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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
3章

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第98話:絆の深化

夜の闇を、俺とカイルは疾風のように駆け抜けていた。


アリシアとフィーナ、そして救助した少女を公国への転移門へと送り出してから、一刻も経っていない。だが、俺たちの体力と精神力は、既に限界近くまで研ぎ澄まされていた。


「レン、まだか! イリスの奴、どんだけ奥まで連れて行かれたんだよ!」


隣を走るカイルが、荒い息の下から忌々しげに吐き捨てる。


「地図によれば、この丘を越えた先だ。砦が見えるはずだ!」


俺はマッピングで周囲の地形を把握しながら、速度を一切緩めない。通常、これほどの速度で森の中を走れば、一瞬で体力を使い果たし、木の根に足を取られて転倒するだろう。


だが、今の俺たちには、ジュリアス殿との訓練で培った魔力制御技術があった。


(カイル、右前方、岩場の影に帝国兵の斥候が二人!)


(おう、見えてるぜ!)


俺が魔力感知で捉えた情報を思考だけで伝えると、カイルは即座に反応する。彼は速度を落とすどころか、逆に加速。ジュリアス殿の指導で磨き上げた風の魔法を足に纏わせ、地を蹴る。


その姿は、もはや重戦士のものではなかった。緑色の疾風と化したカイルは、斥候たちが警告の声を発するよりも早く、その懐に飛び込んでいた。


「なっ……!?」


「ぐあっ!」


鋼鉄の盾による強烈な打撃が二人の兵士の意識を刈り取る。俺は、その横をすり抜けながら、無詠唱で放った土魔法アース・スパイクで、彼らの意識を永遠に刈り取っていた。


「よし、次だ!」


これが、俺たちがイリス救出のために選択した戦術――超高速による監視網の強行突破だった。


イリスが囚われている「ベスラ砦」は、帝国軍の監視網の真っ只中。フィーナで上空から接近すれば、対空魔術で迎撃される危険性が高い。そして、俺の転移魔法は、未だ訪れたことのない場所へは飛べないという制約がある。


だからこそ、俺たちは走る。イリスと別れたあの森から、砦までの数十キロの距離を、ただひたすらに。俺の魔力による身体強化と、カイルの風魔法。二人だからこそ可能な、常識外れの速度での潜入だった。


「見えたぞ、カイル!」


木々の合間から、松明の灯りに照らされた石造りの砦が見えてきた。ベスラ砦。ドラグニアの古い砦を、帝国が接収して臨時の拘束施設として使っているのだろう。


「思ったより……静かだな」


「ああ。だが、マッピングで内部を探ると、兵士の数は百を超えている。大半は地下だ。そして……イリスの魔力反応も地下深くに感じる。まだ、生きている!」


「……よし!」


カイルの瞳に、安堵と怒りが同時に宿る。


「どうする、レン。こっそり忍び込むか?」


俺は、砦の構造をマッピングで解析しながら、即座に判断を下した。


「いや、もう時間がない。イリスが公国へ通信を試みてから、すでに半日以上が経過している。それに……」


俺は、砦の地下牢へと続く最短ルートを指し示した。


「この砦の構造、地下牢へ向かう道は限られている。こっそり行っても、どうせ見つかる。ならば――」


「――真っ正面からぶち破るのが、一番早いってことか!」


カイルが、俺の言葉を奪うように、獰猛な笑みを浮かべた。


「そういうことだ。カイル、お前の力、見せてもらうぞ!」


「任せとけ! 俺の背中だけは、絶対に守れよ、レン!」


「ああ!」


俺たちは、もはや隠れることもせず、砦の正門目掛けて、その速度をさらに上げた。



◇◇◇



「敵襲だーっ! 門に、二人!」


「馬鹿な! どこから来やがった!」


砦の門を守っていた帝国兵たちが、闇から突如として現れた俺たち二人の姿に気づき、慌てて警鐘を鳴らそうとする。


だが、それより早く、俺の魔法が炸裂した。


「【アーススパイク】!」


無詠唱で放たれた数十本の岩の槍が、見張り台と門の機構を同時に破壊する。


「うわあああっ!」


「門が……!」


混乱する兵士たちの前に、カイルが突進した。


「邪魔だあああっ!!」


「【シールドバッシュ】!」


風の魔力を纏ったカイルの突撃は、もはや人間のそれではない。鉄で補強された砦の門が、まるで紙細工のように、轟音と共に内側へと吹き飛んだ!


