学問に“魔”王道無し
秋人たちの会話においてのカッコの使い方ですが、「」は通常の会話、『』はもう一人に心の中で話す時、()はテレパシーとなっています。
「……どうやらお二方の意識を転換する方法を覚えたようですね」
延々と続く廊下をある程度歩き、周囲十メートルくらいには誰もいないであろうことを確認してから、今まで黙々と後ろをRPGの如くついてきたカウンセラーさんが突然声を掛けてきた。
「はい。でも、少し呪文が簡単すぎませんか? 魔界の学校に通う小学生が習う初級魔法も、もう少し複雑になっていますよ?」
「申し訳ございません。無駄に難解で長い呪文にしますと、咄嗟に転換が必要となった時に困りますでしょうから」
この人格転換機能は転生ハローワークの配慮で、こんなに簡易にしていたのか。
「ところで、現在“内側”におられます秋人様」
『な、なんですか?』
いきなり話をこっちにしないでください。
「いま“外側”のフォルト様がおっしゃっていた初級魔法を、これから幾つか覚えてもらいます」
『は、はあ……』
おお、ようやくなんかファンタジーっぽくなった。しかし魔王の使う魔法が初級からで良いのだろうか?
「初級呪文は全ての魔法の基準となります。これを応用することで、中級呪文、上級呪文が使えるようになります」
俺の疑問を察してか、いや察してカウンセラーさんが言う。天使ポジションは何でもありか?
ていうか、さっきもう一人の俺は小学校で習うって言ってたよな? 現役高校生のコイツは既に覚えているんじゃ……
「ちなみに、フォルト様は初級までしか覚えてません」
『ええ!? それって大丈夫なんですか!?』
「ごめん、僕はあまり覚えるのが得意じゃないみたいで……」
うおい、どこの誰だよ。ついさっき小学生レベルでももうちょいムズイとかほざいたのは。まさかの落第魔王フォル太郎じゃねーか。勇気じゃなくて怒り100%だよこっちの内心。
「心配いりません。秋人様がフォルト様よりも呪文を覚えれば良い話ですから」
『俺が1からやるんですか!?』
「はい。意識の間で魔法の供給などは出来ませんから」
……やっぱりデメリット多くないか? 意識が2つあんのって。
「ではこれから呪文を練習する修練場に参りましょう」
「はい」
待て待て待て待て。この2人、大事なことを忘れてないか?
『……あの』
「どうなされたのですか? 秋人様」
『俺らトイレっていう名目で出たのに、食堂に戻らなくて良いんですか?』
そもそも、俺少ししか飯食ってないんだが。
「その辺は心配無いよ秋人君。どうせ父上も母上も食事中は僕達が見えてないから」
『いや両親は回避出来たとしても、あんなにいる従者の一人もが心配しないなんてことあんのか?』
「それも大丈夫です。この城は内部で時空が歪んでいて、外見の6倍位の広さがあります。そこの中で迷ったと思うでしょう」
とりあえず分かった事がある。この世界、もしかしたら、いやもしかしなくても俺がなんとかしなきゃ終わるだろ。
「ちなみにヴィンセント様は、青年期にこの迷宮の中で3日間迷い続け、発見された時には餓死寸前までなっていました。そのことは従者達の間では笑い話となっています」
魔王の威厳無いなオイ!
そう俺がシャウトしている内に、カウンセラーさんとフォルトはこの無限に続きそうな廊下を進んで行った。
「――では、これより呪文詠唱の練習をしたいと思います」
廊下の突き当たりにあった扉を開き、カウンセラーさんがそう言った。
ていうかなんだここ。何も無ければ何も聞こえない。ドラゴンボールの精神と時の部屋の様な、真っ白な空間が地平線の果てまで続いている。何も無ければ何も聞こえず、大声を出せば彼方まで飛んでいきそうだ。
『あの、ここって何なんですか?』
「ここはこの城の兵士修練場です」
「数ヵ月前まではここも血気盛んな兵士達の声で騒がしかったのにね」
ここまで無機質な空間の中でよく訓練できるな、ここの兵士。気が狂わないんだろうか?
