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【完結済】伝説の「龍覚者」に覚醒した俺、大切な居場所を守るためなら手段を選ばない 〜始原の森から始まる、現代知識チートによる最強建国記〜  作者: シェルフィールド
3章:囚われの民と雷鳴の姫君 〜目覚める龍の紋章〜

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第96話:守護者の怒りと決死の救出

静寂が、まるで分厚い鉛のように公王執務室の空気を支配していた。


遠話の魔石からイリスの切迫した声が途絶えてから、どれくらいの時間が過ぎただろうか。テーブルの上で冷たい光を放つ魔石は、今や不吉な沈黙を保ったまま、俺たちの希望を嘲笑うかのように静まり返っている。


「……くそっ!」


沈黙を破ったのは、カイルの押し殺したような、獣の唸り声にも似た声だった。


彼は執務机の頑丈なオーク材の縁を、指の関節が白くなるほど強く握りしめている。その緑色の瞳には、これまで見たこともないほどの激しい怒りと、そして……自分の無力さに対する深い自責の念が、黒い炎のように渦巻いていた。


「どういうことだよ、レン……! イリスは……仲間は、目の前で敵に囲まれてるんだぞ! なのに、俺たちは……ここで、ただ指をくわえて待ってるだけだってのかよ!」


彼の怒りの矛先は、俺に向けられていた。無理もない。イリスからの断片的な救難連絡。


その絶望的な報告を受け、俺は即座に転移魔法での救出を考えた。しかし、イリスがいるであろう座標は、俺が一度も訪れたことのない未知の領域だ。俺の転移魔法は、訪れたことのある場所、あるいはマッピングで正確に構造を把握した場所にしか、安全に空間を繋ぐことができない。


「落ち着け、カイル。俺たちが感情で動けば、それこそ敵の思う壺だ」


俺は努めて冷静に言った。だが、俺自身の腹の底でも、カイルと同じ黒い炎が燃え盛っていた。仲間が、危険に晒されている。それなのに、俺の力ではどうすることもできない。


公王として、そして仲間として、これほどの無力感を味わったことはなかった。


執務室には、オリヴィアとセレスティーナ総長も詰めていた。ティアーナは鉱山都市『グラニット・ベース』でゴードンさんたちとの新技術開発の最終調整に入っており、連絡は入れておらず、この場にはいない。


「カイル殿の気持ちは痛いほど理解できます。ですが、レン公王の言う通りです」


セレスティーナ総長が言った。彼女の表情は鋼の仮面のようだ。だが、その握りしめられた拳は、彼女の内心の激情を物語っていた。


「敵は、我々を誘き出すために罠を張った。イリスは、その罠にかかったのです。今、我々が主力を動かせば、それこそ敵の思う壺。公国そのものが危険に晒されることになる。指揮官として、それは許されません」


「指揮官だと!? ふざけるな!」


カイルが、椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。


「仲間が見殺しにされるのを、黙って見てろってのか! 俺は……俺は、仲間を守るって誓ったんだ! なのに、何もできねえで……! イリスは、たった一人で……!」


彼の叫びが、俺の胸に突き刺さる。そうだ、俺たちエルム公国の礎は、仲間との絆だ。その絆の一つが、今、断ち切られようとしている。カイルにとってイリスは、ただの仲間ではない。共に前衛を張り、背中を預け、互いの強さを認め合った、特別な戦友なのだ。その彼女が、今まさに……。


その時、静かに立ち上がったのはオリヴィアだった。彼女の顔からは血の気が失せ、唇は微かに震えている。だが、その瞳には王女としての気高さが宿っていた。


「セレスティーナの言うことは、将としては正しい。ですが……」


彼女は、俺と、怒りに震えるカイルの顔を交互に見つめた。


「イリスは、わたくしにとって、ただの騎士ではありません。幼い頃から共に育ち、どんな時もわたくしを守り続けてくれた、家族同然の……かけがえのない存在です。彼女が、ドラグニアの騎士としての誇りを胸に、今も戦っていると信じています。だから……どうか……」


