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公爵家の養女  作者: 透明
第五章 神話の中の話
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第一試合



 「いやぁ……にしても本当にすごい観客の数だよね。」




 シュタインは待機場から観客席を見ては、近くで同じく待機しているエーデルに「きっと兄貴たちが出るからだよね」と話す。




 「別に関係ないだろ。聖誕祭の目玉みたいなもんだからな、剣客祭は」




 そう剣をいじりながら話すエーデルに、シュタインはあれ……? 兄貴ちょっとピリピリしてる? と思う。


 一見、いつも通りに見えるが、シュタインには分かる。



 まぁ、リヒト兄と当たるかもしれないしね。仕方ないか。


 とシュタインが考えていると、ヴァンディリアの騎士団長のラインハルトが「エーデル様」とエーデルに耳打ちをする。



 その声にエーデルは剣から顔を上げると、リヒトとグランべセル家の騎士たちが、こちらに向かい歩いて来るのが見えた。



 エーデルは何も言わないまま、ただ目の前に来たリヒトを見上げる形で視線を向ける。


 お互いにどこか殺伐とした雰囲気を感じ、シュタインだけではなく、両家の騎士たちにも緊張が走る。



 普段、あんなに仲がいいのに、まるで今から殺し合いでも始めるんじゃないかと思うほどだと、シュタインは思う。


 だが、皆が緊張する中、リヒトは口を開いたかと思えば「初戦でやられるなよ」と言うのだ。



 その言葉にエーデルは「誰に言ってんだ」と笑みを浮かべる。




 「最近はペンばかり持っていただろ? 剣を持つのが久しぶりだからって落とすなよ」


 「そんな非力じゃないよ。ていうか、毎日素振りはしてるし」




 先ほどまで殺気立っていたとは思えないくらい冗談めかして話す二人を見て、戸惑いながらもホッと息をつくシュタインたち。




 「お前が負けたら俺も破棄するからな」


 「何でだよ、出ろよ。ていうか何で俺が負ける前提なんだよ。お前が初戦敗退する可能性もあるだろ」


 「俺は大丈夫だよ。」




 そうすました顔で言うリヒトに、エーデルは「どんな自信だよ」と眉を下げる。


 二人がそう話していた時だった。



 「公爵様」と呼ぶ声が聞こえて来たかと思えば、ヴァンディリアの騎士ジークフリートが、エーデルたちの元へと歩いて来ていた。




 「どうした?」


 「対戦相手が発表されました」




 ジークフリートの言葉に一気に緊張が走る。


 誰と一番初めに対戦するかは、公平を期すため当日に発表されることとなっている。




 「第一試合ですが、シュタイン様と皇宮騎士団のハランという騎士に決まりました」




 ジークフリートの言葉に「は?」「シュタインが?」と驚くエーデルとリヒト。


 そんな中で一番驚いていたのは当然シュタイン本人だった。




 「俺が第一試合!?」




 そう目を見開き声を上げるシュタインは「むりむりむり! 何で俺が第一試合なの!? 叙任式まだだよ?」と騒ぐ。


 剣客祭の第一試合、それで後の試合の盛り上がりが左右されると言っても過言ではないくらい重要な試合。



 大概は、剣客祭で優勝候補である者が選ばれたり、各騎士団の団長副団長クラスのものが選ばれる。


 なので、シュタインのように叙任式をまだ受けていない者が選ばれることは極めて稀なことなのだ。




 「どうしよう、兄貴!!」




 そうエーデルの腕にしがみつくシュタイン。


 そんなシュタインに「何をそんなにビビっているんだ? 皆んなに実力を見せつけてやるって言っていた威勢はどこに行ったんだ?」と眉をひそめ笑みを浮かべながら言うエーデル。




