209:あのお方こそがフランスの国王様
作者は一度もテニスをプレイしたことがないので初投稿です。
グイッとラケットを引いて打ち込んでから試合が始まった。
こちらに来て、テニスをプレイしたことは無い。
だけど全力でアントワネットと挑んでみたい気持ちが強すぎてつい言ってしまった。
彼女の本気で挑んでくる姿はさぞかし凄い事だろう。
さらにジュ・ド・ポームはボールを側面の壁(観客席側以外)にバウンドしてもOKというルールだ。
「よいしょっと……壁に当たっても良いルールなのはありがたいね。お陰で色んな方向からボールを打ち込めるよ」
「そうですねぇ、でも壁側も注意していないと直ぐにボールがやってきますわ!」
プレイしてみれば分かるが、コートの内側に狙いを定める現代のテニスとは違って、壁側にも注意を向けなければたちまち失点してしまう。
これがジュ・ド・ポーム……テニスの原形になった球戯だ。
只のテニスではない……球戯場はまさに難攻不落のミッション……。
お気軽にホイホイとアントワネットを誘ったのはいいが、いざ蓋を開ければかなりハードな試合になったのだ。
「おっと、これは危ない……もう少しでミスをするところだったよ……」
「フフフ、私に付いてこれますか?」
「勿論、やってみよう」
最初は打ち込んでみて、現代のテニスとの違いを探るためにボールをラケットで打ち合うラリーを続くようにプレイを始めた。
スコーンという音と共に、ネットの上でボールが陣地を行き交っている。
まるで砲弾を投げ合っているかのようだ。
鈍っていたとはいえ、中学生時代はテニス倶楽部に加入していたので、テニスの基礎部分は身につけているつもりだ。
「オーギュスト様は中々ガードが堅いのですねぇ、打ち込む隙がありませんねぇ……」
「ああ、これならまだボールの位置を予測して打ち返すことが出来るからね。アントワネットもジュ・ド・ポームのプレイが上手いねぇ。練習や試合を沢山したのかな?」
「はい、それとなく球戯場には行っていますから、慣れかもしれません」
「慣れかぁ……ハハハッ、そうかもしれないね」
互いに言葉を交わしながらボールを打ち込んでいる。
ボールをラケットで打ち返しているが、アントワネットはかなり軽い球を打ってきて、コントロールもいい。
中学生時代のテニス倶楽部に必ずこのぐらい上手い子はいたね。
部活動でもレギュラーメンバーに抜擢されるぐらいにはテニスの扱い方が成熟していた。
現代のテニス世界選手権で競い合うような猛烈なサーブや打ち込みを決める選手には遠く及ばないかもしれないが、それでも傍から見ればかなりいい試合をしているように見えたようだ。
かなり歓声の声が上がっている。
「すごいなぁ!陛下と王妃様の一騎打ち……陛下は正確な打ち返しに王妃様も負けないように攻勢をかけていますなぁ」
「御二方も本当にお上手ですねぇ……普通の試合よりも大いに盛り上がりますね」
「ええ、王妃様がこの球戯場にやってくることは稀にありましたが、国王陛下がやってきたのは予想外でした」
「おお!そこに入れば得点が……!あぁ~っ!惜しい!アントワネット様のスマッシュを弾き返しましたわ!」
「接戦になりましたねぇ……ここまで白熱した試合も久しぶりだな」
接戦といえば接戦だろう。
かれこれ3分以上打ち合っているが、互いに得点は入っていない。
ラリーを続けている状態なので、どちらかがミスをするまでは終わりそうにない。
中学生時代以来の長試合になりそうだ。
ラケットもカーボンファイバーではなく木製のラケットだが、このぐらいの重さでちょうどいい感じがするな。
重さを例えるなら野球のバットみたいな感じかな?
上半身も下半身も良く動いているので、いい感じに汗を掻いている。
これからは球戯場に時折赴いてジュ・ド・ポームをプレイするのも悪く無い。
ボールを打ち合いながら、試合時間はドンドンと過ぎていく。
「オーギュスト様、本当にジュ・ド・ポームをするのは初めてなのですか?かなり正確に狙ってくるではありませんか!」
「そうかい?さっき見ていた人達の動きを参考にしているんだが……アントワネットもかなり動きが俊敏になってきているね」
「ええ!全力でお相手します!」
アントワネットは本気モードで挑んできた。
軽くステップを踏みながら、フォームを整えて打ち返しがしにくい場所を集中的に狙ってきている。
おぉ、これは有名なテニス漫画でも見た技だなと思った。
相手側があと少しで届きそうな絶妙な位置を狙って、ボールを打ち込むと足が半歩下がってしまう。
そうするとボールがラケットで打とうとしていた位置よりもほんのわずかだが、ずれてしまって絶好のショットが打てなくなるという技だ。
漫画では「ザ・こけおどし」という技名まであったが、現実でもやろうと思えば実現可能な技法なので、多くのテニスプレイヤーが実践した技だ。
かく言う俺もそれを実践したクチでね。
この技の利点と弱点が分かってしまうんだ。
これは下手に下がってしまうとミスをしてしまう。
……で、あれば対処法は一つしかない。
「いきますよ!」
「来たか……!」
絶好のタイミングでアントワネットがこけおどしを使ってきた。
ボールはギリギリ壁に触れるか否かという所だ。
落ちる場所の付近はラケットを打ち返すのがやっとの場所だ。
良い場所を攻めてきたね、アントワネット。
なので、俺はあえて左足を前にして思いっきりラケットをスイングした。
こうする事によってボールの遠心力が無くなる前に力の反動をそのまま返すことが出来るようになる。
「なっ!」
ボールは空中で左から右側へ曲がっていき、壁に当たる。
バウンドしたボールは回転しており、アントワネットが慌てて対応するも、対応虚しくボールはネットに引っかかってしまった。
一点目が入ると、観客席にいた職員たちが大歓声を上げている。
「きまったぁぁぁぁぁ!!!」
「おおおお!!!」
「まずは国王陛下が一点先制だぁ!」
「すげぇ、5分間も打ち合っていたぞ……」
「これまでの最長記録更新してしまうかもな……」
すごい盛り上がりで、観客席で眺めていたテレーズは何故か満面の笑みでこちらを見て笑っている。
そんなに嬉しいのか……。
アントワネットは必殺技としてためこんでいた技が不発に終わってしまった事にショックを受けていた様子だった。
きっとこれがトドメの一撃になるんだろうと期待していた筈だ。
「うぅ……思っていたよりもオーギュスト様が強すぎましたわ……ここまで強いだなんて……」
「いや、アントワネットもここまで長くラリーを続けられるんだから凄いよ。ほら、まだ試合はまだ始まったばっかりだよ。それにまだ試合で負けたわけじゃないし、ドンドン挑んでみようよ」
「そっ、そうですね!次は負けませんよ!」
「いいよ!その調子だ!」
再び元気になったアントワネットがラケットを握りしめてボールを打ち合う。
こんなに運動したのは久しぶりだったし、確実に明日は筋肉痛になるかもしれない。
それでも、アントワネットと一緒に健康的な汗を流す事は良い事だ。
それからは午後5時までラケットで打ち合いをして試合をしていた。
試合結果は接戦の末、体力を消耗した俺が先にノックアウトしてしまい、アントワネットに軍配が挙がったのであった。
一応付け加えておくと、このジュ・ド・ポームは割と身体全体を動かしてプレイに挑むスポーツなので、普通のテニスよりは難易度が高いです