121:渾身のトマト料理
一旦、書類と休戦協定を結ぶことにしよう。
どんなに忙しい時でも料理を取る時間だけは短縮しない。
社畜時代でも毎日の楽しみであった昼飯の時間だけは堪能していた。
それぐらいしか楽しみがなかったからね。
しょうがないね。
「お待たせいたしました……陛下、お身体の具合は如何ですか?」
「ぼちぼちかな……こうしてサインで決裁ができるまでは回復したよ」
「それは何よりでございます、しばらくの間は野菜を中心にしたメニューになりますがよろしいでしょうか?」
「うん、ちょっと肉はしばらくは控えておくよ。昨日は随分と悲惨な目に遭ったからね、ハハハ!」
料理総長が心配そうな顔で俺を見ている。
そこまで俺はやつれていねーぞ。
ちょっとだけストレスで腹をやられただけだ。
精力を沸き起こすためにと、しっかりと赤ワインで煮込んだ子羊のソテーを昨日の夜食べたんだ。
そしたら俺の腹部戦線に異常が起こり、お手洗い戦域で凄まじい激戦となったのだ。
あそこまで酷い痛みが起きたのは、完徹を4連続勤務した後に胃潰瘍で入院した時以来だ。
マジでこの時代に現代のモノを一つだけ持ちこめる事ができると言われたら、胃腸薬かウォシュレットの二択を迫られる程に切迫したものであった。
幸い、一時間ほどで戦線で勝利し解決したのだが、事が事だけに当面の間は肉料理を控えることになったというわけだ。
俺は気にするな!と笑顔を振りまくも、料理総長は淡々と料理を取り出していく。
さすが堅物として有名な料理総長だけに、俺の顔芸は通用しないようだ。
「こちら、トマトのファルスとなります。トマトをくり貫いて野菜などを詰め込んだものになります。ヴィネグレットソースをおかけしますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、頼むよ」
酢を混ぜた酸味の強いヴィネグレットソースをファルスと呼ばれている料理にサーッと掛ける。
よくピーマンの肉詰めとか言われているように、野菜や肉に他の具材などをぶち込む料理の総称をファルスと呼んでいるんだ。
日本語だとファルシとか呼ばれているけどね。
で、見た感じトマトの種などが入っている中央部分をくり貫いて、別の野菜を詰め込んだようだ。
見た感じだと……刻んだ玉ねぎやローズマリーを詰め込んでくれたみたいだ。
おお、確かにこれだと栄養もあるだろうし肉料理を単品で出されるよりはおいしそう。
病み上がりの俺にとって、この食事が一番今はいいかもしれない。
特に胃がむかむかしやすくなっているので、最近では肉料理を食べるのがきつくなってきた。
これもストレスが悪いんや……。
「それじゃあ……いただくよ」
「どうぞ、ごゆるりとなさってください」
料理総長は頭を下げて、俺が食べ終わるまで待っているようだ。
大抵こういう場合は、料理総長が自信をもって料理したものを持ちこんでいるケースが多い。
フフフ、ということはこのファルスには自信たっぷりあるんやろうなぁと思いながら食べようとした時だった。
(あれ?このファルスの中に入っている玉ねぎ……いつもよりも大きめに刻んでいるなぁ……というか、随分とサイズがバラバラだな)
トマトの中に入っていた刻み玉ねぎ。
これがいつも料理総長などが作るよりも大きさがバラバラに刻んでいる事に気が付いたんだ。
この料理総長が作る料理というのは均一性というか、統一性に拘る人なので、こんなにバラバラに大きく刻むことはしないはずなんだけどねぇ。
見つかったらダメ出しするみたいだし、今日は料理総長自ら作っていないのかもしれない。
玉ねぎよりもローズマリーのほうが均一に切り込みがされているようにも見えるな。
だとすれば少し変だな……。
具材の一つに至るまで、徹底的に管理する彼が玉ねぎだけ切り込みを甘くするとは思えない。
ひょっとして……このファルスはアントワネットが作ったのかもしれない。
「今日は王立農園試験場に行って参りますの、そろそろ収穫時期が迫っている野菜を見に行ったりしますので午後2時頃までには戻って参ります」
……確かそう言って部屋を出ていったよね。
収穫時期が旬な食べ物……今の初秋ぐらいだとトマトあたりが完熟している頃合いだから一番美味しい時期だ。で、玉ねぎは高地で採れたものを使用しているらしいから、おそらくこれは試験農園ではまだ収穫時期を迎えていないモノだ。
だとすると……このメニューを考案したのがアントワネットで、俺の為にもしかしたら厨房で作っていたのかもしれない。
何と言ってもアントワネットとお菓子作りをして分かったことなんだが、彼女……割と刃物を扱う事が苦手なんだよね。
スイカを切るときも、某アニメのキャベツを切り刻むシーンみたいな感じになっていたから俺はこの時分かったんだよね。
みずみずしくて、美味しいトマトのファルスを食べ終わってから料理総長を呼び止めた。
「料理総長、このファルスなんだが……食べた感想を言ってもいいかい?」
「はい、何なりとお申し付けください」
「かなり美味しいよ、身体だけじゃなくて心に沁みる美味しさだ……作ってくれた料理人に謝意を伝えてくれ」
「……はい!必ずやお伝えいたします」
俺の意図を読み取ってくれたのだろう。
料理総長はすこし緊張を緩めた顔になり、どうやら答えが正解だったようだ。
アントワネット、それに料理総長……ありがとう。
ここで立ち止まっていたらいけないよね。
前に進もう。
少し食休みをしてから再び書類との戦争に明け暮れるのであった。




