213:南進論
書報ページに書籍情報が乗りましたので初投稿です
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1775年5月22日
ロシアって暖かい土地に憧れているといつも思っているルイ16世だ。
我が国は内政に力を入れているので戦争とは無縁の生活を過ごしている。
この時代はいつでもどこでも毎年のように戦争!戦争!戦争!……と、戦争が多発している。
今年は今現在確認できただけで二つの大きな戦争が起こっている。
まず一つはアメリカ独立戦争だ。
史実と同じくイギリスへの怨みが募った植民地の人々が大規模な決起を起こし、ニューヨークなど数拠点を除いてほぼ全域を北アメリカ連合州軍が占領したようだ。
現地に潜入させている国土管理局の職員からの報告では、イギリス軍やイギリス人実業家、果てはイギリス王室に忠誠を誓っている者達をなりふり構わず現地人が処刑しており、しかも民兵組織や正規兵も手出しできないらしく、虐殺が黙認されているようだ。
国土管理局の情報部から報告書を持ってきてくれたアンソニーの報告を受けて思わず俺はビックリしてしまった。
「間違いないのかねアンソニー、植民地の現地人がここまで暴走しても民兵組織や正規兵は止めないのか?」
「はっ、報告書の内容は確実性の高いものです。イギリスの政府高官との情報交換を行っているデオン氏からも同様の報告を受けております。植民地の人々はこれまで様々な税を課せられた上に、イギリスの抑圧とも受け取れる政策が引き金となって暴発しているそうです。民兵組織や正規兵に捕縛された兵士は助命できたそうですが……市民に捕まった兵士の末路は報告書にも記してあります」
「どれどれ……首に縄を括られて木に吊るされたり、生きたまま焼かれる、鉈や鍬でミンチに……うわぁ……こりゃ相当ヒステリックになっているな……」
「かなり民衆は怒りに燃えている模様です。むしろ民兵組織や正規兵が抑えようとしているという報告もあります。イギリス政府の上層部は本腰を入れて反乱鎮圧の為に正規兵だけでなく、プロイセン王国の傭兵部隊や囚人たちに恩赦を与える代わりに兵役義務を命じて新大陸に送り込んでいるそうです。今現在新大陸に展開している軍の総数は総勢3万人に達する模様です」
「そうか……いよいよ新大陸では本格的な戦争になるというわけだな」
この時代、正規軍人というのは数が少なく、常備軍としているのはイギリスで3万人、陸軍国家のプロイセンでも5万人いくかどうかという数である。
そんな中で3万人規模の動員というのはかなりの大軍を動かしているというわけだ。
ちなみにフランス革命直後のフランスではロベスピエールが「総動員令」を行い、18歳から25歳までの未婚の男性を根こそぎ徴兵した結果、80万人もの兵力を保有していたとされている。
沢山の兵隊を徴兵して攻め込めば人的資源の差で勝利できるが、軍隊というのは物凄く金が掛かる。
現代アメリカが強大な軍隊を保有できているのも巨大な経済市場を抱えており、その経済力を使って世界の覇権を取れたのだ。
やはりアメリカが世界の警察になれたのも、そうした背景があってからであり、逆を言い返せば経済的に疲弊している国は軍隊の維持ですら精一杯となり、軍備の更新すらおぼつかない状態になるのだ。
北朝鮮とか60年以上前の朝鮮戦争時に活躍したジェット戦闘機が現役だったぐらいだからね。
……で、フランス革命が起こった原因も、アメリカ独立戦争でアメリカ側に加担した際に背負った膨大な借金が原因だ。
日露戦争時に日本がイギリスから借りたお金を完済したのが1980年代だった
イギリスは今回の新大陸動乱によって多くの国債を発行して大量の軍隊を派兵する事を決定しているようだ。
これはもしかしたら史実でフランスが辿った借金地獄を再現してしまうのではないだろうか?
