140:ミルクティー
教育に関する改革の整備を進めているうちにお腹が空いてくる。
糖分が欲しくなる時間帯か。
フランス科学アカデミーの人達が作ってくれた精密時計を見てみると時刻は午後2時58分、もう2分後には3時になる。
そう、もうじき午後のティータイムの時間だ!
午後3時になった途端にドアのノックが響き渡り、部屋に入ってくるのは料理総長だ。
「陛下、王妃様、失礼いたします。午後のおやつを持って参りました」
彼は部下を2名連れてきて午後のおやつを持ってきてくれたんだ。
頭を使っていると甘いものを取りたい衝動が来ることがあるわけだが、やはりアントワネットと一緒におやつを食べる時間は至高のひと時だな。
部屋に漂うまろやかな香り、いつも飲んでいる紅茶とは違うようだ。
よく見てみると、ミルクティーが入っているじゃないか!
どうやらアントワネットがミルクティーを要望したようで、彼女のほうからミルクティーを頼んだのは自分ですと申し出た。
「今日は私の要望でミルクティーにしました……ミルクが身体に良いとの事ですので、是非ともオーギュスト様にも飲んでもらいたいのです」
「ほう、今日はミルクティーときたか……うんうん、確かにミルクは栄養があるからね。ミルクも飲もうと考えていた所なんだ。ありがとうアントワネット」
「いえ、こちらこそ!紅茶と牛乳を混ぜて飲むとまろやかな風味で美味しいですよ。オーギュスト様も一杯どうですか?」
「そうだね、一杯頂こうかな。料理総長、このミルクティーの紅茶とミルクの配分比率はどのくらいだい?」
「はい、こちらのミルクティーの配分比率は紅茶が2に対してミルクが1でございます」
ミルクティーにおける理想的な配分比率は紅茶:牛乳で2対1とされているらしい。
コーヒーショップや大手ファミリーレストランで掛け持ちバイトをしていた大学生時代の同級生が合コンの時にその事を自慢していたな。
なんでも紅茶と牛乳の甘味成分がマッチングしてよりまろやかな味わいになるから心地よいのだとか。
言われてみれば、たしかにそんな感じがする。
ほんのりとミルクの甘味が口の中に広がっていくのに続いて、紅茶の風味がリミックス状態で押し寄せていく。
これは美味いな。
これだけでもおやつとして扱いたいぐらいだ。
ナンシー地方で有名な焼き菓子であるスール・マカロンが添えられている。
既に18世紀には現代に通じているマカロンの形に発展したそうだが、実はメレンゲがこれ入っていないみたいなんだよね。
あまりふっくらしていないので、どちらかといえば食感は柔らかい醤油煎餅のようなフニャフニャとした弾力だ。
クッキーに近い形だと思っていただけると分かりやすいかもしれない。
でも美味しいからこれでもいいかなと思っている。
アントワネットを見てみなさい。
すっごいほっぺたが落ちそうなぐらいに堪能しているじゃないか。
よくアニメキャラクターが美味しい食べ物を食べた時に、目が輝いて感動している場面を主人公が目撃しているシーンが映されることがあるが、今まさにその光景が目の前で起こっているんだ!
インスタがあれば絶対にアントワネットの事だからスマホに写真とセットで載せそう。
スイーツ系女子の注目の的として、今週のアントワネットのお菓子コーナーみたいな感じで企業案件が入ってきて、ちょっとした収入にもなりそうだ。
あ……閃いてしまったかもしれない。
俺はマカロンを食べるのを止めて、マカロンを食べ終えたアントワネットに尋ねた。
「アントワネット、今話しかけても大丈夫かい?」
「はい!何かありましたか?」
「ああ、思ったんだが……アントワネットは食べる事(主にフルーツやお菓子)が大好きだよね?」
「ええ、勿論ですわ!こういったお菓子とかは目がないほどに手を付けてしまうとやめられないですわ!」
「思ったんだが……もし良かったら週に1回ほどお菓子の食べた感想を新聞に寄稿してみないかい?」
「お菓子の感想ですか?」
おう、王妃様直々のレビューで宣伝活動をする事だ。
あくまでも新聞に善意で寄稿するという形にすることで、大々的にステマをするわけじゃない。
しかしお菓子というものに女性陣は特に弱い。
庶民の間で食べられているお菓子を評価するというのも、新しい試みとしては十分に面白い。
「例えば街で流行しているお菓子を食べてみて、どんな味わいだったとかを書いてみるだけでも王族は国民に関心を寄せていると好感が持てる筈なんだ。お菓子が嫌いな女性はいないのと同じようにね。多分そうしたお菓子から市民側も好印象で反応してくれると思うよ」
「なるほど……一般の人達と同じ目線で食を語るのですね……それは面白そうな試みですね!是非ともやってみましょう!」
アントワネットは俺の提案に乗り気のようで、ウキウキとしながらマカロンをあっという間に平らげてしまう。
やはり甘いものは別腹のようだ。
このマカロンも美味しいのだが、このアントワネットの幸せそうな顔には勝てないな。
教育改革に関する資料を纏めて国土管理局に書類を保管した日の夜。
お風呂と夕食を済ませた俺とアントワネットは暖炉の近くに置かれているソファーで一緒に座りながら、これから先のフランスがどうなるかについて語りあった。
暖炉から照らされているオレンジ色の炎が妙に眩しかった。
「オーギュスト様……これから先、フランスはどうなるのでしょうか?」
「そうだねぇ……オーストリアとの関係が良好な状態を維持し続けることが出来れば、プロイセン王国やイギリスに勝るほどの強国になれるポテンシャルを秘めた国になりつつあるね。産業基盤の着工が始まっているから、来年の6月ぐらいには本格的に鉱山で蒸気機関を使った採掘作業も稼働できそうだよ」
「本当にあっという間に変わってしまうものなのですね……私がお嫁に来たときにオーギュスト様は語っておりましたよね。これからの時代は蒸気機関が重要な役割を果たすと……」
「ああ、実際にあのワット氏の発明した蒸気機関はイギリスで本格的に研究が進んでいるし、我が国も負けじと追加予算を投入してイギリスに追いつこうとしているよ。オーストリアとの技術協定を結べば、さらに発展が加速するだろうね」
産業革命に乗り遅れるな。
その為には同盟国の力をふんだんに利用しよう。
これはルイ16世に転生した俺がアントワネットと幸せに暮らす為に必須ともいえる第二目標でもある。
というか、この第二目標を疎かにしたら多分史実ルートに抗えずに革命発生しますねぇ!
