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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
2章

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49話:泉の誓い

最初に感じたのは、水のせせらぎと、誰かの優しい歌声だった。


それは、アリシアが良く歌っていた子守歌。懐かしい旋律。


次に感じたのは、温かい光と、自分の手を固く握りしめる、力強い温もりだった。


(……レン……?)


俺は、ゆっくりと目を開けた。


視界に飛び込んできたのは、天井で星々のように明滅する、巨大な水晶の結晶。そして、俺の顔を心配そうに覗き込む、仲間たちの顔、顔、顔。


「レン!」


「レンさん、気がつきましたか!?」


「よかった……本当によかった……!」


アリシア、オリヴィア、イリス、そしてカイル。全員の顔に、深い安堵の色が浮かんでいる。俺は、どうやら泉のほとりで眠ってしまっていたらしい。


「俺は……どれくらい……?」


掠れた声で尋ねると、アリシアが涙を拭いながら答えてくれた。


「数刻くらいだよ。ティアーナさんが回復した後、レンが倒れたから……本当に、心配したんだからね!」


「そうか……。ティアーナは……?」


俺は、勢いよく体を起こした。その瞬間、すぐ隣で、横たわっていた銀髪のエルフが、ゆっくりと身を起こすのが見えた。


「……ここに、いますよ。レンさん」


その声は、まだ少し弱々しかったが、紛れもなくティアーナのものだった。彼女の顔からは蒼白さが消え、健康的な血色が戻っている。そして何より、彼女の魂を蝕んでいた黒い蔓のような紋様は、跡形もなく消え去っていた。


「ティアーナ……! よかった……本当に……!」


俺は、込み上げてくる安堵と喜びに、言葉を詰まらせた。彼女が助かった。ただその事実が、何よりも嬉しかった。


「はい。あなたと……皆さんが、助けてくれました」


ティアーナは、俺と、そして俺たちの後ろに立つ仲間たちを順番に見つめ、深く、そして優雅に頭を下げた。


「また助けてもらっちゃいましたね。ありがとうございます。」


その光景に、泉のほとりで祈りを捧げていた老エルフのリオンも、感涙にむせんでいた。


「おお……ティアーナ様……!」


俺たちは、互いの顔を見合わせ、これまでの苦労が報われたことへの、深い達成感と喜びに包まれた。カイルが俺の肩を力強く叩き、アリシアとオリヴィアは手を取り合って涙ぐんでいる。イリスも、厳しい騎士の仮面を外し、穏やかな笑みを浮かべていた。


絶望の淵から、俺たちは確かに、一つの命を、そして未来への希望を、その手で掴み取ったのだ。



◇◇◇



俺たちが泉のほとりで休息を取り、ティアーナの回復を喜び合っていると、老エルフのリオンが、畏敬の念に満ちた瞳で俺の前に進み出た。


「レン殿。……この度はティアーナ様の回復に、多大なご尽力いただき、ありがとうございました。」


彼は、深々と膝をつこうとした。


「やめてください、リオン殿」


俺は慌てて彼を制止する。


「俺は、ただのレンです。エルム村の盟主で、皆の仲間に過ぎません」


「しかし……」


「俺の力が、ティアーナを救うきっかけになったのは事実かもしれません。ですが、それは俺一人の力じゃない。カイルが、アリシアが、オリヴィアが、イリスがいたから、ここまで来れたんです。それに、あなた方エルフの伝承と知識がなければ、俺たちは何もできませんでした」


