139:G-tank
「あの……一つ、勉強の対策が思い浮かんだのですが、申し上げてもよろしいでしょうか?」
「おお、いいよいいよ!是非とも言ってくれアントワネット!」
「その、学校で週に1から2回ほどおやつの時間を作るのはいかがでしょうか?」
「おやつの時間?」
「はい、おやつなどの甘いものを取りながら勉強をするとはかどるのです。勿論、価格はそこまで取らずに価格も安価なお菓子でいいので、そうした時間を作って意欲向上に役立てたらいいかなと思っています」
「おやつの時間か……」
アントワネットから提案されたのは、おやつ休憩の時間の提案だった。
確かにお菓子を食べれる時間があるのはいい事だね。
糖分を取る事も重要だって言っていたような気がするな。
……それに、この時代の学校って給食の制度は軍学校以外は無かったような気がするな。
そうだ、給食の時間を作る事も大事だな!
子供のうちから栄養を取らせることも重要だし、何よりもその時にお菓子も付けておけばいいな!
デカしたぞアントワネット!
後で気になったドレスを一緒にパリに買いに行こう!な!
「お菓子の時間か……うん、アントワネット……その案を採用したいと思う。いや、むしろ全国の学校に普及させるのも悪くないね!その案を採用した上で学校に給食を普及させてみようかな」
「給食……ですか?お弁当ではないのですか?」
「お弁当もいいんだけどね……ただ、お弁当制にしてしまうと貧しい子供とかはお弁当を持参できないかもしれないんだ。そうなった時にいじめの原因になるのは忍びない。貴族や平民関係なく同じ釜の飯を食う。軍隊と同じさ、貧しい子供でも給食でお腹いっぱい食べてほしいからね……そうした子供達のセーフティーネットの場にもなるべきなんだ」
「つまり、身分の違いなく同じご飯を食べる事も大事というわけですね」
「その通りだ。栄養が取れるようにしっかりとしたご飯を食べて貰いたい。出される料理もケチらずにしっかりとしたものを出してくれるように盛り込んでおこう」
「では、これらを案として書き込んでおきますね」
「ああ、頼む」
―『学校給食の導入』
この時代、学校というものは存在していた。
あるにはあった。
主に「コレージュ」と呼ばれている大学に通う苦学生の為に建てられた寄宿舎もあるし、私設学校……現代日本でいうところの私立学校に匹敵する教育機関である「ペダゴジー」も栄えていた。
コレージュは現在では大学から教師が派遣されて授業を行っている所が多く、所謂分校に近い形式で運営が任されていた。
しかしながら、こうしたコレージュにしてもペダゴジーにしてもいかせん入学を含めたお金というのは凄い金額を要求される。
生徒一人当たりに請求される寄宿費用はパリ市内では最大で1200リーブルと、庶民の平均年収3年分だったので奨学金を返済するのも一苦労だったという。
苦学生にとっては食費を削って爪に火を点しながら授業を受けなければならない程だ。
中には劣悪な環境に置かれているペダゴジーでは、生徒も教師も質が悪く悪名高い呼び名である「まずい料理を出す食堂主」という名前だったことから、いかにメシマズで環境が最悪だったかを読み取ることができる。
―カキカキカキ……。
『学校給食の普及、及び健康面に配慮した食事の提供』
アントワネットとの連携はピッタリと言ってもいいぐらいだ。
何と言っても彼女は書記をやる事に向いている。
考えた事や、思いついた事などを書き込んでくれるお陰でこちらとしても改善点を発見してくれる点でみれば非常に有り難い。
もし、もしこれが高校生時代の生徒会とかだったら生徒会室で俺たちが学生服を着て作業していた世界もあったかもしれない。
アントワネットが書記役を行い、俺が改善案や現在教育現場で置かれている課題などを挙げている。
最も教育改革をするに当たっては、そうした劣悪な環境をなくさないといけない。
でなければ教育改革をしている意味がないからだ。
どんな人でも教育を受けてしっかりとやれるようにしなければならない。
少なくとも国が設立する、もしくは既存の学校における学食の食材の作り方、保存方法などを統一して美味しい給食を食べる事は小さいようでとても大事だ。
イタリア人じゃないが、ご飯が美味しく食べれる事はモチベーションを上げる事にも繋がるからね。
美味しいご飯を食べれて教職員の教育が行き届き、生徒たちの勉強ができる環境作り。
うーん、必要な事を全てぶちまけているような気がするね。
「すでに授業が始まっている学校に対しては要請という形でお願いしようかな。いきなり今学期中に行えと言われても困るだろうし、給食のシステムも作らなければならないからね」
「そうですね、案をしっかりと纏めて国土管理局に提出したほうがいいかもしれませんね。私たちの案でも不備があるかもしれませんから」
「そうだね、こうした事を決めるにも評価や改善点を見出してくれる人が必要だからね。アントワネット、頼りにしているよ」
「いえ、そこまででもないですわ。それと……もっと、子供達にも勉強以外にもスポーツなどで遊ぶ場などを設けるのはいかがでしょうか?」
