最終話 十九回目の誕生日
「たっだいまー! 久しぶりの我が家!!」
シュタインは、屋敷に入って来るなりテンション高くそう言うので、出迎えたエーデルは「うるさいのが帰って来た」と呆れた表情を浮かべる。
その隣でリーナは、眉を下げ笑みを浮かべている。
シュタインは叙任式を無事に終え、団長にスカウトされ、シャッテンヴェヒターに入った。
初めはエーデルも、副団長であり叔父のマティアスも心配していたが、そんな心配をよそに、今は毎日マティアスに厳しく指導されながら、優秀な騎士を目指している。
そして、ここ一ヶ月は新人騎士の育成として、シャッテンヴェヒターの基地で寝泊まりしており、今日、訓練が終わり久しぶりに帰って来たのだった。
「本当、疲れたよ……。旅行に行ってすぐに訓練に参加だったじゃん? 本当に天国から地獄に落ちた気分だったよ」
談話室に着くなり、ソファに深々と座っては、疲れた様子で背もたれにもたれかかるシュタイン。
そんなシュタインの向かいのソファに腰を下ろすエーデルは「だから、訓練後に旅行に行こうかって言っただろ」と眉をひそめる。
例の神聖国の騒動が落ち着き、エーデルの仕事も落ち着いた頃、エーデルの提案でエーデル、リーナ、シュタインと使用人、騎士を連れ旅行に行こうという話になった。
だが、予定していた旅行の最終日が、シュタインの訓練初日の二日前だったので、訓練を終えてから行こうという話になったのだったが、シュタインが「平気だよ!」と完全に旅行モードになり聞かなかったので、予定通りの日程で旅行へと向かった。
旅行先はアサーナトスの最北端にあるシュネーという場所で、雪景色がとても綺麗な場所だった。
久しぶりの家族水入らずで羽を伸ばしたリーナたち。
リーナは「でも、本当に楽しかったよね」と、旅行に行った日のことを思い出したのか、嬉しそうにそう言うと、シュタインは「だよね!」と頷く。
そんな二人を見て、エーデルは「また来年も行こう」と優しく笑う。
「そういえば、叔父さん叔母さんたちがエーデルはお見合いをしないのかしつこいってマティアス叔父上が頭を抱えてたよ」
突然の話に、エーデルは「……何だよ、いきなり」と飲んでいた紅茶を吐き出しそうになる。
そんなことは気にせず、シュタインは「いや。兄貴に聞いてみようか? ってマティアス叔父上に聞いたけど、いいって断られてさ。でも、かなり言われてるみたいだから」と言う。
エーデルは「余計なお世話を……」と溜め息を一つ吐くと「俺はお前たち、特にお前の面倒みるので忙しいからな。まだ結婚する気はないよ」と言う。
「面倒って、俺たちもう十九なんだけど? ねぇ、リーナ!」
シュタインに話を振られ、リーナは「いつまでも子ども扱いなんだから。もう心配しなくても、私たちは大丈夫だよ?」と返す。
だがエーデルは「俺にとってはいつまでもお前たちは子どもだ」と笑う。
「子ども扱いしてるけど、兄貴と俺たち二歳しか変わらないじゃん!」
シュタインの言葉に「そうだな」とエーデルは、穏やかな笑みを浮かべると「まぁ、お前たちがいい人と出会ってこの家を巣立ったら、俺も結婚を考えるか」と言う。
そんなエーデルと目が合うリーナ。
エーデルはリーナの頭を撫でると「まぁ、家を出たくなければいてもいいけど」とリーナとシュタインに言う。
すかさずシュタインは「そんな言い方して、俺たちに出て行かれるのが寂しいんでしょ?」と笑いながら言う。
「はいはい、勝手に言ってろ」
そう呆れたように言っては、紅茶を飲むエーデル。
シュタインは「結婚っていえばさ」と思い出したかのように言う。
「リヒト兄、エンゲルとのお見合い何で断ったんだろうな」
