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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
2章

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第54話:二つの誓約と誓いの指輪


「……以上が、現時点での各部門からの報告です、レン公王」


俺の目の前で、オリヴィアが数枚の羊皮紙を広げていた。彼女が持つ王族としての行政知識と経験は、建国直後の混乱期にあるこの国にとって、まさに羅針盤そのものだった。


「ありがとう、オリヴィア。新たな居住区画の整備計画は、君のおかげで驚くほどスムーズに進んでいる。本当に助かるよ」


「いえ、わたくしにできるのは、あくまで知識を形にすることだけ。それを実行に移し、民の心を一つに束ねているのは、あなたのその類稀なる指導力ですわ」


オリヴィアは穏やかに微笑むが、その紫色の瞳の奥には、為政者としての鋭い光が宿っている。彼女はもはや、保護されるだけの亡国の王女ではなかった。この国の未来を共に築く、かけがえのない仲間の一人だ。


会議が終わり、オリヴィアが退出すると、盟主室には再び静寂が訪れた。俺は椅子の背もたれに深く体を預け、大きく息を吐く。公王。その響きには、まだどうにも慣れない。だが、この村の民が、仲間たちが俺に託してくれた想いの重さは、日に日にその実感を増していた。


(やらなければならないことは、山積みだ。だが……その前に、俺自身の心を固めなければならないことがある)


俺は立ち上がると、窓の外に広がる工房の方角へと視線を向けた。炉から立ち上る煙が、青い空へとまっすぐに伸びている。


ゴードンが、俺からの極秘の依頼を終えたという知らせが、今朝、届けられていたのだ。



◇◇◇



工房の中は、いつもと変わらぬ熱気と、鉄が打たれるリズミカルな音で満ちていた。だが、俺の姿を認めると、ゴードンは振るっていた槌を置き、ニヤリと、深い皺の刻まれた顔で笑った。


「来たか、小僧。いや……公王陛下、とお呼びすべきかの?」


「やめてくださいよ、ゴードンさん。今まで通り、『レン』でお願いします」


俺は苦笑しながら、彼の前に進み出た。


「それで……頼んでいたものはできたんでしょうか?」


俺の問いに、ゴードンは言葉を発さず、ただ静かに金床の横に置かれていた、黒いビロードで丁寧に包まれた小さな箱を示した。その仕草には、職人としての誇りと、俺への無言の激励が込められているように感じられた。


俺は、ごくりと喉を鳴らし、震える指でその箱を開けた。


箱の中に収められていたのは、二つの指輪だった。


一つは、太陽の光をそのまま閉じ込めたかのように、温かく、そして力強い透明白色の輝きを放つ魔晶石がはめ込まれていた。台座は、しなやかな木の蔦が宝石を優しく包み込むような、繊細で優美なデザイン。


もう一つは、夜空で最も強く輝く星を捕らえたかのように、深く、そして知的な蒼い光を宿した魔晶石が鎮座していた。台座は、流麗な銀線細工が幾何学的な紋様を描き、その中央で宝石が静かに、しかし圧倒的な存在感を放っている。


「……すごい……」


俺の口から、感嘆のため息が漏れた。それは、単なる装飾品ではなかった。ドワーフの最高の技術と、作り手の魂が込められた、芸術品そのものだった。


「ふん。お前さんが持ってきた、あの特別な魔晶石だ。生半可な仕事ができるか」


ゴードンは、腕を組み、満足そうに鼻を鳴らす。


「白い方は、太陽の魔力を宿すという『陽光石』。それ自体が癒しと生命力の象徴じゃ。アリシア嬢の、あの太陽のような笑顔によく似合うだろうて」


「そして、蒼い方は『月影石』。叡智を宿し、持ち主の精神を安定させ、魔力の流れを清冽に保つ力がある。ティアーナ嬢の、あの聡明な横顔にこそ相応しい」


ゴードンは、俺の意図を完全に理解し、それを遥かに超える形で応えてくれたのだ。


「台座の金属も、ただの銀や金ではない。ワシの秘伝の合金と混ぜ合わせ、それぞれの魔石が持つ力を最大限に引き出せるように鍛え上げた特別製じゃ。まあ、ワシの職人人生の中でも、一、二を争う傑作と言っていいだろうな」