「運動場の設立かね?確かに運動をする場所があれば子供達も休み時間に遊ぶ場を作って走り回るのもいいかもしれないね。基礎体力を付けておくのも重要だ。それも記載しておいてくれ」
―『運動場の設立』
アントワネットはかなり今回センスが光っている。
運動場……グラウンドの設立は確かに大事だ。
お昼休みや放課後の時間でどんな遊びをしていたか。
俺の場合はドッチボールやジャングルジムなどで遊んでいたな。
最近……いや、転生前ではジャングルジムや滑り台は子供が怪我をするという理不尽な理由で撤去されてしまった学校が多いとニュースキャスターが言っていたな。
子供というのは走り回って沢山身体を鍛える事が重要だというのに、そうした場所を奪うのもどうかと思ったよ。
確かに怪我をしてしまうと担任の先生や保健室の先生がすっ飛んできて消毒液を持ってきて掛けてくれたなぁ。特に小学校3年生の滑り台事件の時を思い出す。
あの時、滑り台に上級生がいたずら目的で仕込んでくれたカッターナイフの刃が足に刺さって皮がベロリと剥けたときはマジで痛みのあまり大泣きしたわ。
いやいや、あれは流石にアウトだ。そういった事はしちゃいけないから普段は温厚な先生が阿修羅像のように上級生に拳骨とガチギレしていたのは鮮明に覚えている。
その日の夕方に上級生の両親が百貨店にしかないような高級お菓子を持ってきて必死に頭下げていたなぁ……まぁ、子供がやった事とはいえ、下手をすれば頸動脈なんか切ってしまったら一大事だし、割と修羅場だった出来事だ。
上記のような悪質極まりないいたずらはともかくとして、子供のストレス発散方法として一番効果的なのは運動をさせる事だ。
男の子も女の子も体育の授業でかけっこや鬼ごっこが好きだったはずだ。
そういえばアントワネットも遊ぶのが凄く大好きだと言っていたな。
家庭教師がやって来ても集中力が5分ぐらいしか継続できず、かなり苦労したとか……いや、今目の前にいる彼女は凄く真面目に書記をやっているからその事には触れずに遊ぶことのメリットについて話すべきだな。
「勉強も大事だけど遊ぶことも大切だよね。俺も英才教育とやらで小さい頃は教育ばかりで頭が沸騰しそうになったことがあるよ。あの時ほど外で遊びたいと思っていたからね。今となっては外で思いっきりはしゃいで庭を駆けまわるなんてことは難しいからね。子供のうちからそうした経験を積ませておくのも大切な事だとおもうよ」
「私は……そうですね、実の事を申しますと子供の頃はとてもお転婆で……よく家庭教師の目を盗んでは授業を抜け出して遊んでいたりもしていましたわ……」
「おや、そうだったのか?」
「はい……その、結構やんちゃな事も致しましたわ。母上から雷が落ちたこともしょっちゅうでした。今思えば、かなり手を焼かさせてしまっていたと感じています」
あ……。
やべぇ、地雷を踏んではいないがワードを飛び出してしまった!
かなり内心ヒヤッとしたが、なんとここでアントワネットがかなり精神的にパワーアップしている事が判明した。
いや、パワーアップという表現は些か不適切だったか?
では表現を変えて、大人になったようで自分を見つめ直すことが出来るようになったんだ。
俺もアントワネットの事については転生前によくプレイしていた全世界で著名な歴史上の人物を戦わせるゲームで登場して興味を持ったから調べただけの浅知恵だ。
そこら辺のネットの百科事典に載っているコピー&ペーストした情報を仕入れて、居酒屋の飲み会とかで会話の繋ぎとして披露する程度だった。
しかし今はどうだ?
目の前にいるアントワネットは過去の事を思い出して少し笑いながら、そんな事もあったよねぇ~という感じで振り返っているんだ。
黄昏ているわけじゃない。
自身の過去を見つめて客観的視点で思い出しているんだ。
アントワネットは微笑みながら言葉を交わす。
「ふふふっ、ごめんなさい。でも、時折オーストリアで暮らしていた時の事を思い出しますのよ。あの時を過ごした日々の事は今でも覚えています。かけがえのない思い出として残っていますわ」
「そうだねぇ……子供の頃の思い出を含めて色んなことがあって……そんな思い出をいつの日か語れるようになれるといいねぇ。こうして俺たちが語りあっている事も、いずれ後世の歴史家が書き込んでいるかもね。大方歴史小説家あたりが書いていそうだが……」
「まぁ、吟遊詩人による歌として残るかもしれませんね!吟遊詩人たちが面白おかしく脚色を加えた内容になっている……ふふ、それでもなんだかこうしていると思い出も増えていくような気がしてきますわ」
アントワネットと俺は気がつけば筆を止めて笑っていた。
ああ、このようなささやかな日々がいつの日か思い出として語られる日がくるかもしれない。
もし、その日がやってきたら俺はアントワネットに告白するべきなのだろうか。
実は俺は本物のルイ16世ではなく、21世紀の日本からやってきた転生者なのだと。
それともその秘密を一生抱えてルイ16世として過ごすのか……。
俺の心の中で、ほんの一瞬だが悩みが生まれた瞬間であった。