「なっ……!?」


「化け物か!」


門の破片と共に砦の内部へと躍り出た俺たちを、集結しつつあった帝国兵たちが恐怖に顔を引きつらせながらも包囲しようとする。


「カイル、地下牢への道を作る! 援護しろ!」


「言われなくても!」


俺はマッピングで最短ルートを割り出し、そこを塞ぐ兵士たちに向かって、躊躇なく魔法を放つ。


「【フレイムランス】!」


「【ホーリーボルト】!」


炎と光の槍が、帝国兵の隊列を貫き、悲鳴と混乱を生み出す。


「【ウィンド・カッター】!」


カイルもまた、ジュリアス殿との訓練で習得した魔法剣を振るう。彼の剣から放たれた風の刃が、重装歩兵の盾ごと切り裂いていく!


「ひ、ひいいっ!」


「止まれ! 隊列を組め!」


指揮官らしき男が叫ぶが、その声は俺たちの猛攻の前にかき消された。


「レン、こっちだ!」


カイルが、地下牢へと続く頑丈な鉄格子を、力任せに引きちぎる。


「無茶苦茶だ……」


俺は、彼のあまりの暴走っぷりに呆れつつも、その背中を追って暗い地下階段を駆け下りた。


地下牢は、予想以上に広く、そして陰惨な場所だった。


「イリスゥゥゥッ!! イリスはどこだ!」


カイルが叫びながら、牢の扉を一つ一つ蹴破っていく。


その時、1つの扉が内側から開き、一人の男が姿を現した。高価な貴族服を身に纏い、その顔には理知的だが冷酷な笑みを浮かべた男。


「ほう……。わざわざネズミの方から罠にかかりに来るとは。手間が省けました」

尋問官は、俺たちを見ても一切動じず、手を叩いた。


「お望み通り、あなた方の仲間をお見せしましょう」


彼が脇へどくと、そこに、イリスはいた。


壁に張り付けにされ、手足は禍々しい魔力封じの枷で拘束されている。その騎士の鎧は剥がされ、薄い囚人服一枚にさせられていた。顔には殴られたような痣があり、唇の端からは血が流れている。だが、その群青色の瞳は、まだ死んではいなかった。


俺たちを認め、驚きと、そして……仲間を巻き込んでしまったことへの絶望に、その瞳が大きく見開かれた。


「……レン、公王……? カイル、殿……? な、ぜ……」


「イリス!」


カイルが、怒りに我を忘れ、突進しようとする。


「おっと、そこまでです」


尋問官が、イリスの首筋に冷たい短剣を突きつけた。


「動けば、この女の喉を掻き切ることになりますよ。あなた方には、ここで大人しく捕縛されてもらいます。特に……」


尋問官の目が、俺を捉える。


「……あなたですね。ゼノン様が言っていた、規格外の魔力を持つ『龍覚者』というのは。あなたを生きたまま帝国へ連れ帰れば、私は多大な褒賞を……」


「……黙れ」


尋問官の言葉を遮ったのは、俺ではなく、カイルの地を這うような低い声だった。


「そうか。お前が……イリスを、こんな目に……」


カイルの全身から、緑色の魔力が、嵐のように吹き荒れ始めた。


「……よくも、よくも俺の仲間に……!」


カイルは、もはや俺の制止など聞かなかった。


「【ゲイル・ラッシュ】!!」


風の魔力を極限まで高め、その身を竜巻と化して突撃する。尋問官は、その常識外れの速度に反応することすらできなかった。


「なっ……!?」


ドゴォォォォン!!!


カイルの体当たりは、尋問官をイリスから引き剥がし、そのまま部屋の奥の壁ごと彼を吹き飛ばした! 尋問官は、壁に人型の大穴を開け、瓦礫の下に沈んでいく。


「……はぁ……はぁ……」


カイルは、荒い息をつきながら、壁に張り付けにされたまま呆然としているイリスの前に立った。


「……イリス、無事か!?」


彼は、魔力を纏った剣で、魔力封じの枷を力任せに両断した!