そんな史実からの脱却……もとい、改変を現在進行形で移行している。
史実フランスでは革命によって産業革命というビックウェーブに乗り遅れてしまい、プロイセン王国やイギリスに技術的・科学的なリードを奪われてしまった。
そればかりか、革命政府が傀儡ではなく国王を処刑するというとんでもない事をしでかしてくれたお陰で、革命脅威論によって欧州各国は対仏大同盟を結成してフランスと交戦、以後数十年に渡って戦争が繰り広げられた結果、フランスだけでなくフランスの影響下に置かれた欧州各国が疲弊し、直接的な被害が少なかったイギリスとアメリカが漁夫の利を得る形となった。
国内の政情不安によってクーデターを起こしてフランスの皇帝となったナポレオンによって、対仏大同盟に参加していた欧州各国の殆どがフランスに敗北し、傀儡政権が樹立した……が、その目的の一つに遅れていた工業技術の収集があったと言われている。
なにせ国内は革命の嵐に見舞われており、おびただしい数の優秀な自国民が死んだ。
そんな状況で産業よりも軍事面……とりわけフランスは農業立国でもあったので既存の農業や治安維持や諸外国への侵攻用として兵力の開発・集中にリソースを割っていた。
蒸気機関などの産業に割り振るリソースは微々たるものだった。
「軍事面での強化も必要だけど、まずはオーストリアとの関係強化だね。地理的にも重要だし、何よりも産業面で協力し合っていくように調整を行う予定だよ」
「では、あの蒸気機関もオーストリアに導入されることになるのですね!」
「うん、オーストリアは山岳地帯だから鉱石が入手しやすいんだ。炭鉱や鉄などの産出する場所に導入して採掘がはかどれば、国の利益も出るしそうした鉱石を使って機械などに加工すればもっと貿易が盛んになるよ。そうすれば仏墺同盟もより強固なものになるからね。女大公陛下にもその事をお伝えするつもりさ」
王政を廃した革命政府だったがいざ政権を獲得すると相次いで粛清の嵐が吹き荒れて政治機能が疲弊、国民は武力行使によって解決できる単純明快なヒーローの誕生を渇望していた。
その渇望していた時に条件に合致したのがナポレオンなんだ。
皮肉なことだが、ナポレオンは国民の心を掌握するだけの権力とカリスマ性があった。
故に、これらの条件が化学反応を起こしてナポレオンはフランスの代表者ともいえる顔になったんだ。
軍事面で優れていたナポレオンは戦闘の大部分で勝利を治めており、兵士達からの信頼も厚かった。
……が、結果的にそのナポレオンも戦争の道を選び、一度追放された際にどさくさに紛れて再び王座にカムバックしたものの、戦争に敗れてパリ条約が結ばれる1815年までに約20年以上もフランスは戦争に明け暮れていたんだ。
皮肉な事だが一旦廃した王政を復興させたルイ18世の反動的な貴族・聖職者優遇の前時代的な政治思想に嫌気が差して起こった7月革命後に政権を樹立させたオルレアン王朝によってフランスでようやく産業の基盤が芽生えた。
この基盤が芽生えて成果が見え始めたのが1832年頃……産業革命が始まってから実に半世紀が経過してからやっと欧州各国の水準に追いついたんだ。
……ね?フランスの産業革命が遅れた原因というのが不安定な政治と国内の不満解消のための戦争によってもたらされたものなんだ。
なので、俺はテレジア女大公陛下とヨーゼフ2世陛下と今後を模索しながら両国間の発展と友好に、力を入れる。
女大公陛下は俺からしてみれば、義母にあたる人だからね。
もう去年みたいに倒れたりして心配させたらいけない。
「これからもっと忙しくなるよ。でも、ちゃんと睡眠を取って休んでおかないとね……」
「ええ、夜更かしはお体によろしくありませんわ。そろそろベッドに戻って寝ましょう」
「そうだね、またこの話の続きは今度にしようか」
暖炉の火が小さくなって揺らめく中、俺とアントワネットはベッドに戻って眠りにつく。
このフランスが発展を遂げている。
自分の手で行っている実感を噛みしめつつも、アントワネットとのより一層親密な愛に育む準備を着実に進めていくのであった。




