1083:報連相
対策について、これはフランスだけの力ではどうしようもないと判断し、スペイン軍やポルトガル軍を含めた欧州協定機構加盟国内で協議し、ライデン瓶通信並びに蓄電通信装置を使用した速報電報によって、北米大陸やカリブ海諸島の港に寄港する船の全乗組員に2~3日間の待機命令を出すほかないと判断した。
こうすることで、少なくとも船員の感染が疑わしい場合には、症状が改善されるまで上陸しないことで一定期間の間は感染拡大防止のための行動であり、感染症対策として強制的な停留を認められる法律を策定済みだ。
ベルリンの戦いの後に発生したペストの流行によって、ベルリン市内に展開していた欧州協定機構軍の多くの兵士の間で、防疫意識もさることながら……兵士達がペストを持ち帰らないようにした対策が講じられたこともあり、加盟国の間でも感染症対策マニュアルが策定され、首都圏などを中心に対策が講じられている。
ペストやコレラなどの感染症発生時の際のマニュアルを、今回の「季節外れの流感対策」に取り入れるのも、人と人との交流を限定的にすることで、感染を最小限に抑える目的がある。
「あの……オーギュスト様……少しよろしいでしょうか?」
「ん、アントワネット……どうした?」
「その、流感対策ですが……連絡船以外にも既に港を経っていた場合は……どうするのですか?」
「あー……その場合に関してだけど、今現在欧州協定機構加盟国に参加している国に対して、離島を含めて人と人との交流を制限し、風邪のような症状が出ている人についてはしばらくの間、その場で待機……もしくは港湾施設内にある仮眠室等を使って隔離をする事になるだろうね。ペストの大流行が起こっていた時期は、そういった隔離専用の施設があったわけだけど、今回の場合はペストやコレラのような劇症的な症状が出にくい上に、肺炎の場合は気管支などが弱くなっているから呼吸困難等で分かりやすい症状が出ない限りは、本人の体調不良として扱われるケースが多いからね……サン=ドマングだけじゃなくてスペインやポルトガル、それにグレートブリテン島やアイルランド島、北欧地域にも同様の感染症対策宣言を連絡し、対策を厳とする方針でいくよ」
「そうですね……そうすれば少なくともヨーロッパに持ち込まれる前に封じ込めができますよね……」
「まだ高速で移動できる乗り物がないから大丈夫だからね……もし北米大陸から一晩で移動できる乗り物があったら、すでにこの流感はヨーロッパに持ち込まれていたはずさ……」
アントワネットも他の連絡船以外の貿易船などが出港していた場合などはどうするのかと尋ねてきたが、その場合の手段として、欧州協定機構加盟国に防疫対策の措置を発動し、風邪のような症状を訴えている船員であったり、肺炎症状を訴えている船員がいれば速やかに隔離すると同時に、積卸が出来ない分などの費用的な問題が発生した場合、その分に生じた損害などを国が補填する制度を成立させてあるのだ。
これにより、防疫検査を受けない場合には重たい罰則などを設ける反面、例え積卸や荷卸しの作業が遅延してしまった場合でも、感染症対策に則ってその作業を行った場合には、遅延に伴って発生した分の料金や商品劣化に伴う保障などを国が賄う仕組みにしている。
こうすることで、申告漏れを防ぐことが出来るうえに、マルセイユのペスト大流行時にはペストの症状が出ていた船員を、積卸が遅れたり作業の遅延などに繋がってしまうと考えて上陸させてしまった前例があるため、この対策は必要不可欠でもあるのだ。
「今から70年近く前にマルセイユのペスト大流行の際には、ペストの症状が出ていた船員に対して船に積載されていた物資の荷卸しの作業を優先させるべく港で下船させてしまった結果、ペストがマルセイユ市内に発生して大流行してしまった事例があるんだ。積み荷を降ろさないと損害が出てしまう。だからそういった症例を隠してしまおうと港湾管理者などが行っていた疑いが強いのさ。そういった前例があるからこそ、対策を講じて作業に対しても感染症がいる場合は届け出を行った上で、これ以上の感染被害を水際で食い止める策を行うんだ」
「すごい……ペストの時の対策をここで行うわけですね?」
「ああ、だけどこれはフランス単独ではダメだ。フランスで水際対策が成功してもスペインやポルトガルで発生してしまったら最悪の場合、陸路で感染が広がってしまうからね。だから欧州協定機構加盟国すべてに通達を出して、海岸部に面している都市部や漁村でも対策を打つようにするんだ」
損害を受けたくない、もしくは係留されている間に荷主から損害賠償請求が来たらやっていけないと感じる海運会社も多くいたためか、1792年に【感染症対策の係留事案が発生した際の対策法】という法律を作り、ペストやコレラを含めた感染症が船内で発生していたにも関わらず、その報告を怠った場合の罰則規定などを強化する代わりに、きちんと報告した上で船を係留した場合には、法律を遵守したことを讃えて、乗組員や船長の身柄の安全を保障した上で、感染症に罹患している場合にはしっかりと治療が受けられるようにする仕組みも作った。
少しばかり先進的な法律かもしれないが、実際にこれは現代でも2020年の新型コロナウイルスのパンデミックで経験した事でもある。
あの時はまだそこまで感染症に関するデータが無かったこと、それに加えて当初は重たい風邪という認識であったことも踏まえてメディアを中心にそこまで「大したことは無い」と高を括っているような状態であった。
だが、豪華客船での集団感染や長年お茶の間を沸かせていたベテランのお笑い芸人がコロナに罹患して死亡してからは、そんな甘い認識は吹っ飛び、欧州やアメリカで感染拡大が広がった際に、都市封鎖という措置が取られると、感染症を甘くいていたメディアや言論人とやらは手のひら返しに外出自粛を訴えるようになったのは記憶に残っている。
それに感染が拡大してくると帰国チャーター便に乗って帰ってきた人の中に感染者がいた際に、インターネットを中心に「何故感染しているのに検査を無視しているとはどういう事だ!」と犯人捜しにも繋がったし、親戚の地元では最初に偶患してしまった人が、周囲から村八分にされた上に職場を離職して家の引っ越しを余儀なくされたケースもある。
前者の場合は空港での健康チェックで検査拒否などをした上で家に帰宅してから発熱を起こしたこともあって、半ば炎上してしまったのはやむを得ないのだが、後者の場合は完全に罹患者への差別なども相まって相当なものであったと語っていた。
感染症対策を怠り、報連相などをせずに現場での感染拡大を広げるなどの責任がある場合を除けば、基本的には気が付いた時には既に感染していたケースが多い為、これらの状況を踏まえた上で感染者への差別などが起きないようにもしなければならない。
新型コロナウイルスで学んだのは、疑心暗鬼に駆られた人の心理が一番恐ろしいものであるということだ。




