119:国王としての責務
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(責務から逃げたらアカン、逃げたらアカン……)
というよりも、逃げられないです。
プレッシャーによって押しつぶされそうになっているルイ16世ことオーギュストだ。
というか考えすぎて一日だけ知恵熱を出して寝込んでしまった。
ベッドで休んでいるとはいえ、重要な決裁が必要な書類などは俺がサインしている。
対英担当官であるカロン・ド・ボーマルシェ氏が持ってきたのはサン=ドマングやイギリスの動向に関する情報だ。
「ここ一か月の間に関するサン=ドマング、ロンドンの情報料、及び商人たちへの聞き取り調査に掛かった経費……これだけで1万リーブルも掛かるのか……まぁ、商売の話とかも含まれているが、今は緊急時だ。精確な情報なら金を惜しまない、ここにサインしておくぞ」
「陛下、決して無理をなさってはいけません。我々でも対応できる事は自分達でやります故、どうかお身体をご自愛なさってください」
「気遣いありがとうボーマルシェ氏、だけど私はもう一国の国王だ。いくら若いとはいえ皆が懸命に頑張っている中でのうのうと休んではいられないよ。やれる仕事はしっかりやる。だから国王である私の承認が必要な書類は持ってきてくれ」
「畏まりました」
ボーマルシェ氏が頭を下げてサインを入れた
国土管理局が総出で作業している。
まさに戦争でもないのに、職場が戦場のような慌ただしさとなっている。
某ロボットアニメ映画の続編に登場した幻の首都圏爆撃シーンで流れるBGMが脳内で常にアラートみたいな感じで鳴り出しているような状態だ。
あれからフランスの港に到着しているサン=ドマング帰りの船の船員などから情勢を聞いて回り、統合的にみて信憑性の高い情報を精査している真っ最中だ。
情報の精査は楽ではない。
何しろ現代のようにSNSが普及しているわけじゃない。
瞬時に他国の情報を知る事はできないし、随時情報を知るには関係者から話を聞いていくしかないからだ。
「どこまでが本当で、どこまでがそうでないか……確かめるのはかなり苦労するな……」
サン=ドマングの情勢はこの時代におけるヨーロッパの縮図が詰まっている。
いわば植民地の火薬庫のような場所だ。
戦略的な意味でも非常に重要だ。
ここを失うことは、フランスにとって致命的な損失となるし、経済だけでなく最悪国家の存亡に関わるレベルの話になる。
故に、情報の精査は急務だし常に新しい情報が必要となってくるわけだ。
「アンソニーとジャンヌは大丈夫なんだろうか……」
ルイ15世が私設した【王の秘密機関】でも裏方仕事として活躍していたアンソニーとジャンヌは既に現地の国土管理局のアジトに潜入している筈だ。
もし、海軍の到着を待たずにサン=ドマングの情勢が今よりも危機的状況下に陥った際には、少々強引な方法で事態解決に乗り出す事を許可している。
出来れば使いたくないものだ。
ただ、奴隷解放に反対する者達によってノボリス総督やジェレミー氏の家族が実質的な人質になっている以上、事を大きくすると厄介なことになる。
だからと言ってこのまま元奴隷達による反乱軍と奴隷解放を拒否する農園との戦闘が拡大すれば、間違いなくサン=ドマング全土に混乱が広がるだろう。
そうなったら元奴隷達による大規模な反乱が発生して白人5万人の安全は危機的な状況になるのは間違いない。
下手をすれば白人種そのものが粛清の対象となる事だって考えられる。
史実を見ればそれは証明済みだ。
「彼らを苦しめることだけは絶対にあってはならないんだ……」
サン=ドマングことハイチで革命が起こった際には島の総人口の3分の1が革命による混乱と戦争によって死亡したと言われている。
その数は15万人から20万人とも言われている。
当然ハイチ共和国は世界初の黒人による共和国であり、当時のヨーロッパ各国の植民地で起こった反乱の中で唯一、独立を勝ち取ったのだ。
ただ、悲しいかな。
その後でハイチ国内では最も裕福であった植民地を巡ってスペインやフランスなどの介入によって経済は疲弊し、イスパニョーラ島を統一したこの国家は内戦や再併合されたドミニカが独立戦争を起こすなどして再び混乱状態となる。
それから数百年もの間、ハイチ共和国は列強諸国の外圧や政権内部の汚職、主要産業であるコーヒー栽培が不況や環境の変化によって土壌が育たなくなり、壊滅的打撃を被ったことで経済的に周辺国でも最も貧しい国家となってしまったのだ。
黒人として生まれただけで白人から差別され、その逆境を跳ね返して独立という偉業を19世紀に成し遂げた国家にして余りにもひどすぎる仕打ちだ。
現代の歴史という観点から見てきた俺は、サン=ドマングをカリブ海で一番の場所にしたいと考えている。
人種などの壁を乗り越えて、互いに共存共栄し合える地域として発展をしていけばモデルケースとしては参考になるだろうし、成功すれば諸外国も随行して奴隷解放ないし奴隷制を廃止する動きに繋がっていくだろう。
ただ、これはあくまでも俺の理想論であり、現実では既に第一段階から綻びが見え始めているんだ。
この綻びをいかに修正するかにサン=ドマングの未来が掛かっている。
今この場でベッドで寝ているのが惜しいぐらいだ。
「史実通りにはいかせないよ。絶対に……」
そうだ、史実みたいに革命騒ぎが起きたらその時点で元奴隷達に対する処分は叛逆罪によって処刑しなければならない。
そうなれば解放された元奴隷達の大部分は怒るだろうし、サン=ドマングを手放す羽目になる。
今ならまだ間に合うかもしれない。
遅くてもあと一か月の間に状況を見極めなければならない。
俺は国王としての自覚を持ちつつ書類に目を通す仕事に戻るのであった。