「……カイル、殿……。なぜ……このような無茶を……!」


解放され、崩れ落ちそうになるイリスの体を、カイルは力強く、しかし優しく抱きとめた。


「……うるせえ」


カイルは、彼女を抱きしめたまま、震える声で言った。


「……仲間が、やられそうになってるのを、黙って見てられるかよ……。お前が、どんなに強くても、女だってこと、忘れてんじゃねえぞ……。俺が、守ってやるって、決めたんだから……!」


その不器用な、カイルらしい、しかし何よりも真っ直ぐな言葉。


イリスの瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。彼女が、ドラグニアが滅んで以来、決して人前では見せなかった涙だった。


彼女は、自分を支えるカイルの広い背中に、そっと顔を埋めた。騎士としての誇りも、責務も、今は全てがどうでもよかった。ただ、自分を救うために、命がけで駆けつけてくれた、この不器用で、温かい男の腕の中にいることが、何よりも安心できた。


「……ありがとう、ございます……カイル……」


彼女の心の中で、厳格な騎士の鎧が、音を立てて砕け散った。


「おい、二人とも! 浸ってるとこ悪いが、敵の増援が来るぞ! イリス、動けるか!?」


俺が声をかけると、イリスははっと我に返り、カイルの腕から離れようとした。だが、足に力が入らないらしい。


「くっ……!」


「無理すんな。レン! イリスは、俺が担いでいく!」


カイルは、イリスを軽々と背負い直す。


「レン公王、申し訳……」


「謝罪は後だ。行くぞ!」


俺は叫び、カイルに視線を送る。だが、その必要はなかった。


「レン公王、申し訳……」


「うるせえ。 黙って担がれてろ!」


イリスの言葉を遮るカイルの怒声。だが、その声には安堵と、仲間を傷つけられたことへの激しい怒りが滲んでいた。


(イリスの無事は確認した。だが……!)


俺は、意識を魔力感知に集中させ、この地下牢からの転移をしようとした。その瞬間、ビリッとした不快な抵抗が走り、俺の魔力が弾かれるのを感じた。


(なんだ……!? 魔力が……弾かれる!?)


視線を巡らせると、地下牢の壁や天井の隅に、禍々しい紫色の文字が淡く明滅しているのが見えた。


「カイル、急げ! この砦全体が、今は魔力妨害の結界に覆われているようだ! ここからじゃ転移できない! 砦の外まで、自力で脱出するぞ!」


「ちっ、面倒なことをしやがる! だが、好都合だ!」


カイルが獰猛な笑みを浮かべる。


「まだ暴れ足りねえところだったんだよ!」


俺は、尋問官が立っていたテーブルに目をやった。彼が沈んだ瓦礫の山には目もくれず、そこに散乱していた数枚の羊皮紙を素早く掴み取る。


(こいつが言っていた『龍覚者』の情報……!帝国側の機密情報も何かあるかもしれん!)


俺はそれを瞬時にストレージに収納した。


「行くぞ!俺が道を作る!」


「おうよ!」


カイルはイリスを背負ったまま、まるで重さなど感じさせない様子で、俺のすぐ後ろについた。イリスは、彼の広い背中に顔を埋め、意識を保つだけで精一杯のようだ。


地下牢の入り口へと続く階段には、俺たちの突入音と、尋問官の部屋からの轟音を聞きつけた帝国兵たちが、すでに集結しつつあった。


「来たぞ! 囲め!」


「ネズミは袋のネズミだ! 殺せ!」


「どっちがネズミだか、教えてやるよ!」


俺は、階段を駆け上がりながら、無詠唱で水魔法を最大出力で発動させた。


「【ウォーター・ランス】!」


ドドドドドド……!


地下牢全体が激しく揺れる! ジャミングの影響で魔法の精密な制御は難しいが、単純な破壊力なら問題ない!


