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公爵家の養女  作者: 透明
第五章 神話の中の話
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盃を交わす

  


 緊張が走る闘技場から一変し、煌びやかな雰囲気に包まれ、優雅な音楽が流れるパーティー会場へとリーナたちは集まっていた。




「毎回思うけど、闘技場との差がすごいわよね」




 飲み物片手に会場の隅で、会場全体を見渡し話すエミリアの隣で、リーナも「本当に」と頷く。




 「あれだけ戦った後なのに、パーティーに参加するなんて、本当体力が凄いわ。私なんて、観ていただけなのに疲れて帰りたいのに」


 「流石鍛えているだけあるよね」




 エミリアは「私もフレイヤ様と同じように帰ればよかったかしら」とため息をつく。


 フレイヤはパーティーは嫌いだと、剣客祭が終わったらそそくさと帰ってしまったのだ。




 「エーデルたちが参加するのに帰るわけにはいかないもんね」


 「そうなのよ」




 リーナたちがそう話していると、会場内に剣客祭に出ていた者たちが入ってきて、いよいよ本格的にパーティーが始まる。


 剣客祭の主催を担当した、皇宮騎士団団長が参加者たちに労いの言葉を贈ると、今回の優勝者であるリヒトが中央に呼ばれる。




 「――では、グランベセル公子。勝利の盃を交わしたい相手の名前をどうぞ」




 剣客祭の恒例、優勝者が勝利の盃を交わす相手を選ぶというもの。


 大概は好意を寄せている相手を指名するため、皆、あのグランべセル公子が誰を選ぶのか気になっているよう。



 リーナの隣ではエミリアが、ニヤニヤと笑みを浮かべてはリーナを見る。


 きっとリーナのことを指名すると思っているのだろう。



 恐らくエーデルもそう思っていたのだろう。だから、リヒトが盃を交わす相手に「エーデルで」と言ったことに、エーデルは「は?」と鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。



 少しざわつく会場内。エミリアも「兄様何言ってるの……?」と驚いている様子。


 だがそんな事は気にせず、リヒトは「早く来い」とエーデルを急かす。




 「……何で俺なんだよ?」




 指名されたからには、リヒトの元へとやってきたエーデル。


 だが納得していないのか、リヒトのことを睨みつけている。



 そんなエーデルに笑みを浮かべ「早くグラス持ちなよ」と話を無視するリヒト。




 「は? まだやるなんて……」


 「はい、注ぐよ」




 半ば強引に、エーデルにグラスを持たせては、ラム酒を注ぐ。


 そして「エーデルも」とボトルを渡しては、リヒトのグラスに注ぐように言う。



 全くエーデルの話を聞く気のないリヒトに、エーデルは唖然とした表情を浮かべるも、ラム酒を注ぐ。


 そして乾杯すると、互いにラム酒を飲む。



 その瞬間、会場内は拍手に包まれる。




 「……おい」




 皇宮騎士団の団長と話し終えたであろうリヒトに話しかけるエーデル。


 その表情はどこか不服そうで、リヒトは「どうした?」と首を傾げる。




 「どうした? じゃないだろ。何で勝利の盃を交わす相手に選んだのがリーナじゃなくて俺なんだよ?」




 そう問いかけてくるエーデルに、リヒトは「あぁ……」と呟くと「あそこでリーナを選べば、噂になるでしょ?」と言う。




 「噂?」


 「勝利の盃に異性を選ぶと言うことは、好意を持っていると言っているようなもの。……俺はこの間、ファルバーニ令嬢とお見合いをしたばかりで、ここでリーナを選べばある事ない事噂される」




 リヒトの言葉に「別に婚約したわけじゃないだろ? 見合いくらい、貴族(俺たち)の間では普通のことだろ」と眉を顰めるエーデル。




 「あぁ、普通のことだ。けれど、ファルバーニ令嬢とお見合いをした俺が、ファルバーニ令嬢と親しいリーナに好意を抱いていると知れば、しょうもない噂を流し出すやつがいる」