俺の言葉に、リオンは驚いたように顔を上げた。そして、俺の後ろに立つ仲間たちの、誇らしげな顔を見て、何かを悟ったように、深く頷いた。


「……あなた様は、仲間を信じ、敬意を払う、真の指導者でいらっしゃる。……失礼いたしました、レン殿」


彼は立ち上がり、今度は一人の仲間として、俺に温かい笑みを向けた。


「ティアーナ様も、本当によく頑張られましたな」


「はい、リオン。皆のおかげです」


ティアーナは、仲間たちに支えられながら立ち上がり、泉の水を両手ですくった。


「……故郷は失われましたが、私たちもおとぎ話でしか知らなかった泉は、昔から変わらずにいてくれたのですね……」


彼女は、泉に映る自分の顔を見つめながら、今は亡き家族に語りかけるように、静かに呟いた。その横顔は、悲しみを乗り越えた者の、凛とした美しさに満ちていた。


「さて、と!」


しんみりとした空気を破るように、カイルがわざと明るい声を出した。


「ティアーナも元気になったことだし、こんなジメジメしたとこ、さっさとずらかろうぜ! 俺はもう、飯が食いたくてたまんねえんだ!」


「もう、お兄ちゃんったら、食いしん坊なんだから」


アリシアが、呆れたように笑う。


「カイル殿の言う通りですわね。わたくしも、早く温かい寝床で休みたいです」


オリヴィアも、優雅に微笑んだ。


そうだ、俺たちの旅は終わったのだ。帰ろう。俺たちの村へ。

俺は、回復したティアーナと、仲間たちの笑顔を見渡し、心からの安堵と共に、頷いた。



◇◇◇



エルム村への帰還を前に、俺はティアーナと二人きりで話す機会を得た。


仲間たちが帰還の準備を進める中、俺たちは二人で、静かな泉のほとりに座っていた。天井の水晶から降り注ぐ光が、彼女の銀色の髪をキラキラと照らし出している。


「……本当に、綺麗ですね。この泉は」


ティアーナが、穏やかな声で言った。


「……レンさん。あの時……意識が遠のいていく中で、あなたの声が聞こえました。『必ず助ける』と……。そして、あなたの温かい力が、私の魂を包み込んでくれるのを感じました。……怖かったけれど、不思議と、安心できました。あなたが、そばにいてくれる、と」


彼女は、深い青色の瞳で、まっすぐに俺を見つめてくる。その視線から、俺はもう逃げることはできなかった。


俺は、彼女に向き直り、深く息を吸い込んだ。今こそ、俺の本当の気持ちを、誠実に伝える時だ。


「ティアーナ。……まず、謝らせてほしい」


俺は、頭を下げた。


「俺の、未熟な判断のせいで、君を危険な目に遭わせてしまった。星脈鋼の危険性を、古代の遺物が持つリスクを、俺は甘く見ていた。盟主として、仲間を守るべき立場の人間として、あってはならないミスだ。本当に……すまなかった」


俺の心からの謝罪に、ティアーナは静かに首を振った。


「顔を上げてください、レンさん。あなたは、謝る必要などありません。あれは、誰のせいでもない。それに……あなたは、命がけで私を救ってくれました。それだけで、十分すぎるほどです」


「いや、聞いてほしい」


俺は顔を上げ、彼女の手を、そっと握った。彼女の指先が、微かに震えているのが分かった。


「君を失うかもしれないと思った時……俺は、自分が本当に守りたいものが何なのか、本当の意味で理解したんだ。村も、仲間も、もちろん大切だ。だが、それだけじゃない。俺は……」


俺は、言葉を選びながら、続ける。


「俺は、君のいない未来など、考えられなかった。君の聡明さ、探求心、そして時折見せる無邪気な笑顔……その全てが、俺にとってかけがえのないものになっていたんだ。君がいない世界なんて、俺にとっては意味がない」


俺は、彼女の瞳を見つめ、想いの全てを告げた。


「ティアーナ。俺は、君と共に歩みたい。一人の男として、これからの人生で、君の隣にいる資格がほしい」


それは、不器用で、飾り気のない告白だった。だが、俺の魂からの、偽りのない言葉だった。


ティアーナの青い瞳から、大粒の涙が、一筋、また一筋と溢れ出した。だが、その表情は、悲しみではなく、これまで見たこともないような、柔らかな喜びに満ちていた。


「……ずるい、です。レンさんは……」


彼女は、涙声で呟いた。


「私が、どれだけ……あなたに惹かれていたか、ご存じないでしょう。初めてエルム村で助けられた時から……あなたの持つ不思議な知識と、仲間を導く強い意志に、私はずっと……。それに、アリシアさんの気持ちも知っていましたから……この想いは、胸の奥に仕舞っておこうと、そう決めていたのに……」