「ぐわあっ!?」


兵士たちが水圧で押し出され、足元をすくわれ、天井から落ちてくる瓦礫に混乱する。


「カイル、今だ! 階段を駆け上がれ!」


「うおおおおっ!」


カイルは、イリスを背負ったまま、盾を構えて階段を駆け上がる。行く手を阻もうとした兵士たちも、盾の一撃で壁のシミに変えていく。


俺も彼の背後を守りながら続く。地上へ出ると、砦の中庭は既にパニック状態だった。俺たちが破壊した正門からは冷たい夜気が流れ込み、あちこちで兵士たちが松明を振り回し、俺たちを探している。


「あそこだ! 中庭にいやがったぞ!」


「囲め! 弓兵、構え!」


砦の壁の上から、矢が雨のように降り注ぐ。


「数が多すぎる……!」


「レン、俺がこいつらを蹴散らす! お前はイリスを頼む!」


「馬鹿を言え! 三人で抜けるぞ!」


「じゃあ、しっかり援護しろよ!」


彼の全身から、訓練で培った風の魔力が、緑色の嵐となって吹き荒れる。


「【ゲイル・ラッシュ】!!」


カイルは、イリスを俺に預け、もはや防御を捨てたかのように敵陣の中心へと突撃した。彼の風を纏った盾は、触れる者すべてを粉砕する凶器と化している。


「邪魔だ! どけぇ!」


「ひ、ひいいっ!」


帝国兵の隊列が、まるで紙切れのように引き裂かれていく。


「カイル、やりすぎだ!」


俺も、彼の援護のために魔法を放つ。 「【フレイムランス】!」 壁の上の弓兵たちを炎の槍で射抜き、カイルへの援護射撃を沈黙させる。


「うおおおっ!」


カイルの怒りは収まらない。彼は、行く手を阻むように立っていた見張り台の支柱の一つに、盾ごと全力で体当たりを敢行した!


バキバキバキッ!


「おい、カイル!」


「うるせえ! これで道が開いただろ!」


支柱を失った見張り台が、轟音と共に崩れ落ち、下にいた兵士たちを巻き込んでいく。その光景は、まさしくカイルの「暴走」だったが、おかげで正門への道が完全に開けた。


俺たちは、崩れゆく砦を背に、自分たちが破壊した正門の残骸を飛び越え、外の森へと転がり込んだ。


「はぁ、はぁ……! 行くぞ、レン! 追手が来る!」


「ああ!」


俺たちは止まらない。砦から放たれる矢を背中に感じたため、背後に魔法での防御を展開させ、ただひたすらに森の闇を突き進む。イリスを救うという一心で。


数分間、無我夢中で走り続け、砦から数キロは離れたであろう深い森の中。 俺は、マッピングで魔力妨害ジャミングの結界の範囲外に出たことを確認した。


「……よし! ここまで来れば!」


「カイル、止まれ! ここで飛ぶ!」


俺は、荒い息をつくカイルの肩を掴んだ。。


「エルムヘイムに、帰るぞ!」


俺は、公国の座標を正確にイメージする。


「テレポート!!」


眩い光が俺たち三人を包み込む。 視界が白く染まり、強烈な浮遊感が全身を襲う。そして次の瞬間、俺の足は、冷たく湿った森の土から、踏み慣れたエルムヘイムの中央広場の石畳の上へと着地していた。


「……着いた……」


転移の反動と、これまでの激戦による疲労で、俺はその場に膝をついた。


「レン!」


「レン公王!」


執務室から駆け寄ってくるアリシア、オリヴィア、セレスティーナたちの姿が見えた。


「イリス! ご無事でしたのね!」


オリヴィアが、カイルの背中から降ろされたイリスに泣きながら抱きつく。


「よかった……フォルカス隊長たちは……」


セレスティーナが希望的観測で尋ねるが、イリスは力なく首を振った。


「……申し訳、ありません……。フォルカス隊は……全滅、です……」


その言葉に、セレスティーナは唇を噛み締め、深く目を閉じた。


「……アリシア、イリスと、カイルの治療を……」


「うん、任せて!」


アリシアが力強く頷き、すぐに回復魔法の準備を始める。


俺は、仲間たちの無事な姿を見届け、張り詰めていた糸が切れたかのように、その場に倒れ込んだ。


(……間に合った……。よかった……)


俺はオリヴィアに支えられたイリスが、その視線だけを真っ直ぐ、カイルに向けているのに気づいた。その瞳には、感謝と、そして……これまで見たこともないほどの、信頼の色が宿っているように見えた。


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