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1084:デイトナ

感染症対策を講じるように命じた後、俺は久しぶりにヴェルサイユ宮殿の中庭を訪れて一人静かに空を眺めていた。

こうして中庭を訪れてじっくりと観光客みたいに鑑賞するのもやぶさかではない。

アントワネットも俺の事を察してか、中庭で一人でベンチに座りながら瞑想……もとい、頭の中のことを考えながら意識を空中に浮かせるように気の向くままにボーっとし始めた。


休息であり、同時に自分自身を見つめ直す機会でもある。

こういった事を定期的にすることが大事なのだ。

紅茶を一杯飲みながら考え事に耽る時は自室や執務室での活動が多いが、こうして中庭で考えるのも悪くはないものだ。


(あんまり一人で熟考をする機会というのは中々ないからなぁ……大方事務みたいな仕事をして、承認や決裁をして……うーむ、サラリーマン時代とあまり変わっていないような気がするが、それでもこの世界では大いに恵まれた存在なのだろうな……現に、史実ではとうに処刑された身でもあるが、この世界では多くの国民が国王としてルイ16世を慕っている上に、ヨーロッパ諸国を中心に発足した欧州協定機構の陣営盟主としての地位に就くことが出来た。恐らく成功の部類に入るんじゃないだろうか……)


あまり深く考えたことは無かったのだが、既に史実の歴史からは大きく外れたこの世界線でのヨーロッパの変化が最近は著しく変わってきている。

蒸気機関ではジェームズ・ワット氏の発明した改良型の蒸気機関が普及をしており、町工場でも鍛冶職人向けの機械に蒸気機関を使った加工機が搬入されているお陰で、統一された規格の製品が出来上がるようになってきている。


特に、この恩恵を受けているのは製造業が中心ではあるが、既に炭鉱などを中心にジェームズ・ワット氏が再設計した蒸気機関の装置を使って掘削であったり、地下水の排水などが行われており、これまで人力で行われていた作業を、一部機械化によって作業効率がスムーズになってきているそうだ。


鉱石資源もそうだが、これらの資源を輸送する手段として導入が開始された鉄道に関しても、地方都市と地方都市を結ぶ路線なども既に建設が始まってきている。

主に港湾都市が中心ではあるが、輸送手段として鉄道を使うという手法も、多くの人から受け入れられるようになってきており、鉄道に関しても鋼鉄製のレールが発明されるまでは鉄製のレールを使って都市区画などを設定した上で敷設することが決まっているのだ。


予算承認も降りた上に、ユダヤ系資本を中心に鉄道事業への投資が行われており、ハウザーの関係者なども集まって鉄道事業に大きな資本を通じて開発と敷設が進められているのだ。

今のフランス国内では『鉄道融合計画』という名称で進められており、国内の主要都市への輸送手段として進められているだけでなく、貨物運送を担う事業として複線路の敷設なども検討の対象となっている。

当初設置していた線路に加えて、民間からの出資によって新しく線路を隣に作って往復鉄道を可能にするというわけだ。


これにより、鉄道も一日1回だけでなく、往復を含めれば2回通ることができる。

行きと帰り……パリを起点にすれば上りと下り列車の運行が一部で可能になったのである。

時速は安全のために25km程度と制限はされているものの、数トンに及ぶ貨物を輸送する能力を担った貨物列車が走ることが出来るようになったのである。


鉄道輸送に欠かせない石炭の採掘なども進んでおり、19世紀半ばごろの技術が今の段階で歩み始めていることを踏まえても、これは驚異的な速度と言えるだろう。


(そうして考えてみると……こうやって過ごす事が出来るのもこの世界においてイギリス人科学者や技術者を多く受け入れた影響が大きいなぁ……フランスで革命が起きなかった代わりに、イギリスで革命が起こって、結果として革命政府を鎮圧する側に回った者として、今後は王政支配体制の中でも改革的なことが進んでいくようになるのが標準(デフォルト)となっていくだろうな……)


そう、史実と異なる点で一番大きいのはフランスの仮想敵国であり、歴史的にも縁の深いイギリスの存在が『脅威』ではなくなった点である。


イギリスことグレートブリテン王国が、北米大陸での植民地政府の喪失に伴う内部分裂を発端とした内戦によって、グレートブリテン王国は崩壊した。

グレートブリテン島の中部地域以下は産業基盤が壊滅状態となり、革命政府が撤退をした際に塩まで撒かれた地域では土壌汚染なども深刻であり、塩害化した地域ではその土地の土を変えなければならない程であった。


グレートブリテン王国崩壊後に政権が発足したスコットランド政府においても、汚職などが蔓延しており、今では実質的にフランスの傀儡政権となり、政府の支出や財源の配分などもフランス政府から派遣された国家公務員などが執り行っており、残された人々の間ではフランスに下った国家として信頼はあまりされていないようだ。


というのも、百年戦争時代から敵対していただけに、グレートブリテン王国内戦時にはスコットランドのグラスゴーに臨時首都が置かれて、今でもスコットランド政府の首都機能はグラスゴーに置かれている。

ロンドンは内戦時に革命政府軍側と、フランスを主軸とするヨーロッパ諸国の軍隊による攻防戦の末に徹底的に破壊され、バッキンガム宮殿をはじめとした歴史的な建築物も、そのほとんどが瓦礫となってわずかに残っていた建物などを補修した上で、今のロンドンはフランス資本によって再建されている。


グレートブリテン王国が無くなった後に再建されたスコットランド政府に対する不信感も相まって、感情の面ではあまりよろしくないかもしれないが、今現在多くの復興資材などを搬入しており、少しずつではあるが内戦前の水準に近づける程度には回復しているのもまた事実だ。


(グレートブリテン王国の崩壊によって、それまでのパワーバランスなども崩れてしまったからなぁ……内戦によってイギリスが没落し、結果としてプロイセン王国が力を付けてきてネーデルラントと戦争をして……結果としてフランスがヨーロッパの盟主にはなれたけど、戦争や内戦で周辺諸国が自滅しているようにしか見えないんだよなぁ……)


そう、フランスはここ最近の戦争では負けなしである。

グレートブリテン王国内戦ではスコットランド暫定政府を支援して勝利し、北米連合がカリブ海諸島への軍事侵攻をした時にはサン=ドマングの防衛に成功、そしてプロイセン王国との戦争でも勝利することができた。

フランスはここ最近の戦争において勝利し続けている。


これは技術革新を精力的に取り組んでいるという事も含まれているかもしれないが、フランスが史実よりも大幅に強化されているのは言うまでもないだろう。

フランスを主軸にした欧州新秩序体制……。

この世界においては、フランス語が共通言語として広がっていくかもしれないし、場合によっては技術革新によって基礎技術が1世紀以上早まる可能性もある。


そうなれば、きっとこの先の歴史は蒸気機関が発達したスチームパンクの世界に繋がっていくのかもしれない。

そんな考え方を巡らせながら、流れていく空の雲を見つめていたのであった。

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