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211:抱擁と食事

よくよく考えたら飲料用としても使える炭酸水だけあって、喉ごしも爽やかな味わいだった。

飲料用じゃなかったら流石にマズイが、これでも炭酸飲料はかなり貴重な代物だ。

シャンパンなんかも代表的な飲み物であり、すでにこの時代にも存在する。俺も飲んでみたら物凄く美味かった。

ただ、シャンパンもそれこそ最低価格が一本百ルーブル(現代の紙幣価値で約五十万円)とかするので、べらぼうに高い!


一番仕上がりの良い高級シャンパンになるとさらに桁が一つ加算されるので、シャンパンも気軽にポンポン開けて飲めるもんじゃない。

なお、史実では湯水の如くルイ16世とアントワネットはシャンパンを開けて飲みまくっていた模様。

流石ワインの本場フランスだけあってワインには凄まじい情熱を注いでいる。

ワインを飲みながら入るもいいけど、こうした炭酸水を飲むのもたまにはいいかな。


「はぁ~っ……まさに天国だな……疲れが癒されるよ」

「そうですねぇ……こうして入るのもいいですねぇ……」

「心地良いハーブに染まったお風呂、美味しい炭酸水、そして何より目の前に美しい妻がいる……これだけでも俺は幸せに溺れてしまいそうだ」

「ふふっ、お風呂に入ってのぼせましたか?」

「いや、のぼせてはいないさ……いつも支えてくれてありがとう、アントワネット……」

「とんでもない!私からも感謝しておりますわ。いつも気を遣って下さっておられるのですもの。オーギュスト様とこうして二人っきりでいるのも……いいかなって……」


顔を赤く染めてアントワネットは呟いた。

感謝の気持ちは本心だ。

転生後はどんなに辛い時や悲しい時があっても、アントワネットが支えてくれていた。

子供みたいに泣いてしまった時も、まるで母親のように頭を撫でてくれた。

抱きしめてくれた。

そして受け入れてくれたのも彼女だ。


歴史の荒波に飲まれてしまうぐらいなら、抗ってやる。

そう決意して国王の座に就いてからも彼女はこれまでに幾度となく俺を精神的に助けてくれた。

アントワネットがいなかったら……もし高圧的な相手だったら俺の心は折れていたかもしれない。

ただ、この気持ちを全て伝えるにはどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

これまでに起こった出来事が急に走馬灯のように頭の中でぐるぐるしている。

言葉に詰まり、考えているうちに言葉に出して言いたいことを言えなくなってしまった。


「ははっ、なんと言えばいいのかな……どうやってこの気持ちを伝えればいいのか……ちょっと分からなくなっちゃった……ごめんね」

「いいえ!いいのですよ!オーギュスト様、無理をなさってはいけませんよ?」

「そうだね、炭酸水を飲んだら色々と昔の事を思い出してしまってね……こう、思い出が噴水のように頭の中に溢れていく感じかな?頭の中で思い出を整理して言おうとしたら、言う機会を逃してしまったよ。ハハハ……」

