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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
3章

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第66話:新たなる民と未来への礎

転移門が放つ眩い光が収まった時、俺たちの目の前に広がっていたのは、見慣れたエルム公国の中央広場だった。砦の薄暗い地下牢や、荒野とは比較にならない、活気と温かい光に満ちた、俺たちの故郷。


「おおおおおおっ! 帰ってきたぞーっ!!」


「レン公王たちだ!」


俺たちの突然の帰還に、村は一瞬の驚きの後、割れんばかりの歓声に包まれた。


ボルグやドルガン補佐、ゴードンさんたちが駆け寄ってくる。


そして、おずおずと門をくぐり抜けてきたドラグニアの民たちは、目の前に広がる光景に、ただただ言葉を失っていた。


「……ここが……エルム公国……」


一人の女性が、呆然と呟いた。


魔力レンガで築かれた頑丈で美しい家々。石畳が敷かれ、清潔に保たれた道。村の中を流れる水路のせせらぎ。そして何より、彼らを迎える村人たちの顔ぶれの多様さと、その温かい眼差し。


「ようこそ、エルム公国へ! 長旅、お疲れ様でした!」


出迎えてくれたのは、屈強な体躯を持つ獣人の女性、ミーナさんだった。彼女は、怯えているドラグニアの子供たちの前に屈み込むと、にっこりと優しい笑顔を見せた。


「さあ、お腹も空いただろう? 温かいスープと、焼きたてのパンをご馳走するよ!」


「あ……ありがとう……ございます……」


子供を抱いた母親が、戸惑いながらも深々と頭を下げる。彼女たちの故郷では、獣人は傭兵か、あるいは森に住む危険な存在として、決して交わることのない相手だったのだろう。


ミーナさんたちに導かれ、ドラグニアの民たちは、俺たちが事前に用意していた新しい居住区画へと案内されていく。その道すがら、彼らは自分たちの常識が次々と覆されていくのを目の当たりにしていた。


「見て……あの建物、壁がガラス張りだわ……」


「冬でも、緑の野菜が育っている……!?」


「あちらは……ドワーフ!? 人間と、エルフと、獣人と……皆、一緒に暮らしているというのか……」


そして、極めつけは【エルムの湯】から立ち上る湯気と、そこから聞こえてくる楽しげな笑い声だった。


彼らは、自分たちが流れ着いた場所が、単なる辺境の避難所などではない、大陸のどんな国にも存在しない、活気と希望に満ちた理想郷のような場所であることを、肌で感じ取っていた。


広場に用意された大きな鍋からは、栄養満点の野菜スープのいい匂いが漂ってくる。ドラグニアの民たちは、その温かいもてなしに、ただただ涙を流していた。絶望の果てにたどり着いたこの場所が、これほどまでに希望に満ち溢れているとは、誰も想像していなかったのだろう。


俺は、仲間たちと共に、活気に満ちる広場の光景を見つめていた。

やるべきことは、まだ山積みだ。だが、今はただ、この達成感と、仲間たちとの絆を、心の底から噛みしめよう。



◇◇◇



その日の午後、公王執務室には、俺とオリヴィアの二人が、大陸の地図を前にして座っていた。窓の外からは、新しい仲間たちを迎えた村の、賑やかな声が聞こえてくる。


「……オリヴィア。君の民のごく一部だが、ひとまず安全な場所を得ることができた。本当に、良かった」


俺の言葉に、オリヴィアは静かに頷いた。その表情は、王女としての気品と、民の無事を喜ぶ安堵に満ちている。


「はい。レン公王、そしてエルム公国の皆さんには、感謝の言葉もありません。ですが……」


彼女は、表情を引き締め、厳しい現実を口にした。


「ただ今回、我々が救出できたのは、ドラグニアの民のごく一部に過ぎません。大陸各地には、今も数千人規模の同胞たちが、帝国の圧政の下で苦しみ、あるいは潜伏生活を余儀なくされています。彼ら全てをこの地に迎え入れるには……この公国の受け入れ態勢は、まだ十分とは言えません」


オリヴィアの懸念は、もっともだった。今のエルム公国は、人口が数百人規模。そこに、いきなり数千人の移民が加われば、食料、住居、そして文化の違いからくる摩擦など、様々な問題が一気に噴出するだろう。


「ああ、分かっている」


俺は頷いた。


「だからこそ、オリヴィア、君の力が必要なんだ」


俺は、彼女に一つの提案をした。


「今回、俺たちが救出した五十人弱の君の民。彼らをただの避難民ではなく、この場所で働いて自給自足してもらおうと思っている。もちろん仕事は多く存在するしサポートもできるだろう。その中の仕事の一つとして『後から来る同胞たちを導き、支えるための世話役』としての役割を担ってもらうというのは、どうだろうか?」