『ん? 数ヵ月前?』
「近頃は平和ボケしている奴が多くて、近くのキャバクラで豪遊しているんだよ」
「ちなみに、これは私が隠し撮りした証拠です」
カウンセラーさんがフォルトに一枚の写真を渡した。ふむ、大丈夫なのかこの国は。勇者という名の脅威を忘れて兵士と思われるオッサン達が遊んでやがる。
確か俺のじいちゃんを殺したのは身長2メートルの大柄な勇者だったよな? 丈夫な壁1つ無いのに、そんな巨人が突然現れたらどうするんだ。
にしても、魔界にもキャバクラなんてあるんだな。どうなってんだ俺の中のファンタジー像は。
客もキャバ嬢も魔物だな。ハーピィーにアルラウネにサキュバス……ん?
このソファーに座って、怒気が含まれている笑顔を浮かべて隣の客にコブラツイストをかましているサキュバスって……
『お袋!?』
「うん。父上の衣類の中からここの名刺が見つかったらしくて、それでキャバ嬢に対抗するために紛れていたんだ。ちなみに、コブラツイストっていうのが何だか知らないけど、母上に攻撃されているのが父上だよ」
あ、本当だ。暗くて良く見えないけど親父だ……って、大丈夫なのかこの城!? ていうかこの世界!
「サリバン様も乗っていますね」
お袋もかよ! 夫に制裁を与えるのを口実にちゃっかり楽しんでいるじゃねえか!
『ああもうあったま来た! フォルト頼む、今すぐ俺に変わってくれ! 一旦戻って親父殴って来る! 平和ボケした奴らに次期魔王が制裁を与えてやる!』
「ええ!? む、無理だよ! 止めといた方が良いって!」
「そうです。それよりも先に秋人様は呪文詠唱の修練をして下さいませ」
フォルトは焦りつつ、カウンセラーさんは淡々と俺を止めようとする。
『なんでだよ!? 父子で話を付けるぐらい良いじゃねえか!』
「そ、そりゃそうだけど……」
『なら別に良いだろ!? 少しの間くらい!』
「分かったよ……僕知らないからね」
諦めたフォルトが小さく「“チェンジ”」と言う。よし、これで体が動くぞ。
「待ってろォクソ親父めええええ!」
背後に振り返り、扉のノブを掴み捻る。そして――
ビリビリビリビリビリビリ――
「あばばばばばばば!?」
「申し遅れましたが、この修練場はノルマを達成しないまま出ようとしますと高圧電流が流れるようになっております」
『ああああああ! だだだ、だから言ったのにいいー!』
それならそう言ってくれと思いながら、俺は地に伏せた。
「では、今度こそ練習を始めましょう」
体が煙がプスプスと出ている俺の前で、カウンセラーさんが教師の格好をして立つ。いつの間に着替えたんですか?
「まず、この世界の呪文の原理について知って頂きましょう。こちらをご覧になって下さい」
カウンセラーさんが指パッチンをすると、目の前に黒板が出現した。もうお腹いっぱいですからこれ以上何でもしないで下さい。
「まず、先程言った通り、初級呪文は中級呪文や上級呪文の基本となります」
「カウンセラーさん、その三つの呪文ってどう違うんですか?」
「簡単に申し上げますと、威力で区別されております」
カウンセラーさんがピン、と人差し指を上に立てる。そして小さく何かを呟くと、その上にピンポン玉くらいの大きさの火の玉が点った。
「これが火炎の初級呪文“ファイア”ですが、これを応用すると――」
火の玉が膨れ上がり、俺達の二メートル程上空に浮かび上がる。
そして突然、その火球は横に広がるように破裂した。白い空間の果てに炎の欠片が消えて行く。
「このように中級呪文“フレイム”となります」
「お、おお……」
自然に手を叩く俺。あまり原理が分っていないのだが、威力はメラがギラになった感じと考えれば良いのか。
「ちなみに、上級呪文の“バーニング”は残念ながらここではお見せすることが出来ません」
「えっ、出来ないんですか?」
「“バーニング”は1つの街ぐらいなら一発で焦土に変えることが出来る程の威力ですから」
「いや強くなりすぎじゃないですか!?」
威力のインフレおかしいだろ! なんで段階を踏まずにギラがギラグレイドに変わるんだよ!?