彼女は、握られた俺の手に、そっと自分の手を重ねた。


「……嬉しいです。レンさん。あなたのような方に、そう言っていただけて……。これ以上の幸せは、ありません」


彼女は、涙に濡れた顔で、これまでで一番美しい笑顔を見せた。


「私で、よければ……。あなたの隣に、いさせてください。これからは、あなたを支え、共に歩む者として……」


俺たちは、言葉もなく、互いを見つめ合った。


聖なる泉のほとりで、二つの魂は確かに結ばれた。それは、種族も、年齢も、背負う宿命も超えた、純粋で、そして力強い誓いの瞬間だった。



◇◇◇



俺とティアーナが仲間たちの元へ戻ると、カイルがニヤニヤしながら俺たちの顔を交互に見ていた。


「おーおー、なんだか良い雰囲気じゃねえか、お二人さん? ティアーナも、すっかり元気になったみてえだしな!」


「もう、お兄ちゃんったら!」


アリシアが、カイルの脇腹を肘で突く。だが、彼女の顔にも、全てを察したような、優しくて、少しだけ寂しげな、複雑な笑みが浮かんでいた。


オリヴィアとイリスも、俺たちの様子を見て、静かに微笑んでいる。


「よし! 全員集まったな!」


俺は、少し照れくさい気持ちを振り払うように、力強く言った。


「目的は果たした! 俺たちの村へ、エルム村へ帰るぞ!」


「「「「応っ!!」」」」


俺は、仲間たち全員を一箇所に集め、最後の力を振り絞って転移魔法を発動させた。


「テレポート!」


眩い光が、俺たち全員を包み込む。

次に目を開けた時、俺たちの目の前には、見慣れたエルム村の中央広場が広がっていた。


「おおおおおおっ! 帰ってきたぞーっ!!」


「レン隊長たちだ!」


「ティアーナ様もご一緒だ! お元気になられたんだ!」


俺たちの突然の帰還に、村は一瞬の驚きの後、割れんばかりの歓声に包まれた。

ドルガン補佐やゴードンさん、ボルグたちが駆け寄ってくる。エルフの仲間たちは、回復したティアーナの姿を見て、涙を流して喜んでいる。


俺たちは、仲間たちの温かい出迎えに、心からの安堵と、帰るべき場所があることへの感謝を感じていた。



◇◇◇



その夜。

祝賀ムードに沸く村の喧騒から少し離れ、俺は一人、新しくなった防壁の上に立っていた。


眼下には、家々の窓から温かい光が漏れ、仲間たちの笑い声が聞こえてくる。それは、俺が命がけで守り抜きたかった、かけがえのない光景だった。


(……終わったんだな。ひとまずは)


ティアーナは助かった。そして何より、俺は自分の気持ちに、一つの答えを出した。

だが、これで全てが解決したわけではない。


アリシアへの想い。ティアーナへの想い。その両方に、俺は誠実に向き合わなければならない。それは、帝国という巨大な敵と戦うことと同じくらい、難しい課題なのかもしれない。


(だが、逃げるわけにはいかない)


俺は、夜空を見上げた。星々が、静かに俺を見下ろしている。


俺の前には、転移門の完成、帝国の脅威、そして、複雑に絡み合う仲間たちとの未来という、乗り越えるべき多くの課題が待っている。


しかし、今の俺には、恐怖はない。

なぜなら、俺には、共に歩んでくれる、仲間たちがいるのだから。


俺は、広場で笑い合うアリシアとティアーナの姿を、防壁の上から見つめた。

二人の笑顔を、この村を、俺たちの未来を、必ず守り抜く。


その新たな決意を胸に、俺は静かに、しかし力強く、夜の闇に誓うのだった。



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