「世話役……」


オリヴィアが、驚いたように目を見開く。


「そうだ。まず彼らに、このエルム公国の仕組みや、多種族が共存するためのルール、そして俺たちが持つ技術や知識を学んでもらう。そして、彼らが、これから来るであろう数千人の同胞たちを教育し、導き、この国に馴染むための手助けをするんだ。いわば、未来の大規模受け入れ体制の中核を、彼らに担ってもらう。今、彼らがこの場所にきて戸惑った事は財産だと認識している。その部分も彼らが、次の人に教えてあげることで、今後の受け入れが進めやすくなるだろう。」


俺の提案に、オリヴィアはしばらくの間、黙って考え込んでいた。だが、やがてその瞳に、深い感銘と、そして新たな決意の光が宿った。


「……素晴らしいお考えです、レン公王。ええ、それこそが、彼らが再び生きる誇りを取り戻すための、最善の道かもしれません」


彼女は立ち上がり、俺に向かって深々と頭を下げた。


絶望していたドラグニアの民たちは、オリヴィアから与えられた「仲間を救う」という新たな使命に、再び生きる誇りと目的を取り戻すことになるだろう。



◇◇◇



その日の午後、俺はティアーナと共に、錬金術師エラーラをゴードンさんの工房の一角に案内していた。そこには、この数日で急遽用意させた、彼女専用の新しい工房があった。まだガランとしてはいるが、実験に必要な最低限の設備――耐火性の高い石造りの作業台、薬品を保管するための棚、そして精密な作業を可能にするための魔道具の照明――は揃っている。


「ここを、君の工房として使ってほしい。必要なものがあれば、何でも言ってくれ。ゴードンさんやティアーナと協力して、最高の研究環境を整えよう」


俺の言葉に、エラーラは、工房の中を信じられないといった様子で見回していた。彼女は、王都の研究室を失って以来、まともな研究などできるはずもないと思っていたのだろう。その瞳が、みるみるうちに潤んでいく。


「……よろしいのですか? わたくしのような者に、これほどの場所を……」


「当たり前だ」


俺は、彼女の肩に手を置いた。


「君は、もうただの難民じゃない。このエルム公国の未来を担う、かけがえのない仲間だ。君の知識と技術を、この国のために存分に発揮してほしい」


その言葉が、彼女の心の最後の堰を切った。


「……っ! ありがとうございます……! あとレンさん……!先ほど知りましたが、王様だったのですね……これまでの無礼失礼いたしました。」


エラーラは、その場に崩れ落ちるように膝をつき、感涙にむせんだ。そして、顔を上げると、錬金術師として、そしてエルム公国の新たな仲間として、力強く、そして誇らしげに宣言した。


「このエラーラ・ヴァンス、この御恩は決して忘れません! 我が知識と技術の全てを懸けて、必ずや、この国のお役に立ってみせます!」


彼女は早速、始原の森の未知の素材の解析に着手した。アリシアの薬草学、ティアーナの魔法工学、そしてエラーラの錬金術。三つの異なる叡智が交わることで、エルム公国の技術革新は、新たな段階へと進み始めるだろう。



◇◇◇



夕刻。商人クラウスの護衛から戻ったカイルから、執務室で報告を受けていた。


「レン、クラウスさんは、無事に商会の拠点がある交易都市まで送り届けてきたぜ」


「ご苦労だったな、カイル。それで、彼の様子は?」


「ああ、元気にしてたな。あのおっさん、今まで山賊に捕まってたのに、着いたとたんに仕事を初めてて、メンタルが強すぎるかもしれん。商会の情報網でも情報収集してくれるってさ。時間をおいて、またクラウスさんのところに行ってみようぜ。」


「そうか。頼もしいな」


「だがな、レン……」


カイルは、そこで一度言葉を切り、表情を険しくした。


「道中で立ち寄った、帝国の支配下にある町……空気が、ひでえもんだった。皆、顔に生気がなくて、まるで何かに怯えるように暮らしてる。帝国兵の横暴も酷かった。あれが、オリヴィアたちの故郷の今の姿なんだと思うと……」


彼は、ぎしりと拳を握りしめた。


「俺は、改めて決意した。絶対に、帝国を叩き潰してやるってな。将来、エルム公国を、あんな風にだけはさせねえ。」


カイルの瞳に燃える、静かで、しかし何よりも強い怒りの炎。それは、この国の守護者としての、揺るぎない覚悟の表れだった。


「ああ。その通りだ、カイル」


俺も、力強く頷いた。


新たな民は未来への使命を見出し、新たな仲間は研究の拠点を手に入れ、大陸との繋がりも確かなものとなった。


全ては、これから始まる戦いのために。


俺は、窓の外に広がる、活気を取り戻した公国の夜景を見つめた。


クラウスさんからの報せを受け取りに行く。そこからが、次の俺たちの計画を効率よく進めるための1歩となるだろう。


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