 「そりゃ見せつけるけどさ! 俺が第一試合とか絶対にしらけるじゃん!!」




 自信なさげに話すシュタインに「大丈夫だよ。シュタインも十分強いんだからもっと自信を持ちなよ」と励ますリヒト。


 ヴァンディリアの騎士たちも「そうですよ、シュタイン様!」「皆んな楽しみにしておりますよ!!」と声をかける。



 だか、今のシュタインに何を言っても無駄で「お前らは第一試合に選ばれなかったからそんなこと言えんだよ……!」と半泣き状態で言う。




 「これで負けたら皆んなから笑われるんだ……」




 ずっと泣き言を言うシュタインに、エーデルは「安心しろ。そうなったとしても、俺たちが試合をやる時には第一試合の記憶なんか忘れてるだろうからな」と真顔で言う。




 「酷い!!」




 そう話していると、ヴァンディリアの騎士団長ラインハルトが「エーデル様、シュタイン様。そろそろ」と話す。


 シュタインは第一試合でエーデルは第三試合に出るため、場所を移動しなければならない。




 エーデルはリヒトに「上がってこいよ」と声をかけるとリヒトは「もちろん」と頷く。


 そして騎士たちと移動するエーデルを、リヒトが見送っていると、リヒトの隣にいるグランべセルの騎士団長が「あの騎士……」とジークフリートを見る。




 「リヒト様は話されたことはありますか?」


 「まぁ。よくヴァンディリアの騎士たちと手合わせをしていたから、何度か剣を交えたこともあるよ」




 リヒトは「何か気になるのか?」と問いかけると、騎士団長は「いえ……」と首を横に振る。




 「ただ、どこかで見たことがあると思い」


 「士官学校が一緒だったんじゃない?」


 「いえ……あれほど目立つものなら、学校にいれば嫌でも覚えているので」




 かなりガタイのいい騎士たちの中にいても、一際目立つジークフリートを見て、リヒトは「確かに」と頷く。




 「試合に出るのなら剣を振るっているところを見れば思い出すかもね」


 「そうですね」




 リヒトは頷くと、再びジークフリートに視線を向けようとするも、そこにはもう姿がなかった。







 「それでは第一試合を開始します。シュタイン・ヴァンディリアとハラン・ロゼットの両者前へ!!」




 その声とともに、会場へと出て来るシュタインと皇宮騎士団の騎士ハラン。


 ハランというものは、何度も剣客祭に出たことがあるらしく、観客に手を振る余裕っぷりを見せている。



 それに比べてシュタインは、あまりの人の多さと会場の広さに呑まれてしまい、辺りを見渡してはどこかオドオドとしている。


 そんなシュタインにハランは「まさか初戦からヴァンディリアの公子様と当たるとは思いませんでしたよ」と話す。




 「え……?」


 「でも残念だなぁ。どうせなら兄のエーデル様と手合わせをしてみたかったですよ」




 その言葉にシュタインは「だ、だよね」と頷く。


 いつものシュタインなら言い返すだろうが、極度の緊張状態なため、思考がマイナスになってしまっているのだ。



 何も言い返してこないシュタインに、面白くないと言いたげな表情を浮かべるハラン。


 それと同時に試合開始の合図が鳴る。




 「――シュタインのやつ、完全に会場の空気に呑まれているな」




 袖からシュタインの試合を見るエーデルは、眉をひそめてはそう呟く。


 エーデルの言う通り、シュタインは普段の実力の半分以下の力しか発揮できておらず、ハランの攻撃を交わすことしかできていない。




 「あまりにも一方的すぎるから、会場が白けて来ている。そのせいで余計、シュタインは縮こまってしまっている」


 「最悪な状態だな」と話すエーデルに、ジークフリートが「シュタイン様は、繊細なところがありますからね。モロに周りの影響を受けやすいのでしょう」と話す。




 「あぁ。逆に気持ちが乗っている時のパフォーマンスはすごくいい。下手をすれば俺よりも強くなる場合もあるからな」


 「何とかシュタイン様の調子が整えれればいいのですが……」そう心配そうに話す騎士団長ラインハルトの言葉に、エーデルは「難しいな」と言う。




 「広い会場の真ん中で試合をする、孤立とも言える状況下で一番の力を上げる行為は声援を送ることだ」


 「声援を送られている者と、そうではない者では群と力の差が変わって来ると言われている」


 「けれどもシュタインの場合は、こういう状況下で声援を送られれば送られるほどさらに緊張して、いつも通りの力を発揮できなくなる」




 「あいつは目立ちたがり屋だが、極端に目立つのを嫌う傾向にあるからな」と話すエーデルに、ラインハルトと副団長バルドゥールが「確かに」と頷く。




 「まぁだからと言って非難されても力を発揮できなくなるからな。めんどくさい」


 「……つまり、シュタイン様自身で自分の気持ちを上げなければこの試合に勝つことは難しいと言うことですね」




 ジークフリートの言葉にエーデルは頷く。




 「冷静になれればいいんだがな。本調子で試合に挑みただ試合に負けるだけならいいけど、何も相手にすることができない状況で負けたとなると、あいつは引きずるだろうからな」


 「多かれ少なかれ今後に影響するだろう」




 エーデルはそう言うと、心配そうに「シュタイン、冷静になれ。お前の力はそんなもんじゃないだろ」と呟く。




 「シュタイン様の顔色が先ほどよりも悪いですね」




 同じく袖でシュタインの試合を見ていたリヒトの隣で、グランべセルの騎士団長は心配そうにシュタインを見てはそう話す。


 試合開始からしばらく経つも、いまだにシュタインの調子は戻っておらず、むしろ初めよりも顔色がだんだん悪くなって来ている。



 リヒトは真剣に試合を見ながら「シュタインは自信があるように振る舞っているけど、本当は自信があまりないからね。本人が一番自分のことを信じられていないから」と言う。




 「常に近くにエーデルと言う、剣の力に秀でた人間がいれば、比べてしまうのは必然なことなんだろうけど。まだ叙任式を受けていないし、経験も少ないから力が及ばないのは当然のことなんだけどね」