 「ファルバーニ令嬢には俺の気持ちは伝えてあるけど、好き勝手な噂のせいでリーナとファルバーニ令嬢の仲を裂くことになるかもしれないしね」




 「幼い頃のように、リーナには周りの人間の勝手な思い込みで傷ついてほしくないから。リーナが俺の気持ちに応えてくれるまでは、騒ぎ立てたくないんだ」




 リヒトの言葉に、エーデルは何か思うような表情を浮かべるも「……そうだな」と視線を逸らす。







 「兄様、ちょっといいかしら?」




 リーナたちのもとへとやってきたリヒトとエーデル。


 早々にリヒトはエミリアに睨まれては、顎でついてこいと言われてしまう。



 ポンッとリヒトの肩に手を置くエーデルとリヒトは視線を合わすと、エーデルはうんうんと頷く。


 そんなエーデルに苦笑いを浮かべては、エミリアの後について行く。



 エミリアに連れて行かれたリヒトから、シュタインと話をするリーナに視線を向けるエーデル。




 「あーあ、後少しで準決勝まで行けたのに……」




 そう落ち込むシュタインに「後一歩だったね。でも凄いことだよ」とリーナは励ます。




 「兄貴は決勝まで行ってるし……やっぱり俺もまだまだだなぁ」


 「何だ? 珍しく素直だな」




 エーデルはリーナたちの会話に入ると、リーナとシュタインはエーデルの方を見る。


 シュタインはじっとエーデルのことを見ては、何も言わない。



 そんなシュタインに「何だよ」と眉を顰めるエーデル。




 「……今はまだ無理だけど、絶対兄貴のこと追い越すからね!」




 そうエーデルのことを指差しては、堂々と宣言するシュタイン。


 エーデルは「指差すなよ」と言いながらも、どこか嬉しそうだ。




 「まずは、どんな状況でも冷静でいられるよう練習することだな。第一試合のお前はまるで生まれたての子鹿のように足が震えていたからな」


 「ゔっ……あ、れは初めてだったから……!」


 「俺も剣客祭に出るのは初めてだけど?」




 エーデルにそう言い返され、シュタインは「つ、次はもう緊張しないよ……!」とムキになる。


 そんな二人のやり取りを傍で見て、くすくすと可笑しそうに笑うリーナ。



 エーデルはリーナに視線をやると、リーナと目が合い、リーナは首を傾げる。




 「どうしたの?」


 「……いや。元気か?」




 唐突にそう問いかけてきたエーデルに、驚きながらも可笑しそうに「元気だよ? どうしたの? 急に」とリーナは答える。


 リヒトが勝利の盃を交わす相手にリーナを選ばなかったことを、リーナは気にしているのではないかと、何か言おうと思ったものの、どう切り出せばいいのか分からずエーデルはつい他人行儀な質問をしてしまったのだ。




 「いや……ならいいんだ」




 そう気まずそうに視線を逸らすエーデルを見て、リーナは、もしかして、勝利の盃を交わす相手に選ばれなかった事を気にしてるって思っているのかな? とリーナはエーデルが考えている事を当てる。



 勝利の盃は、好意を寄せている相手を指名する。


 リヒトが私に好意を寄せてくれていると言うことは、リヒトが伝えてくれたから知っている。



 だから、全く選ばれないと思っていたわけではないけど、きっとリヒトは私のことを指名しないだろうと言うことは、なんとなく分かっていた。


 リヒトはいつも、私の気持ちを一番に優先してくれるから。



 好意を寄せている相手として私のことを指名すれば、その噂は広まり、それが負担になってしまうのではと思ったのだろう。


 本当のことは分からない。私のことをそもそも指名するつもりはなかったかもしれない。



 けれど、ずっとリヒトと一緒にいたから、その可能性が高いとリーナは思うのだった。



 そしてそこで気づく。


 前世では、遠い存在だと思っていたリヒトが、今世ではリヒトの考えていることがわかるほどに、そうだと自信を持てるくらいには親しくなったのだと。




 「――リーナ」




 バルコニーへと涼みに来ていたリーナに声がかけられる。


 それはリヒトによるもので、リーナはリヒトを見るなり「涼みに来たの?」と笑みを浮かべる。




 「いや……エーデルに行けって言われて」




 そう眉を下げ笑みを浮かべるリヒトに、リーナは「そうなんだ」と頷く。


 きっとエーデルなりに気を遣ってくれたのだろう。



 「隣いいかな?」と言うリヒトに、リーナが頷くとリヒトはリーナの隣に並ぶ。


 パーティー会場は一階にあるため、バルコニーから地面が直ぐそこに見え、周りに生えている草木の匂いが風にのって伝わって来る。



 空には月が浮かび上がっており、もうすぐ満月だなぁ……と月を見ては考えるリーナ。


 そんなリーナにチラリと視線を向けると、リヒトは「……ここでなら、勝利の盃を交わしてもいいかな?」と言う。




 「え……」と驚くリーナに、リヒトは「って言ってもグラスがないんだけどね」と困ったように笑みを浮かべる。


 リーナは「あ……」と呟くと「握手! 握手はどうかな……?」と問う。



 リーナは言ってから、違うなと思い「やっぱり今のはなし……!」と言いかけるも、リヒトはくすくすと笑みを浮かべると「握手してくれる?」と手を差し出してくる。



 リーナは頷くと、リヒトの手を握った。すると、リヒトは優しく握り返して来る。


 なんだかそれが小恥ずかしく、リーナは照れてしまう。



 そんなリーナにリヒトは「盃を交わすより、こっちの方がいいかも」と笑う。


 喜んでくれたようで良かったと、リーナは「ほ、本当に?」と言う。




 「リーナの手、温かいね」


 「いつもは冷えているんだけど、今は……ちょっと熱くて……」




 恥ずかしくて体温が上がったとは言えない。


 だが、リヒトは何かを悟ったのか、ははっと嬉しそうに笑う。




 そんな二人の話し声が直ぐ側で聞こえる、二人から視界に入らない明かりがない場所で、司祭、ナハトは壁にもたれかかりながら聞いていた。



 その表情はいつものようにしかめっ面だが、何か思っているようだった。


 その時、砂を踏む音が聞こえたかと思えば「……こんな所で何を?」と驚いたような声が聞こえて来た。



 そちらに視線を向ければ、ヴァンディリアの騎士であるジークフリートがいた。


 ナハトは「……いえ。」と答えると「あなたこそこんな場所で何を?」と問う。




 「パーティーとかは苦手なので、外に出て風にあたろうかと」




 そう話すジークフリートに、ナハトは「そうですか」と言うと、歩き出す。


 ジークフリートから少し行った場所で、ナハトは足を止めると「()()()()」と告げては再び歩き出す。



 そんなナハトを見送ると、聞こえて来た声に「リーナ様……?」と呟いては、もう一度、もう姿は見えなくなったナハトを振り返る。

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