康を考えて品質の良い水を誰でも買えるようにしてくださったお陰です」

「本当に陛下は王太子時代から我々の事を考えて下さっておられるなぁ……」


ルイ16世は法令の布告の際に、水に関するものもいくつか出している。

その中でもパリ市民を歓喜させたのが『新鮮で清潔な水の配送サービス』に関するものである。

パリ市内では下水処理が不完全だったこともあり、清潔な飲み水が不足した影響で水売りがいたが、粗悪なものを販売する悪徳業者が横行していたが、そんな状況を見かねて新しく『飲料水販売法』を制定したのだ。


この法律によって政府やパリ市から許可を得ないと水が販売できなくなり、無許可で販売すると重罰が課せられるということになった。

特に首都であるパリではこの法のルールがかなり厳守されるようになり、水を販売する業者は毎日朝の10時までに販売届けを行政に提出し、行政が品質チェックを行い問題がないと判断された場合のみその日の販売が許可される。


また、各家庭においてパリ郊外などから汲み上げた地下水や煮沸処理した湧水を容量制限ではあるが最低プランで一ヶ月1リーブルで提供できるようにしたのだ。

国営事業として各地の湧水の名所を調査し、安全性が確保できた水源から汲み上げており、契約すれば最低プランで毎週3リットル、月12リットル分の水を1リーブルで購入できるのはかなり魅力的な条件であった。


勿論、こうした水は早めに消費しないと水質が痛んでしまうので早めの消費を行うか、一度煮沸してから保存するようにガイドラインが設けられた。

安全な水を飲んで、パリ市民の赤痢やコレラなどの病気のリスクを軽減するルイ16世の目論見は成功を収め、試飲会を開く前から飲料水の配達契約は6千世帯を越えているのであった。


最後に、パリの学生街に佇んでいるカフェでは連日多くの学生たちが入り込んで討論を重ねているが、ついにそのカフェの常連であったピエール・ヴェルニヨが弁護士の資格試験に合格し、大学の学友達と共にお祝いパーティーを開いていた。

この日ばかりは普段学生たちが白熱した議論をする事を時々咎める店主も、ピエールが合格した事を祝ってささやかなながらワインを一杯奢っていた。


「やったなピエール!これは俺からのささやかなプレゼントだ。受け取ってくれ」

「えっ!いいのですか!」

「ああ、毎日お前さんらが来ているからな。店としても結果的に繁盛しているからそのお礼だ。あまり酔って暴れたりするなよ?」

「はい!本当にありがとうございます!」


ピエールの学生生活はかなり充実していた。

弁護士など法律に関連した職種に就こうとする同志たちと共に勉学に励んでいたが、彼らもパリに来て悪臭に悩まされていた。

特に飲み水があまりにもマズイ上に水質がかなり悪かった事もあって全員が食あたりのような症状を起こして以後、飲み水は多少高くても水売り商人から買うか、ワイン等ある程度安全なアルコール飲料を飲むことにしていたのだ。

そんなピエール達は、下水処理や安全な飲み水の確保を掲げたルイ16世によって彼らの生活はかなり向上した。


下水も毎日早朝に国営の汲み取り業者がやってきて回収してくれる上に、こうした下水を国に買い取ってもらえる為に窓から汚物を不当投棄する者が激減した。

結果的に今まで道路上に散乱していた糞便などは無くなり、馬車などの乗り降りを禁止した歩行者天国道路を設置した事で川に汚水が流れ込むことも大幅に減ったのだ。


今までどんよりと憂鬱ともいえるパリ特有の悪臭漂う街中が下水整備と飲み水の改善で劇的によくなっていき、自然と街中の空気も改善されて人々も生き生きとしている。

カフェの中でも外でも、人々は上機嫌で国王に対する不満を言うものはいない。

臭いが改善した事によって人々はこれほどまでに大きく変わったのだ。


ピエールはそんな活気に満ちたパリで青春を謳歌している。

開明的で庶民を大事にしている国王に心の底から感謝を示し、ルイ16世が主導してまとめ上げている「改革派」に加入するために改革派への入会試験も受ける決意を固めたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] おお、フランス革命での指導者の名前が出てきました ・・・この様子だといずれロベスピエールも出てきそうですが、この世界ではどういう人物になるのか期待します
[気になる点] >「なんでも陛下が進言して比較的低価格で販売をする事を認めてくれたみたいですな。 進言は上の立場の人へ言うことですから、どちらかというと提言、提案、意見等のが合ってる気がします。
[一言] よくなろうでは中世ヨーロッパ風異世界、所謂ナーロッパに転生しがちですけど水関連で転生者詰みますよね…なんせ日本の水道事情は世界でもトップですから。 これからは水を大事にがぶ飲みしよ。
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