1078:尖鋭(下)
モンテレイの補給基地……。
それを建設する理由の一つとして、コープス・クリスティー湾に立て籠もっている北米複合産業共同体のメキシコ湾艦隊の包囲殲滅を行うためである。
ここにはパドレ島と呼ばれている細長い陸地が存在しており、湾に直行する場合は湾の出入り口から入港しなければならないのだが、この湾には既に野戦砲部隊だけでなく、城壁や要塞が建設されており、しかも蒸気野砲部隊も配備されていることから、海上からの砲撃戦となれば確実に欧州協定機構軍の海軍艦艇にも少なからぬ損害が出てしまうことは避けられない。
当初の予定では、このコープス・クリスティー湾に立て籠もっている北米複合産業共同体の海軍艦隊を重マイソールロケット砲による砲撃によって破壊する案が立案されたものの、相手の蒸気砲がベルリンなどに配備されていた長距離射程を実現していた砲であった事と、湾には無数の民間施設も点在していたことから湾を攻撃すれば大勢の民間人が犠牲になることを考えて、当初の海上からの艦砲射撃は却下されたのである。
代わりに、立案されたのがモンテレイから補給を受けた欧州協定機構軍の陸軍部隊による包囲戦であり、海上に逃げようとする艦艇を孤立無援にすることで無力化するという案が持ち上がったのである。
このコープス・クリスティー湾に逃げ込んだ北米複合産業共同体の艦隊……ひいては北米複合産業共同体の南部地域で抵抗を続けている部隊の殲滅が主要任務となっているのである。
この部隊はメキシコへの軍事侵攻を行ってモンテレイから最後に脱出した部隊と、メキシコ湾からニューヨークなどの本土への帰還が困難になってしまった海軍部隊が含まれており、陸海軍合わせて総数は約六万人に及んでいたのである。
6万人いえど、その実情は徴兵された二等市民らが4万人、三等市民や囚人兵として従事しているのが1万5千人、残りの5千人が正規軍人であり、この正規軍人の大部分が負け戦であることを自覚している中で、モンテレイでいかに持久戦で戦うかと選択しているのである。
そして何よりも、このコープス・クリスティー湾の港町に立てこもっている司令官こそ、史実では第4代アメリカ大統領として活躍したジェームズ・マディソンであったのである。
彼は政治家であり、職業軍人ではなかったのだが史実とは異なるアメリカ独立戦争によって、運命が大きく変わってしまったのである。
新大陸動乱後、マディソンはフィラデルフィアにおいて憲法草案を製作して三権分立などを明文化した革新的な憲法システムの策定に乗り出したものの、当時の北米連合政府がカリブ海戦争によって敗北し、多額の賠償金などを欧州協定機構に命じられて接収された事を受けて、この革新的な憲法が日の出を見ることは無かった。
そればかりか、マディソンが旧北米連合政府と親しかったという理由で政府の役職から追放を受け、代わりに配属されたのが南部地域を統括する北米複合産業共同体の警備隊の幹部という役職であった。
警備隊という事も相まって、当初はあまり積極的に取り組むことはしなかったマディソンであったが、軍で行われていた不正事案などを取り締まり、綱紀粛正に取り組むなど前向きかつ改革を実施したこともあって幹部から地方司令官に昇格。
結果としてメキシコへの軍事侵攻の際にはモンテレイを起点とする北米複合産業共同体の支配地域の拡大に対する作戦をいくつか立案したとされている。
しかし、その幸運は風前の灯火となっており、今では彼の主力部隊はコープス・クリスティー湾とその一帯に取り残されており、北米複合産業共同体の精鋭たる主力部隊は既に制圧された南部の都市の奪還ではなく、中南部地域を横切る形でニューヨークを目指しており、マディソンに下された命令は『コープス・クリスティー湾周辺地域と取り残された海軍艦隊部隊と連携して、一日でも長く欧州協定機構軍を引き留めること』と記された。
所謂、捨て駒のような扱いを受けてしまったのである。
そのような状況の中でも、マディソンは自暴自棄になることなく、必要な戦力を温存させて防衛線を構築することに成功する。
これはマディソンの人徳という事もあったが、彼は綱紀粛正において成果を出した人物はたとえ三等市民出身である黒人兵士であっても称賛し、軍隊内における規律を重視した。
そうした人徳もあってか、彼は下級兵士の間で慕われており、北米複合産業共同体の中では珍しく士気の高い部隊で構成されていたのである。
故に、この6万人の総兵力を排除するのは容易なことではない。
兵力で劣っていても士気が高い部隊というのは壊走してしまっても、ゲリラ戦などを繰り広げて徹底的に抗戦する傾向が強い。
欧州協定機構軍はこのマディソン司令官に対して『もっとも警戒すべき司令官』として認定し、陸軍主体となってコープス・クリスティー湾の攻略に取り掛かることとなった。
排除を行うにしても、すでに要塞に立て籠もっている上に、蒸気船なども総動員して戦う準備を整えている。並大抵の兵力では返り討ちにあるのは誰の目から見ても明らかである。
故に、欧州協定機構軍はフランス・スペイン・ポルトガル・スウェーデンの四か国が中心となってコープス・クリスティー湾への総攻撃と、陸上からの一斉砲撃によって彼らの注視を陸地に向けた上で、海上からは私掠船などを複数動員して述べ2個連隊規模の水兵をボートで上陸させ、湾の手前側にあるパドレ島を制圧し、グリボーバル砲と重マイソールロケット砲による砲撃を敢行して、湾内に停泊している複数の蒸気船の無力化を行う予定である。
これらの準備のために、モンテレイの補給基地化は必須であり、メキシコ中部から増援としてやってきている軍隊への補給物資集積所としての機能を存分に発揮しなければならないのだ。
多くの兵士が前線に行くまでの間滞在するということもあって、モンテレイの街中は戦争特需として飲食業や宿泊施設が満杯の状態であったのだ。
兵士達は束の間の休息を楽しんでいるものの、軍の士官たちはコープス・クリスティー湾に立てこもっている軍隊が徹底的な抗戦を実施すれば陥落まで一か月以上は掛かるとの試算を出している。
ここにはメキシコへの軍事侵攻で使われていた武器や兵器、それに砲弾などの弾薬が集積されているという情報がスパイによってもたらされており、その内容もフルで戦闘を行っても一か月は抵抗できるだけの量が保管されているというものだ。
これに加えて、蒸気船や湾内に停泊している輸送船に積みこまれている物資や砲弾などを合わせれば三か月は孤立無援の状態でも戦うことが出来るという試算が出されていることから、これらの湾内の制圧には陸海軍の協力が必要不可欠だ。
海軍と連携しつつ、砲撃ではなく私掠船などを使った強襲上陸などを敢行し、包囲しなければこの戦いで損耗をすることは避けられない。
欧州協定機構軍は、損耗をなるべく避けるように練りに練った計画を立案したのであった……。




