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二人でフォルト・ハイグローヴ

 カウンセラーさんについていって3分が経ち、ようやく食堂に着いた。

 城だからとはいえ、もう少し狭くても良いと思う。人間界では2LDKの民家に住んでいた俺にとって、この城はまさに迷宮だ。

 で、食堂にはクロスを掛けられた、縦に長いテーブルの短い辺の席、いわゆるお誕生日席に俺はついている。

 普通、こういう席というのは特別なことが無い限り、一家の大黒柱――我が家で言うところの魔王が腰を下ろしているはずだ。

 俺が次期魔王だから、とこじつけてここに座る権利を得られるかもしれないが、そんな些細なことに使うはずがない。俺がフォルト・ハイグローヴであって、フォルト・ハイグローヴでないことがバレてしまうからだ。

 記憶を探ってみると、どうやらフォルトは俺なんかよりも口調は優しく、あまりワガママを言わない人間(いや、魔族か?)らしいからな。

 話が逸れた。まあつまるところ、何故俺が誕生日席に座れるかというと──

「あなたっ、アーン♪」

「アーンッ。うん、やはりお前が食べさせてくれた料理は別段美味いな」

 ただ単に、この外見的には年齢差が四半世紀は離れていそうな夫婦が、まるで結婚して数ヶ月……いや数週間しか経っていないカップルのようにラブラブな食事をするために、愛息子を端に追いやっただけなのだ。


「もぉ~、そんなお世辞を言ったって、何も出ないわよあなた♪」

「本当のことさ、俺はこの時間が一番好きなんだよ。毎日家族揃って食卓を囲むのがな」

 皆さん、ここにいる上唇の上に髭を、頭に2本の角を生やしている老紳士にとって食事の際の家族とは、隣で微笑む見た目二十代(年齢についてはご察し下さい)の桃髪サキュバスのみです。この二人を無視して勝手に飯を食べていたことが多々あると、俺の中の記憶が訴えてきました。

 ていうか、現魔王ヴィンセント・ハイグローヴは確か衰弱していると聞いたんだが、やけに元気そうだな。

「分かっているわよあなた♪ はいっ、アーン♪」

「アーンッ」

 何なんだこの夫婦。愛息子と十数人の従者がいるのに、平然とイチャつきやがる。

 俺を連れて来いって、この甘ったるい空気の中に入れたかっただけなんじゃないのか? それで正しかったら、ある意味大変だな。

『まったくその通りだよ、はあ……』

 ん? 今幻聴が聞こえたような……

『幻聴じゃないって。僕の中にいきなり入ってきたくせに、失礼なことを言わないでよ』

 俺だけに聞こえているらしい声の主は微妙に怒っているようだ。

『ああ、僕に話しかけるなら、心の中で念じればいいから。君は僕で、僕は君だからね』

(君は僕で、僕は君……誰なんだお前は?)

『だから、僕もフォルト・ハイグローヴだよ。高林秋人君』

 なんということでしょう。転生した自分の魂の依代となったフォルト君の、本人の魂が入ってきたではありませんか。

(ていうか、なんで俺の前の名前を知ってんの?)

『君が覚醒した時、突然君の名前が浮かんだんだ。その後すぐに、意識は君に乗っ取られたけど』

(はあ……なんかすまないな)

『別に良いよ。この身体は元々君の為のものなんだし』

 そこまで言われて、俺はようやく理解した。

 彼は俺――“高林秋人”の意識が、依代である“フォルト・ハイグローヴ”に転生しきるまで、俺の代わりに中身の無い身体を動かしてきた、もう1人のフォルト・ハイグローヴなのだ。

 しかし、なら何故そのまま俺の中に?

『ああ、それは多分僕と君、二人のフォルト・ハイグローヴで協力しろってことなんじゃないのかな? さっき僕の元にそういう命令が来たし』

 高速で駆ける馬にも動じないと思ったら、人の別人格の脳に直接テレパシーとか、カウンセラーさん、アンタどんなスペックをお持ちで?