シュタインの言葉に、エーデルはまた紅茶を吹き出しそうになっては「……急だな。お前は本当に」と言っては、口元をハンカチで拭う。
「……まぁ、リヒトも爵位を継承するからな。それにあいつは、ちゃんと考えてるから。あまり気にするな」
一見、シュタインに言っているように見えるが、先ほどからエーデルの視線はリーナにチラチラと向けられている。
そのことに気づいたリーナは「そうだね」と眉を下げ笑みを浮かべる。
神聖国の件が解決した後、リヒトはシャッテンヴェヒターを辞めた。
元々、リーナのためにフォルトモントについて調べるために、シャッテンヴェヒターに入っていた。
辞める際、団長や他の隊員たちに止められたが、自分が忠誠を誓う存在は他にいると、潔く辞めたのだった。
そして、エンゲルとの婚約の話が広まっていたが、それら全てをリヒトは否定すると、グランべセルの爵位を継承すると発表し、あっという間に貴族たちの間でその話が持ちきりになった。
神聖国の件があってから、事情聴取やリーナは両親の墓参り、リヒトは家の事で忙しく、中々ゆっくりと会って話す機会がなかった。
そんなある日、三日後にリーナの誕生日を迎えようとしていた日。
リヒトからリーナに宛てて手紙が届いた。
手紙には、三日後連れて行きたい場所があるから、一緒に行けないかといった内容が書かれてあった。
手紙には、リーナの誕生日については触れられていなかった。
忘れているのだろうか。それともあえて触れていないのだろうか。
わからないが、リーナは久しぶりにリヒトに会えるため、すぐさまリヒトに返事を出した。
「——リーナ!」
そして三日後、約束の日。
待ち合わせした場所に、リーナは馬車で向かうと、すでに来ていたリヒトが手を振りリーナを呼ぶ。
「リヒト!」リーナはリヒトを見るなり、嬉しそうに駆け寄る。
「久しぶりだね、リーナ。元気にしていた?」
会って早々、リーナを気にかける言葉を発するリヒト。
そんなリヒトに、相変わらず優しいなとリーナは思う。
「今日はどこに行くの?」
どこに行くかは何も聞かされておらず、リーナは隣を歩くリヒトに尋ねると、リヒトは「少し離れた場所」とだけ言う。
「離れた場所?」と首を傾げるリーナに、リヒトは「馬車に乗るよ」と近くに停めていた、グランべセルの馬車に乗る。
馬車に乗っている最中は、しばらく会っていなかった時間を取り戻すかのように、二人は話に花を咲かせた。
そして、長く馬車に乗っていたので、リーナは眠っていたらしく「リーナ、着いたよ」とリヒトの優しい声で目を覚ました。
リーナは「ごめんなさい、寝ちゃって……」と謝ると、リヒトは「俺も寝てたから気にしないで」と笑う。
とても寝起きとは思えないほど、爽やかな笑顔に、リヒトは恐らく起きていたであろうことがわかった。
リヒトは「気をつけて」と馬車を降りるリーナの手を取る。
馬車から降りると、リーナたちはしばらく歩く。
どこに行くんだろうと思いながら、こうして二人きりでゆっくりと歩くのはリヒトの誕生日以来かと思い出す。
そして、ふと辺りを見ると草むらが広がり、人通りも少なく遠くで小鳥が鳴く声だけが聞こえており、心地よい空気が流れている。
そんな中「ついたよ」と言うリヒトの声がしたのと同時に、綺麗な薄紫色の花が目の前いっぱいに咲いている光景が目に入ってきた。
その光景を見て「わぁ……綺麗……」と零すリーナ。
「まだシャッテンヴェヒターにいた時、任務の帰りに通ったんだけど、この花畑を見たら、リーナのことを思い出して。いつか絶対連れてきたいって思っていたんだ」
そう話すリヒトに、リーナは「こんなに綺麗なお花畑があるなんて知らなかった」と言うと、リヒトは「行こう」とリーナの手を取り、花畑の中の道を歩く。