「イギリスはどちらにしてもアメリカへの対応に時間も金も割り振らないといけないようだね。勝利出来ればいいけど、もし敗北したら債務は増えてしまうだろうし、仮に北アメリカ連合州軍を撃破出来たとしても、今後の植民地政策は抜本的に見直さないと再び反乱が起こるのは誰の目から見ても明らかだ」
「今回の反乱そのものがイギリスによる抑圧的な対応や命令によるものですので、現地の人々の怒りや怨念も相当のものでしょう。イギリス軍人を残忍な方法で殺害しているだけでなく、地域間でイギリス軍の部隊への襲撃も横行しているそうです。お陰で輸送部隊も中隊規模の護衛無しでは移動もままならないそうです」
「新大陸はヨーロッパと違って広いからなぁ……あれだけ大きいと襲撃もやりやすいだろう。それに、正規兵を蹴散らすなら少数でも夜襲は効果的だからね、クラクフ共和国軍が多様した戦法を北アメリカ連合州軍が実践しているというわけか」
「クラクフ共和国では少数ながら士官クラスの者が北アメリカ連合州軍に参加しているとの事です。恐らく彼らの入れ知恵である事はほぼ間違いないでしょう」
史実でもフランス軍人だけでなくポーランド軍人が独立戦争に加担していたのは有名な話だ。
タデウシュ・コシチュシュコあたりが行っているかもしれん。
騎兵隊としての戦術は高く評価されている人物だし、ここフランスで籠っているよりもそうした戦場で武勲をたてることが彼にとって幸せなのかもな……。
そして、もう一つ起こっている大きな戦争はロシアに関するものだった。
「次に、ロシアは清国に対して大規模は攻勢をかけたそうです。偶発的な衝突をキッカケとする戦闘が拡大し、現在ロシアは大兵力を持って清国に侵攻している模様です」
「ロシアが清国を……?どっちが先に手を出してきたんだ?」
「清国側から攻撃を受けたと報告書では記されております。ロシアはネルチンスク条約違反であるとして清国への侵攻を決定したそうです」
新大陸で北アメリカ連合州軍とイギリス軍との間で戦火が交えている中、ロシアでは清国との国境付近で小競り合いが起こり、ロシア側に少なくない犠牲者が出たようだ。
これが1月中旬に起こり、ロシア皇帝エカチェリーナ2世は清国との間に結ばれていたネルチンスク条約を引き出して清国に襲撃犯の身柄引き渡しを求めたが、これを清国が拒否された。
故に皇帝直々の勅命によって農奴やシベリア送りにされた兵士やその家族までも動員して清国に大規模な兵力を用いて侵攻しているらしい。
ポーランド侵攻作戦が上手くいかず目星を付けていたポーランド南部地域はクラクフ共和国として独立し、侵攻した南部地域ではコテンパンにやられて一万人以上の正規兵を失い、おまけに露土戦争は決着がつかず引き分けの手打ちとなった。
ロシアとしては面子の問題もあるし、何よりもロシアはクラクフの一件以来、急速な軍備の強化を行って殴る相手を探していたようだ。
さすが戦闘狂とか暴れ熊とか畑から兵士が採れる等、物騒な揶揄をされるお国柄だけに、本気になった時はとことんやる国だ。
おそロシアだぜ……。
ちなみにこの情報は先程届いてきたばかりの新鮮な情報だ……。
新鮮といっても現在の戦況はどうなっているのか分からない。
なにせこれは先月までの報告だからね。
ヴェルサイユからモスクワまでは馬などを使い最短で18日ぐらい掛かるので、現在の情報はかなり変化していることだろう。
さらにそこから清国との国境付近まで行くことになれば一か月ぐらい経過してしまうので、戦況が大きく変わってしまう事もある。
「しかしロシアは勝てるのかこれ……いや、一応人口世界一の清国だぞ?百年前だって国境紛争でロシアは清国に負けたし、今回もいくらロシアでも直ぐに撃退されてしまうんじゃないのか?」
「それがロシアの快進撃が続いているようなのです。ポーランド侵攻作戦で頓挫した軍の立案計画を見直し、戦費の回収も兼ねて清国に進軍しているそうです。現在清国では近隣諸国への外征や自国内で発生した内乱の鎮圧に対応しているらしく、清国としても国内事情が悪化している中でロシアの攻撃は痛烈な一撃になっていると推測されます」
「つまり、国境間でのいざこざよりも清国の情勢悪化を見込んで侵攻に踏み切ったというわけか……」
ロシアは先のクラクフ侵攻作戦で得られた教訓を清国に試そうとしているらしい。
あの国は本気を出せばどんな犠牲も厭わずに目標を達成しようとする心意気があるから尚更怖い。
独ソ戦だと若い世代が大幅に減っても突撃を敢行させていたし、血の気が盛んなのだ。
ロシア皇帝も同じく、権力闘争で貴族と喧嘩したり私生活がド派手だったりする。
現在のロシア皇帝であるエカチェリーナ2世は女性だが、この人は大勢の愛人(公認の愛人だけでも10人以上に及ぶ)を囲んで暮らしていたことでも有名であり、ルイ15世が女性を囲んで鹿の園を作ったのに対して、彼女はその逆で毎晩違う男性と寝て激しく盛っていたという。
……女性向けのイケメン男子とウフフな事をするゲームでも「流石に設定盛り過ぎでは?」と言いたくなるぐらいにはイケメンに囲まれていたみたいだし、ある意味幸せな人だ。
報告書を読みながら、この二つの戦争がフランスにどのような変化をもたらすのかじっくりと検証しなくてはならない。
ここで報告書を読んでいて一つ妙案が思い浮かぶ。
アジア貿易の拠点として清国でも開発が進んでおらず、放置されているある島に注目した。
大陸や沖縄・日本に比較的近く、フィリピンなどの東南アジア方面にも融通が利く最優良で大きな島がある。
そう、台湾だ。