1082:安眠
「陛下、こちらが先ほど送られた感染者に関する情報です。我が軍の情報でもありますが、スペイン軍やポルトガル軍の感染者の情報も載せております」
「ありがとう」
流感の感染情報に関する速報値……。
通信手段のラグがあるため、どうしても最新情報というものは遅れてしまうものだが、今デオンが資料を持ってきてくれて数日前になるが報告を持ってきてくれた。
サン=ドマング経由で流感に感染した兵士の情報が流れてきたが、速報値ではフランス軍においてニューオリンズを守備していた部隊に感染が拡大しており、スペイン軍やポルトガル軍では感染者の数がうなぎ登りに上がってしまっているそうだ。
主要感染者の内訳として、フランス軍では後方支援要員であるフランス陸軍第7師団、第11師団で感染者が確認されており、これらの感染者は2~3日前から倦怠感や寒気、のどの痛みが起こり、発症時には咳きや鼻水が出て筋肉痛などの症状を訴えている。
ここまでであれば通常のインフルエンザの症例とそう変わりないのだが、一部酷い喘息を引き起こしている人がいるらしい。
喘息のような気管が弱くなってビュービューと風が吹いているような症状になることは稀にあるが、どうも肺炎に似た症状を起こしているそうだ。
それも一人や二人ではないという。
これまでにフランス軍で確認された罹患者のうち、通常の風邪やインフルエンザのような症例を出している者が80名程度ではあるが、うち5名が肺炎のような症状を起こしており、街中でも病院に症状を訴えている人達の列が出来ているそうだ……。
(待てよ……これ軍内部だけじゃなくて、市内で感染が流行している状況なのか?医薬品としてハーブや漢方薬を持って行く話だったけど、これだと足りないのではないだろうか……)
そう、持ってきた資料に書かれていたのは、市内では夏場なのに流感が広がっており、その流感によって少なくない市民が発熱や咳、倦怠感などの症状を訴えているというものであった。
インフルエンザの可能性が大ではあるが、今の時期に流行するというのはあまり聞かない。
新型コロナウイルス流行後は、免疫機能の低下などによってインフルエンザの流行が早まって8月頃に感染者が増えるという記事は読んだことはあるが、この時期にインフルエンザが流行しているとすれば、今まで流行していたインフルエンザの亜種や変異したものが流行している可能性があるんじゃないだろうか?
インフルエンザは流行するたびに少しずつ変異しており、数十年単位で大きな変異が起きるたびに、そのインフルエンザ株が大流行……すなわちパンデミックを起こすと言われている。
これはコロナウイルスの際にも言われていたことではあるが、インフルエンザもコロナウイルスも元々何かしらの風邪などによって人から人に移っていく際に、そのウイルスが人間の体内の免疫機能によって倒されることを学習し、その免疫機能を解除するように少しずつ変異を続けている。
その変異が大きくなってしまうと、少しの変異であれば免疫機能が働いてくれるが、全くの別物の変異になってしまうと、その免疫機能が効力を失ってウイルスが免疫機能をすり抜けて繁殖してしまう……というわけだ。
……つまり、今フロリダ州を中心に流行しているインフルエンザは、免疫機能をすり抜けている可能性が高いため、通常のインフルエンザウイルスが変異した可能性が高い。
うん、これ下手したらパンデミックではないだろうか?
この時代はその地域の名前などに付けて「○○風邪」といった具合に名を付けることが多い為、恐らくフロリダ州からなぞらえてフロリダ風邪なんて呼び方をされるかもしれないが、状況によっては最悪な事になり得るだろう。
「市内での感染が広がっているのであれば……これは水面下で既に広がっているとみた方がいいだろう……スペイン軍やポルトガル軍の情報は入ってきているのか?」
「はい、スペイン軍はこちらを……ポルトガル軍に関してはこちらになります」
「うむ……こ、これはあまりよろしくない情報だな……」
「オーギュスト様……どんな状況なのでしょうか?」
「アントワネットも見てみるかい……ちょっと良くない状況だ。情報共有をしておくけど、これは我が国だけの問題ではなくなりそうだ……」
入ってきた情報。
それはスペイン軍やポルトガル軍の情報では、感染者が多く出てしまっているようだ。
まだフランス軍では感染症対策が発生した際のマニュアル化がされていたこともあり、これでも被害は最小限に抑えていたようで、スペイン軍やポルトガル軍に至っては、軍の作戦行動に支障が起き始めているという。
主に補給部隊での感染者が拡大しており、スペイン軍では1200名、ポルトガル軍では600名が速報値で感染となっている。
明らかに感染症状を訴えている人だけの数でこれであり、既に感染してウイルスが潜伏している者を含めると……最低でも2000人……一個師団規模での感染は避けられそうにない。
これに関してはスペイン軍やポルトガル軍の間では感染者が宴会などに参加してダンスなどを通じて他の人と飛沫接触などを拡大させてしまった事が主な要因であり、この感染によってこれまでにスペイン軍だけで1800人以上が急性の流感症状を引き起こしてしまっているという。
(ここまで感染が広がっているのであれば、既に出航しているスペイン軍やポルトガル軍の輸送船や民間の船でも感染者が出ているんじゃないか……インフルエンザは種類にもよりけりだけど、潜伏期間が早ければ感染してから1日、遅くても5日までに発症を引き起こす病だ。船で出航すればその間に感染者がいるかどうか判別がつきそうだな……連絡船がサン=ドマングに到着する頃までに、感染している人は発症するだろうし、この時代の船の速度を鑑みればだいたい一週間ぐらいで到着するはずだ)
幸いというべきか、インフルエンザウイルスは感染したら最大でも5日間ほどで発症するウイルスであるため、新型コロナウイルスのように最大2週間も潜伏期間があるわけではない。
故に、長期間の船の航行となればその分時間は遅くなるので目的地に到着するまでに誰かが発症していることが分かるのだ。
強いて言えば、生まれながらにして免疫機能が高い人がインフルエンザの主症状に気が付かない無症状を出していた場合でも、船で移動している間に発症者が出ることで感染が判明するだろう。
それにしても、今分かっているだけでも1880名の人間が感染しているということは、民間人の感染情報は更に悪化していると見て間違いないだろう。
ペストや天然痘よりはかなりマシではあるが、免疫がない変異型のインフルエンザであれば、それ相応の対策を練ってフロリダ州などを中心に防疫対策を行わないといけない。
市内への感染拡大が広がっているのであれば、その感染者の母数は増えていく計算となるし、何と言っても問題なのは今後の軍事作戦に支障を来してしまうという点だろう。
今、ナポレオンは既にノーフォーク造船所に向かって進軍しているようだが、果たしてノーフォークを攻略することができるのだろうか……。