「それはきっとお疲れなのかもしれませんね……もっと、こう……抱きしめてあげましょうか?」

「あ、ああ……それじゃあお願いするよ」

「それじゃあ、いきますよ?」


ぎゅーっ……。

再びアントワネットに抱きしめて貰った。

間違いなく彼女の感触がある。

そして温かい。

抱擁という言葉通りにアントワネットにハグをされた俺は、どことなく力が抜けていくような感覚に陥る。


目をつぶって、耳をすませば聞こえてくる。

浴槽内の水滴がこぼれる音、外で鳥たちが鳴いている。

転生した直後は夢の中だと思っていたが、それからはずーっと現実の出来事となっている。

こうして直に肌と肌が重なっていることも夢ではなく現実なのだ。

再び目を開けると、アントワネットが抱きしめてくれている。

俺と同じように目をつぶって……。

彼女の背中を両手で抱きしめると、それはとても深い抱擁になる。


「アントワネット、このまま抱きしめていてもいいかい?」

「はい……あの、オーギュスト様……」

「なんだい?」

「私も……その、もっと抱きしめてもらってもいいですか?」

「……勿論だとも」


さらにギューッと抱きしめる。

互いのおでこがくっついてしまう程に身を寄せ合った。

最近はテレーズの面倒を見るようになったので、こうして完全に二人っきりで肌を重ねた日はそう多くはない。

抱擁、甘い吐息……何ともいい雰囲気だ。

ハーブのお風呂に身体が次第に沈んでいきそうになる。


「「……」」


喋らなくても分かる。

優しい気持ち。

相思相愛だとこんなにも素晴らしい気持ちになれるんだ。

誰にも邪魔されない空間。

そんな空間にいつまでもとどまっていたい。

ハーブの香りで満たされた部屋でひと時の抱擁。

だけど、そんな素敵なひと時にも終わりがきてしまう。


抱きしめあってどのぐらい経過しただろうか。

グラスに注いでいた炭酸が抜けているのに気がついた頃には、既に外は暗くなって周囲に灯りが灯され始めた頃だったのだ。

そろそろ夕飯の時間になるので、抱きしめるのを止めないといけない。

続きは寝室でする事にしよう。


お風呂から上がった後に待っていたのは、豪勢な夕食だ。

運動した後のご飯は普段デスクワークした後よりずっと旨い。

空っぽになった胃袋が満たされていく感覚はやはり最高だ。

やはり、国王という地位にいるだけあってこうした食事は毎回絢爛豪華で、毎日食べても飽きないし、普段男メシばかり食べてきた俺にとっては栄養バランスも整えられた最高のご飯だ。


文句はないが、強いて言えば日本食が物凄く恋しくなることだろうか……。

清国経由で入ってきた東洋風の料理も、ほとんどが中華料理一色で日本料理がほとんどない……。

転生して5年経つが、食べたのは長崎のカステラぐらいだろうか……。

そろそろ日本に特使を派遣して料理人をフランスに雇い入れるのはどうだろうか?

職権乱用と言われても構わない、俺は日本食が食べたいのだ(わがまま)。

蕎麦もそば粉はフランスが欧州で生産量がトップなのだが、肝心のそば打ち職人もいないしそばつゆも無いのだ。

転生した際の大きなデメリットといえば日本食があまり食べられない事だろう。


そんな俺を励ますかのように、今日の夕飯はトマトソーススパゲティだ。

麺類なのは凄く嬉しいね。

みじん切りに粉砕されたニンニクやオリーブ、さらにバジルをふんだんに入れてくれたようで、スパゲティの美味しい香りが食べる前なのに漂ってくる。

それと気になったのは今の季節は春先なのでトマトの収穫時期ではない。

どうやら瓶に保存したトマトを使ったようだ。

俺は料理総長にトマトソースの出所を尋ねた。


「おお、今日の夕飯はミートソーススパゲティか……料理総長、このミートソースは保存食用に保管してあったトマトソースを使用したのかな?」

「左様です陛下、去年収穫したトマトを加熱し、瓶で保存処理を施したものでございます。冷所にて保存したものですので、味や鮮度も加熱・保存処理した時と殆ど変わっておりませんでした。料理を作る我々としても、瓶詰めによる保存が如何に凄いのか身をもって実感致しました」

「ああ、工場で生産している保存食品を使ったわけか。料理総長、しっかりと瓶で保存した食品は大半の場合は長期間保存できるようになっているのだ。だから季節外れの料理を出すこともそのうち日常的になるかもしれないぞ?だからこれからも美味しい料理を我々に振る舞って欲しい」

「ははっ!ありがたき幸せ!」


どうやら料理総長などが工場から初出荷された瓶詰めの食品を引き取り、保管庫の中に入れてくれていたようだ。

しっかりと加熱処理・保存処理を行えば半年から数年間保存できる。

缶詰めがない現在ではこの瓶に食料を保存する事が一番手っ取り早く、且つ確立された技術で行える保存技術でもあった。

トマトソースに絡んでいるキノコと上にミントが添えられており、これだけでもかなりの豪勢だ。


まだ瓶詰めで保存された食料は高価だが、いずれ安定的な生産体制が確立されたら価格も庶民の手の届く価格になるだろう。

まだ大きい瓶だと一瓶十リーブル……五万円相当するので、これをせめて三分の一ぐらいの価格設定に抑えることが出来れば有り難いと思った。


さらにアントワネットが大好きだと言っていたクルトンも用意してくれたという。

このクルトンをポタージュスープに乗せて飲みながら噛みながら味わうのがアントワネットの楽しみの一つだという。

温かい食事、新しい製法で保存ができるようになったトマトソース。

テレーズは乳母さんのお乳を飲んでいるが、そろそろ離乳食も食べないといけないだろう。

テレーズへの初めての離乳食はどんな食事になるのだろうか?

そんな事を考えながら美味しい食事をアントワネットと共に楽しむ。


食事を終えたら、読書や雑談、さらにはテレーズとのひと時を過ごした後に、歯磨きを済ませてからベッドの中に潜り込んで、アントワネットに抱かれて眠るんだ。

優しく、包み込んでくれる彼女との親密で誰にも邪魔されないひと時を過ごしながら、俺は深い眠りにつくのであった。

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[一言] リア充爆発しろ!
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