その声は、懇願に震えていた。主君として、友として、彼女はイリスの無事を、誰よりも強く願っていた。


俺の中で、最後の躊躇いが消え去った。 国家の安寧か、一人の仲間の命か。天秤にかけること自体が、間違いなのだ。


「……セレスティーナ総長。あなたの判断は正しい。だが、俺はエルム公国の公王として、別の決断を下す」


俺は立ち上がり、仲間たちの顔を見回した。


「仲間を見捨てる王に、誰がついてくる? 俺は、行く。イリスを助けに」


「レン公王! それは無謀です! 座標も不明なままでは、転移魔法も……!」


「いや、道はある」


俺は壁に広げられた大陸地図を指さした。イリスが単独任務に向かう前に、俺たちが最後に別れた場所。始原の森から出てすぐの、大陸側の森だ。


「まず、俺とフィーナが、イリスと別れたこの森まで転移魔法で飛ぶ。ここまでは既知の座標だ。そこからは、フィーナの龍奏飛翔で、イリスの救難信号があった場所まで超高速で向かう。現地に到着次第、俺が安全を確保し、転移門でカイルとアリシアを呼び寄せる。これなら、帝国軍に察知される前に、最小限の戦力で現場に介入できるはずだ」


俺の提案に、セレスティーナは息を呑んだ。それは、あまりにも大胆で、しかし唯一の可能性を秘めた作戦だった。


俺は、隣に立つカイルの肩を強く叩いた。


「カイル、お前も来るか?」


「当たり前だろ! それ以外の答えがあるかよ!」


カイルの瞳に、再び闘志の炎が燃え上がる。


「アリシア。君には、カイルと共に公国で待機してもらう。俺が転移門を開いたら、すぐに来てほしい。イリスが負傷している可能性が高い。君の回復魔法が必要になる」


「……うん。わかった。」


アリシアは涙を堪え、力強く頷いた。彼女もまた、自分の役割を理解している。


俺はセレスティーナ総長に向き直った。


「総長。これは、公王としての命令ではありません。仲間を救いたいという、俺個人の我儘だ。だから、公国の軍は動かさない。俺とカイル、アリシア、そしてフィーナ。この四人だけで行く」


「……承知、いたしました」


セレスティーナは、しばらく俺の瞳を真っ直ぐに見つめていたが、やがて深く、深く頭を下げた。


「レン公王。あなたのその覚悟、確かに拝見いたしました。どうか……どうか、ご無事で。そして、イリスを……よろしくお願いいたします」


彼女の声は、僅かに震えていた。


俺は執務室を飛び出した。 中庭で待機していたフィーナが、俺のただならぬ気配を察して駆け寄ってくる。


「レン! どうしたの?」


「フィーナ、頼みがある。今から、俺を乗せて、全力で飛んでほしい。危険な旅になるかもしれないが、力を貸してくれるか?」


「うん! レンのためなら、フィーナ、どこへだって飛ぶよ!」


フィーナは力強く頷くと、その身を眩い光に包んだ。次の瞬間、そこには白銀に輝く美しい竜の姿があった。


「カイル、アリシア、すぐに呼ぶ。準備を頼む」


「「おう!/うん!」」


俺はフィーナの背に飛び乗った。


「行くぞ、フィーナ! まずは、イリスと別れた森へ!」


「うん!」


俺は転移魔法を発動させる。


空間が歪み、次の瞬間、俺とフィーナは公国から遠く離れた、大陸側の森の中に立っていた。


「ここからだ、フィーナ!イリスが教えてくれた最後の座標の場所へ!」


『龍奏飛翔』。俺の龍覚者の力と、フィーナの龍としての力が調和し、俺たちの体は紫電のオーラを纏った光の矢となって、闇夜を切り裂いていく。その速度は、帝国のどんな追跡も許さないだろう。 眼下に広がる大陸の夜景が、凄まじい速度で後ろへと流れていく。


(待ってろ、イリス……! 必ず、助けに行くからな!)


俺の心の叫びが、風の中に溶けていった。



◇◇◇



数時間の飛翔の後、俺の魔力感知が、前方の空間に巨大な魔力の歪みの残滓を捉えた。


「……ここか。この感じ……なにか魔法妨害の跡か?これは……!」


目視では何も見えない。だが、そこには確かに、禍々しい魔力の残滓が漂っている。


俺たちは、その残滓の中心――廃村――へと降り立った。だが、彼女の姿はどこにもない。



「レン……イリスは……?」


人の姿に戻ったフィーナが、不安そうに俺を見上げる。


(遅かったのか……? いや、諦めるな!)