 そんなことを思いながら、他のメイドや執事達と並んで立っているカウンセラーさんに視線を向ける。遠いから見えにくいが、このバカップルを見ないように目をつぶってようだ。

 あれ、食堂に連れてきた時は鎧を着てたのに、いつの間にかメイド服に変わってる……? あれから3分と経っていないのに既に着替えているとは、まさに電光石火の速さだ。

(あー、多分それ、あのメイドだろ。ほら、右から8番目の)

『えーと123…………あの金髪の人かな?』

 メイド全員が金髪なんだが。あっているから別に良いけど。

(ああ。今はああしてるが、元々は俺に転生させてくれた人なんだよ)

『なるほど、秋人君を転生させた人だ。他人の頭にメッセージを送るくらい容易いだろうね……って、なんか見てるよあの人?』

 再びカウンセラーさんを見ると、さっきまで目を

閉じていたのに、俺に向かって鋭い視線を向けていた。ちょ、恐いですよ。

(どうやらもう1人のフォルト様と接触したようですね)

 うおっ、本当にテレパシーしてきたよあの人!?

(では、一度意識の転換をやってみて下さい)

(な、なんですか、その意識の転換って?)

 ただでさえもう1人の自分が現れてきたという事実に軽く疲れを感じていたのに、また新たな語句を増やさないで下さい。

(まあ簡単に申しますと、現在のフォルト様ともう1人のフォルト様の立場を逆にするということです)

(は、はあ……)

 心の中で生返事をしてみたものの、正直言ってさっぱり分からない。頼むから、もっと簡単に、具体的に教えてもらいたいところだ。

(それと……)

(まだ何かあるんですか?)

 そこでカウンセラーさんはその場で微笑んだ。でもなんでだろう、なんだか虎をも倒しそうなオーラを纏っているように見える。

(こちらをあまりジロジロと見ないで下さい。魔王様達にバレると色々と大変ですよ?)

(……ハイ)


(――と、いうことだ。これ以上はカウンセラーさんからは聞き出せなかったけど、大丈夫か?)

『あーうん、大丈夫だよ』

 カウンセラーさんに優しく(?)たしなめられた後、俺はもう1人の俺に事情を説明した。

(しかし意識の転換って、なんかメリットでもあんのかね?)

『あーほら、僕と秋人君は一人称から違うし、今はイチャついてるから大丈夫だけど、話しかけられたら厄介なんじゃないかな?』

 確かに今まで自分のことを『僕』と呼んでいた息子が、突然『俺』を使い始めたら多少は驚くだろうな。少なくとも、俺だったら反抗期になったのではと錯覚しそうだ。……友人の前でも使ってしまったが、大丈夫だったのか?

 それにだ。一人称の変化ぐらいならなんとかなるとしても、今までのフォルトと同じ行動を俺が出来るわけでもない。現在の身体の所有者は俺だが、フォルト・ハイグローヴという名の身体の操作に長けているのは、間違いなくこいつの方であろう。

(じゃあ一刻も早くやらないとヤバイな)

『そうだね。だけど、どうやるのか僕も分からないよ』

 まあ当たり前であろう。カウンセラーさんとの面識がほとんど無い『俺』が、知っている『俺』にも分からないことが分かるはずがない。

(まさかだけどさ、“チェンジ”とか呪文を言ったら成功とかな訳ないよな?』

『あーうん、そうだね。……多分それが正解だと思うよ。指とか動かせる?)

 何を言っているんだ? 指くらい簡単に……ん?

『あ、あれ? おかしいな、さっきまでは容易く……』

(だから、さっき“チェンジ”って言ったでしょ? それで……』

(あ、また動けるようになったぞ)

 どうやら身体の操作を担当している方のフォルトが、呪文――“チェンジ”と心の中で唱えるだけで、担当するフォルトが交代するようだ。

 ……なんでこんな、日常の会話でも簡単に出てきそうな言葉を呪文とするんだろうか。できればもう少し凝った呪文にしてくれないと、いきなり変わったりしてややこしいと思う。

『とにかく、今は僕を動かす側にしてくれないかな? 一旦ここから離れて、今後について計画をたてよう』

(そうだな。“チェンジ”』

(ありがとう、じゃあとりあえずここを出ようか)

 フォルトは突然立ち上がるが、目の前の夫婦にはどうも見えてないらしく、何一つ咎められなかった。

「フォルト様、どちらにお行きになられるのですか?」

 メイド達には止められたが。

「あーうん、ちょっとトイレ」

「では、念のためですが私が同伴致しましょう」

 カウンセラーさん扮するメイドが俺についてくるようだ。また何か言われるのだろうか?

 意識だけの俺がそう考えている内に、二人は食堂から出ていった。

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