 「エーデルは士官学校時代から飛び抜けていたから」




 リヒトの言葉に団長が「でも、確かシュタイン様も士官学校は首席で卒業されていますよね?」と言う。


 その言葉にリヒトは頷くと「だからシュタインも十分強いんだけど」と団長に向けていた視線をシュタインに向ける。




 「どうにかして、シュタインの気持ちが乗ればいいんだけど……この状況じゃ……」




 リヒトがそう話した時だった。


 先ほどまでずっとハランの攻撃を受けるか避けるかだけだったシュタインだが、ハランの攻撃を交わしハランに攻撃を喰らわしのだ。


 その事によりハランがその場で体勢を崩した。



 その事に驚き、リヒトたちはシュタインを見る。




 シュタインの攻撃が大きかったのか、腹部を抑え少しよろけながら立つハラン。


 そんなハランの前でシュタインはただ立っている。



 その光景を見てリヒトは「シュタインの調子が戻ってる……?」と驚いたように言う。







 ハランの攻撃を避けるか受け止めるかだけで、中々ハランに攻撃をできないでいるシュタイン。


 ハランの攻撃を受け、シュタインは息を切らしている。



 そんなシュタインにハランは「……いくら弟の方だといっても、ヴァンディリアの公子だから楽しみにしていたのに、ここまで何もできないとは」とため息をつく。




 「アサーナトスの剣という名も当てにならないな」




 その言葉にシュタインは言い返す事ができず、ただハランを見ることしかできない。


 そしてやっぱり、自分には剣の才能はなく兄貴にはいつまでも追いつけないのだと、剣を握る手を見ては悔しそうに眉をひそめる。



 その時だった。ハランはシュタインに「この調子だと、兄のヴァンディリア公爵も大したことがなさそうだな」と言うのだ。


 その言葉にシュタインの動きが止まる。




 「ヴァンディリアの若き剣才だの早くで莫大なヴァンディリアの当主になっただの讃えられているが、当主になったのだって先代が早く亡くなったからだろう?」


 「剣才だと言われ、皇宮騎士団からのスカウトを断ったらしいが、断られたの間違いじゃないのか?」




 そう可笑しそうに話すハラン。


 その話を聞きながら、シュタインは俯いている。




 「まぁ何にしよ、この第一試合は勝たしてもらうよ。そしてヴァンディリアに勝ったという肩書きを貰うのも悪くない」




 ハランはそう言って、シュタインに向かって走って行く。


 だがシュタインはただ突っ立っているだけで、動こうとはしない。



 誰もがハランが勝つ。


 そう思った時、ハランの攻撃をシュタインは避けると、ハランに向かい剣を振り下ろす。



 まずい……!! そう思ったものの、ハランは間一髪のところで攻撃を受け止めることができた。


 だが衝撃が強く、少しよろけてしまう。




 なん、だ……? 急に攻撃を……? そうシュタインを見て驚くハラン。


 観客もハラン同様、何が起こったのか分かっていないようで、驚いた表情を浮かべている。



 そんな中で、シュタインは休む暇なく、ハランに攻撃をする。


 先ほどまで受け身だったとは思えないほど、次から次へと剣を振るってくるシュタイン。



 そのスピードについて行けず、ついにハランはその場に尻餅をついてしまう。


 そんなハランにシュタインは「……よくも兄貴のことを悪く言ったな?」と言うのだ。



 シュタインは殺気だっており、思わず息を呑んでしまうハラン。


 そんな彼にシュタインは言うのだ。




 「俺のことを悪く言うのはいい。けど兄貴のことを悪く言うのは許せない」


 「兄貴に謝罪しろ」




 シュタインの言葉に「な、何故謝罪なんか……!」と言うハラン。


 するとシュタインは「あっそう」と言うと、剣を振り上げると勢いよくハランに振り下ろす。



 ハランは殺される……! そう思い、目をつむり身を構えるも、シュタインの剣先はハランの喉元スレスレで止まっていた。


 そしてシュタインは笑みを浮かべると言う。




 「殺すわけないでしょ? 剣客祭だよ?」




 その言葉にハランの目からは大量の涙が溢れ出てくる。


 それと同時に、審判の「そ、そこまで!!」と言う声が響いたかと思えば、拍手と共に大歓声が巻き起こる。



 第一試合はシュタインの勝利で終わったのだった。

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