俺は即座に転移門をストレージから取り出し、設置した。


「カイル! アリシア! 聞こえるか! 今すぐこちらへ!」


通信魔石で叫ぶと、門の向こうから、カイルとアリシアが心配そうな顔で飛び出してきた。


「レン! イリスは!?」


「……いない。だが、まだ諦めるには早い。二人とも、周囲の警戒と、何か手がかりがないか探してくれ!」


アリシアが回復魔法で周囲の負傷者を探すが、生存反応はない。カイルは、俺の背後を守るように立ち、周囲を睨みつけた。


俺は、イリスが残したであろう痕跡を探して、マッピングの魔法を駆使し、村の中を駆け回った。そして、半壊した家屋の地下室へと続く、隠された扉を見つけた。


「……ここか!」


瓦礫をどかし、扉を開けると、その奥には、魔力感知でわずかに認識できる反応……古びた毛布にくるまり、か細い呼吸を繰り返す一人の少女がいた。


彼女の右腕は肘から先がなく、その瞳は光を失っている。全身は高熱に浮かされ、傷口からは敗血症特有の異臭が漂っていた。


(……ひどい……! これが、帝国がやったというのか……!)


怒りで、腹の底が煮え繰り返るようだった。


「レン、どうしたの!?」


アリシアが駆け寄ってくる。


「アリシア、この子を……!いや、これは……今すぐ、この子にあの回復薬を使ってみる。」


俺は、アリシアとエラーラが共同開発した、エリクサーの入った小瓶をストレージから取り出した。


「レン、これは……!」


アリシアはこくりと頷くと、エリクサーを慎重に少女の口元へと運んだ。


黄金色の液体が、少女の乾いた唇に染み込んでいく。すると、信じられないことが起こった。少女の体を蝕んでいた病巣が、光に溶けるように消え去り、高熱が嘘のように引いていく。そして……失われたはずの右腕が、肘から先が、淡い光と共に、ゆっくりと再生し始めたのだ!


アリシアが、息を呑む。 やがて、少女はゆっくりと目を開けた。その瞳には、再び光が宿っている。


「……ひかり……? あたたかい……」


少女は、夢見るような声で呟くと、最初に目に映った俺の姿を、その澄んだ青い瞳に焼き付けた。


「……よかった……」


俺たちが安堵したのも束の間、少女は再び意識を失ってしまいそうだった。だが、命の危機は脱したようだ。


回復した少女の口から、か細い声で、何かを伝えようとしている。


「……ベスラ……砦……」


「ベスラ砦だと!?」


イリスが連れて行かれた場所か! 俺は、意識のない少女をアリシアに託した。


「アリシア、この子とフィーナを連れて、先に転移門で公国へ戻ってくれ! 安全を確保するのが最優先だ!」


「で、でも、レンたちは!?」


「俺とカイルは、イリスを追う。ベスラ砦……場所はセレスティーナが、この地図に書いてくれているようだ。イリスを必ず見つけ出して、連れ戻す!」


「無茶だよ!」


「無茶じゃない。今行かなければ、イリスは殺される。ティアーナとオリヴィアには、戻ったら事情を説明してくれ。必ず、三人で帰る、と」


俺の決意は固かった。アリシアは涙を堪え、力強く頷いた。


「……分かった。だから、レンも、お兄ちゃんも……絶対に、死なないで……!」


アリシアと、人の姿に戻ったフィーナ、そしてシエナが転移門の光の中に消えていくのを見届け、転移門をストレージに回収し俺はカイルに向き直った。


「行くぞ、カイル」


「ああ。あいつを助け出す。それ以外に、俺がここにいる理由はねえ」


俺たちは、互いの顔を見合わせ、力強く頷き合った。 イリスが囚われているというベスラ砦。そこがどんな場所であろうと、俺たちは必ず、仲間を救い出してみせる。


俺とカイルは、夜の闇の中を、一つの目標に向かって、疾風のように駆け出した。守護者の怒りと、公王の決意を胸に。


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