『父上も使ったこと無いらしいよ。愛国主義者だから』
「いや愛妻主義者の間違いだろ。どうもあの愛情が世界に行くとは思えん。……で、今回俺は何をすればノルマ達成なんですか?」
出来るだけ早く終わらせよう。腹の減りも限界が近いし。
「今回秋人様には、火炎初級呪文“ファイア”、突風初級呪文“ウィンド”、そして水流初級呪文“アクア”。この三つの呪文を覚えてもらいます」
「み、三つだけですか?」
「何がご不満でもございますでしょうか?」
「い、いえ全く。むしろ驚きましたよ、こんなに簡単で良いのかと」
「簡単ですか。その言葉が終了時にも聞けると嬉しいですね」
「はあ?」
「まあ、とにかく頑張って下さい。時間は無制限ですので」
再びカウンセラーさんの指パッチン。目の前に教科書が出るのと同時に、カウンセラーさんがそこから消えた。
「さーて、いっちょやるか。何々、“ゾンビでも分かる最強呪文講座”……はっ」
馬鹿にしてんのか。まあ良いさ。軽く揉んでやるよ。
『……秋人君はまだ分かってないようだね』
「え? どうしたんだフォルト?」
『“制限時間が無制限”ていうことは、“終わるまで出ることは出来ない”ってことなんだよ?』
「別に、元々ノルマが達成されない限り、出られないんだろ?」
『じゃあ、制限時間付きのノルマで、時間以内に終わらなかったらどうなると思う?』
「そりゃもちろん、刑罰を与え、その上で終わるまで出さないんじゃないのか?」
フォルトが黙る。え? 違うの?
『ここの兵士は平和ボケしてるって言ったよね?』
「ああ」
『そんな彼らが、突然修練をサボってキャバクラに通うと思う?』
俺は考えた。例えば刑務所から脱獄するとして、何の計画も無しにいきなり実行するのは危険だ。
ならばどうする? 答えは簡単だ。地道にやっていけばいい。模範囚になるとか、何年もかけて穴を掘るとか。
『多分秋人君が今考えていることと同じなんだと思うけど、つまり兵士達も最初は修練を楽にするところから変え始めたんだ』
「つまりどういうことなんだ?」
『兵士の修練には期限付きが多い。だからそれを確実にサボるため、まず兵士の数人が扉の仕掛けをいじって、ノルマを達成していなくても時間が来たら無傷で終われるように設定したんだ』
な、なんだよそれ。卑怯じゃないか?
そう思う俺に、フォルトは続ける。
『で、これは僕の憶測なんだけど、あのカウンセラーさんに頼めば制限時間付きにしてくれたと思うんだ』
「なんでそんなことが言い切れるんだ?」
『なんとなくね』
つまり俺は選択を誤ったのか。どうもフォルトも好きじゃなさそうだし、悪いことをしたな……。
『もう1つ、秋人君はこの世界の文字が読めるの?』
「え? この世界の文字って違うのか?」
でも俺はさっき、教科書の表紙を……あれ、なんだこの変な記号?
「っかしーな、なんだこれ? さっきまでは読めたのに……」
『それもカウンセラーさんの力だね。一時的に文字を変換したみたいだ』
「……これを今から読むのか?」
『大丈夫、文字の通訳だけなら僕も手伝って良いらしいから。それより問題なのは読みだね』
「読み?」
『特有のイントネーションやアクセントを完璧にマスターしないと、絶対に呪文は発動しないんだ』
おいおい……俺は生前英語が嫌いだったんだぞ……? なんで転生後も外来語を学ばなきゃいけないんだ……?
『とにかく急ごう……さっきからお腹がすいて倒れそうなんだ』
「ああ……お互い頑張ろうぜ……」
それから、俺とフォルトの大勉強会が始まった。まあ最初に分かったことは、どの世界にも勉強が必要だってことだな……ハア……。
「はい、こちら転生ハローワーク人間界支部、カウンセラー13689号。ただいま秋人様に呪文修練を行わせたところです。で、今日はどういった報告を……え? 人間界での秋人様の周りでですか? ……分かりました、至急そちらへ向かいます」