「ゴードンさん……。言葉もない。本当に、ありがとうございます」


俺は、心からの感謝を込めて、深く頭を下げた。


「礼などいらん。お前さんは、この国の王じゃ。王が、自らの伴侶に誓いを立てるための証だ。最高のものを創るのは、この国の筆頭鍛冶師としての、ワシの務めじゃ」


ゴードンはそう言うと、少し照れくさそうに顔を背け、再び槌を手に取った。


「さあ、持って行け。そして、男なら、ケジメはきっちりつけるんじゃぞ。あのお嬢さんたちを、これ以上待たせるな」


その不器用で、しかし温かい言葉に背中を押され、俺は二つの誓いの証を手に、工房を後にした。



◇◇◇



その日の夕暮れ。


俺は、アリシアとティアーナを、村から少し離れた場所にある、静かな湖畔へと呼び出した。ここは、俺が一人で考え事をしたい時によく訪れる、特別な場所だった。夕日に染まる湖面が、まるで燃えるようなオレンジ色の鏡となって、空を映している。


「レン、どうしたの? こんな場所に呼び出して……」


約束の時間にやってきたアリシアが、不思議そうな顔で小首を傾げる。今日の彼女は、温室での作業着ではなく、柔らかな素材で作られた白いブラウスと、緑色のスカートという、少しだけお洒落をした姿だった。


「ええ、レン。何か、緊急の議題でもありましたか?」


少し遅れてやってきたティアーナもまた、いつもの研究用のローブではなく、月光を思わせるような、淡い青色の簡素なドレスを身に纏っていた。二人とも、俺からの突然の呼び出しに、何か特別なものを感じ取ってくれていたのかもしれない。


「いや、緊急の議題じゃない。……ただ、二人と、どうしても話しておかなければならないことがあるんだ」


俺は、深呼吸を一つすると、二人に向き直った。夕日が、三人の影を湖畔の砂浜に長く伸ばしている。


「アリシア、ティアーナ。まずは、礼を言わせてくれ。建国の時から今まで、俺が公王としてなんとかやってこれたのは、間違いなく君たち二人が、公私にわたって俺を支えてくれたおかげだ。本当に、ありがとう」


「そ、そんな……! 当たり前のことをしただけだよ!」


「いえ、私こそ、あなたに導いていただいたおかげで、今ここにいられるのですから」


謙遜する二人に、俺は静かに首を振った。


「俺は、このエルム公国を、大陸一の、誰もが笑って暮らせる国にしたいと、本気で思っている。だが、その道は決して平坦じゃないだろう……。これから先、俺たちはもっと多くの困難に立ち向かわなければならないかもしれない」


俺は、一度言葉を切ると、二人の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「その長く、険しい道を歩んでいく上で……俺には、君たちの力が必要なんだ。仲間としてだけじゃない。俺の……いや」

俺は、そこで言葉を改めた。


「俺の、かけがえのないパートナーとして、だ」


俺は、懐からゴードンが作ってくれた二つの指輪の箱を取り出し、二人の前に、静かに膝をついた。


「え……?」


「レン……?」


突然の俺の行動に、二人は息を呑み、その美しい瞳を驚きに見開いている。


俺は、震える手で箱を開け、夕日を浴びて輝く二つの指輪を、彼女たちの前に捧げた。


「アリシア。君の太陽のような笑顔と優しさは、いつも俺の心を照らし、どんな時でも前を向く勇気をくれた。君が隣にいてくれるだけで、俺はどんな絶望の中にも、希望を見出すことができる」