花畑には蝶や鳥が集まり、優しい風に乗った花の甘い香りが鼻を掠める。
空には雲ひとつなく、暖かく心地良い気温で、とても穏やかな空気が流れている。
「本当に素敵な場所……連れてきてくれてありがとう」
そう隣にいるリヒトにお礼を言うリーナに、リヒトは「それはこっちのセリフだよ。誕生日に、ついてきてくれてありがとう」と言う。
そして、リーナを真っ直ぐ見るので、リーナもリヒトを見返す。
「……俺の誕生日に、俺がリーナのことを好きだって言ったこと覚えている?」
忘れるわけがない。もちろん、リーナは覚えている。
リーナは頷くと、リヒトは「それは今でも変わっていないし、これからも俺は変わらずリーナが好きだよ」と言う。
そして、リヒトは「……あの時、返事はいらないって言ったけど、聞いてもいいかな」とどこか不安そうに問いかけてくるので、リーナはゆっくり頷く。
リヒトは口を開くと、少し躊躇い、そしてゆっくりと問う。
「俺と、結婚してくれませんか?」
その言葉に、リーナの瞳から自然と涙が溢れる。
そして、リーナは頷くと「私もリヒトが好き。結婚しよう」と笑みを浮かべる。
そんなリーナを、リヒトは抱きしめると「愛してるよ、リーナ」と呟く。
そして、体を離すと二人はゆっくりと顔を近づけては、どちらからともなく優しく口付けを交わす。
◇
「あ、リーナたち帰ってきた!」
ヴァンディリアに戻ってくると、リーナの誕生日を祝うために、部屋の中は綺麗に飾られている最中で、エミリアも集まっていた。
「あ、兄様も手伝ってよ!」
リヒトを見るなり、早々にリヒトに手伝うように言うエミリア。
リヒトは「はいはい」と手伝う。
「あと少しで終わるからね! 待ってねリーナ!」
そう慌てて飾り付けしながら言うシュタインに、エミリアが「本当はリーナたちが帰ってくる前に終わらせるつもりだったのに、どこかの誰かさんが妙なこだわりを出すから……」と呆れている。
「エミリアだって、こだわりまくってただろ?」
「そりゃ、リーナの誕生日だもの。手を抜くわけにはいかないわ」
そう言い合いを始める二人に「お前たち、口じゃなく手を動かせ」と注意するエーデル。
見かねたリーナは「私も手伝うよ」と言うも「リーナはだめでしょ」とリヒト。
「ねぇ! 誰かここに置いてあった花の飾り知らない?」
「さっき兄様がどこかに持って行ってたわよ」
「ごめん、向こうに飾りつけちゃった」
そう謝るリヒトに「えぇ!! ここに飾ろうと思ったのにぃ!!」と言うシュタイン。
そんなシュタインに「うるさい、シュタイン」と注意するエーデル。
その光景を見て、リーナは少し泣きそうになる。
前世では見ることのなかった光景。
もしかしたら、二度目の人生も見ることができなかったかもしれないその光景に、全て終わったのだとやっと実感した。
過去に戻ってきた時は、どうすればいいのかと不安に思っていたが、周りにいる人たちが手を貸してくれ、一度目の時には迎えられなかった十九回目の誕生日を迎えている。
そして、大好きな人たちに囲まれ、過ごしている。
その事に、リーナは心から感謝する。
それも全部、自分の信じられない話を信じて、行動してくれたリヒトとエーデルのおかげだと二人を見ると、二人と目が合う。
そして「パーティー始めるぞ」「おいで」と二人に招かれ、皆んなの元に行くと、シュタインの「せーの!」と言う言葉を合図に「リーナ、誕生日おめでとう!」と皆がお祝いしてくれる。
周りではエマや他の使用人たちが拍手を送る。
リーナは皆の顔を見ては、とびきりの笑顔を向けて言う。
「ありがとう、皆んな!」
公爵家の養女 完
ここまで読んでくださりありがとうございます。
またどこかでお会いできると嬉しいです。