俺は、まずアリシアの緑色の瞳を見つめ、想いの全てを告げた。


「ティアーナ。君の月光のような知性と探求心は、いつも俺の進むべき道を示し、不可能を可能にする力をくれた。君が隣にいてくれるだけで、俺はどんな困難な問題にも、必ず答えを見つけ出せる気がするんだ」


そして、ティアーナの深い青色の瞳を見つめ、同じように誠実な言葉を紡いだ。


「アリシアの温かさも、ティアーナの聡明さも、そのどちらもが、今の俺を形作り、これからの俺が生きていく上で、絶対に失いたくないものなんだ」


俺の声は、自分でも驚くほど、落ち着いて、そして力強かった。心の中にあった迷いは、もうどこにもない。


「だから、聞いてほしい。アリシア、ティアーナ。俺にとって、君たちは二人とも、かけがえのない存在だ。これからの人生を、この国の未来を、俺と共に歩んでほしい。俺と……結婚してください」


その言葉は、夕暮れの静かな湖畔に、静かに、しかし重く響き渡った。


アリシアの緑色の瞳から、大粒の涙が、堰を切ったように溢れ出した。彼女は、両手で口元を覆い、その場に崩れ落ちそうになるのを必死で堪えている。


ティアーナもまた、その青い瞳を潤ませ、信じられないといった表情で、俺と、俺が捧げる指輪を交互に見つめていた。


最初に沈黙を破ったのは、アリシアだった。


彼女は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、それでも満面の笑みを浮かべて、力強く頷いた。


「はい……! 喜んで……! これからも、ずっと、ずっとレンの隣にいさせてください……!」


俺は、彼女の答えに安堵し、太陽の輝きを宿す『陽光石』の指輪を手に取ると、彼女の震える左手の薬指に、そっとはめてあげた。金の台座と温かい輝きが、彼女の白い指に驚くほどよく似合っていた。


俺は、次にティアーナへと向き直った。彼女は、まだ夢見心地のような表情で、涙を浮かべたまま、静かに俺を見つめている。


「ティアーナ。君の答えも、聞かせてくれるか?」


俺の問いに、彼女はゆっくりと、そして深く頷いた。


「……はい」


その声は、囁くように小さかったが、何よりも強い決意に満ちていた。


「……光栄です。レン。あなたという、偉大で、そして誰よりも優しい方の、生涯の伴侶となれるのなら……わたくしは、この命の全てを懸けて、あなたと、この国を支えることを誓います」


彼女は、頬を染めながらも、凛とした気品を失わずに、その白い左手を俺の前に差し出した。


俺は、蒼い輝きを宿す『月影石』の指輪を手に取り、彼女の細く長い薬指に、そっと通した。銀の台座と知的な蒼い輝きが、まるで彼女のために作られたかのように、完璧に調和していた。


「二人とも、ありがとう。俺の、俺たちの想いを受け入れてくれて」


俺は立ち上がり、左右の手に、アリシアとティアーナの手を、それぞれ固く握りしめた。


「ただ、一つだけ約束してほしい」


俺は、二人の顔を真剣な眼差しで見つめた。


「今はまだ、戦いの最中だ。帝国との決着がつくまで、俺たちは多くの困難に立ち向かわなければならない。だから、盛大な結婚式は、今はまだ挙げられない」


「うん、分かってるよ、レン。そんなこと、気にしない」


「ええ。形式など、些細なことですわ」


「だが、必ず約束する。いつか、ドラグニアの民を全て救い出し、帝国を打ち破り、この国に真の平和が訪れた、その時には……」


俺は、二人の手を、さらに強く握りしめた。


「改めて、オリヴィアやカイル、ゴードンさん……この国の全ての民に祝福されながら、世界で一番盛大な式を挙げよう。それが、俺から君たちへの、生涯を懸けた誓いだ」


その言葉に、アリシアとティアーナは、涙に濡れた顔で、しかし世界で一番幸せな笑顔を浮かべて、力強く頷いた。


夕日が完全に沈み、空には一番星が輝き始めていた。

湖畔には、未来を誓い合った三人の男女が、固く手を取り合って立っている。



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