第152話:黄金の雫とドワーフの嘆き
復興作業は、驚くほど順調に進んでいた。
瓦礫の撤去は粗方片付き、新しい道路の舗装も始まっている。現場には悲壮感など微塵もなく、むしろ新しい街を作る活気と、心地よい疲労感が満ちていた。
そんなある日の、昼休憩のこと。
瓦礫撤去を担当するドワーフの班長、バリンが、配給されたジョッキを片手に、天を仰いで嘆いていた。
「あー……足りねえ」
彼の手にあるのは、キンキンに冷えたエール(麦酒)だ。アリシアの農業都市から直送された麦を使った、公国自慢の品である。
「どうした、バリン。エールならおかわり自由だぞ?」
俺が声をかけると、バリンは贅沢な悩み顔で振り返った。
「いや、味は最高なんですよ、公王様。ただなぁ……」
彼はジョッキを揺らし、琥珀色の液体を見つめる。
「こいつは『水』みたいにスルスル入っちまうんです。喉の渇きは癒せても、魂の乾きまでは癒せねえというか……」
「魂の乾き?」
「へい。俺たちドワーフの古い伝承に、『火酒』ってのがありましてね」
バリンが遠い目をする。
「なんでも、一口飲めば火を吹くほど熱く、一樽分のエールの魂が詰まった『幻の酒』だとか。……あーあ、一度でいいから飲んでみてぇもんです。腹がタプタプになるエールじゃなくて、こう、ガツン! と脳天に響くヤツを!」
「わかる!」
「俺もじいちゃんから聞いたことあるぜ!」
周囲のドワーフたちが、一斉に同意する。どうやら彼らは、「強い酒」を飲んだことがあるわけではなく、種族としての本能的な渇望と、御伽噺としての憧れを持っているようだ。
頑丈すぎる肝臓を持つ彼らにとって、エールで泥酔するのは物理的に困難(その前に腹がパンクする)なのだろう。
「なるほどな。伝説の火酒、か」
俺は苦笑する。
伝承の内容を聞く限り、それは間違いなく「蒸留酒」のことだ。かつて古代文明には存在した技術なのかもしれない。
「よし。……いっちょ、その『幻』を再現してみるか」
彼らの働きには報いてやりたい。俺は袖をまくり上げ、立ち上がった。
◇◇◇
「おーい、お前ら! ちょっと面白いものを見せてやる」
俺が声をかけると、ドワーフたちが興味津々で集まってくる。
「公王様、何始めるんです?」
「お前らが夢見ている『ガツンとくるヤツ』を作ってやるよ。……じゃあバリン! ちょっと手を貸してくれ」
瓦礫の中から集めてきた銅パイプや寸胴鍋、密閉できそうな金属容器を並べる。
「なんだい、公王様?」
「この蓋に穴を開けて、パイプを繋いでくれ。隙間がないように密閉して、パイプは冷却水を通すために螺旋状に曲げてほしい」
俺が地面に簡単な図を描いて説明すると、バリンはニカっと笑った。
「へっ、訳もねえ! 任せてくだせぇ!」
カンカンカンッ!
小気味よいハンマーの音が響く。俺には錬金術のような便利な魔法は使えないが、この国には世界一の職人たちがいる。魔法のような速さと正確さで金属が加工され、あっという間に俺の注文通りの装置が組み上がった。
密閉された鍋から螺旋状のパイプが伸びる、即席の「蒸留器」の完成だ。
「こいつに、余っているエールを入れる」
俺はバリンたちから樽を受け取り、なみなみと注ぎ込んだ。そして、魔石コンロで加熱を始める。
「いいか、よく聞けよ。この樽一本分のエールを使って、『火酒』を作る。ただし、量は十分の一以下に減っちまう。……それでもいいか?」
「十分の一!? そりゃあ勿体ねえ!」
ドワーフの一人が声を上げるが、バリンは俺の意図を察したのか、ゴクリと喉を鳴らした。
「……へっ、面白ぇ。量より質ってやつですか。伝説が拝めるなら、安いもんだ!」
「交渉成立だな」
鍋が温まると、やがてパイプの先から、ポタ……ポタ……と、無色透明な液体が滴り落ちてきた。
漂ってくるのは、エールとは比較にならないほど鋭烈な、アルコールの芳香。
「うおっ……すげえ匂いだ」
「鼻の奥がツンとするぜ。こいつはただの水じゃねえぞ」
「さあ、毒見役はお前だ、バリン」
俺は抽出された液体が溜まったカップを渡した。
量は少ない。一口分しかない。
バリンは恐る恐るカップを口に運び、クッと煽った。
瞬間。
バリンが顔を真っ赤にした。目から涙が出ている。
「お、おいバリン! 大丈夫か!?」
仲間たちが心配する中、バリンは自分の喉を押さえ、わなわなと震えながら叫んだ。
「――ぐ、おおおおおおッ!! 喉が! 喉が焼けるッ!!」
「ええっ!?」
「だ、だが……!!」
バリンはカッと目を見開き、満面の笑みを浮かべた。
「身体の芯から、熱が爆発しやがった! 間違いねえ、こいつは伝承にあった……『火酒』だ!!」
「なんだと!?」
ドワーフたちが我先にとカップに群がる。次々と上がる「カハッ!」「効くぅー!」という悲鳴と歓喜の声。
俺が作ったのは、度数40度越えの蒸留酒。量は減ったが、その分「酔い」と「旨味」が凝縮されている。
御伽噺だと諦めていた「伝説の酒」が、今、彼らの喉を焼いているのだ。
「すげぇ! ほんの一口で目が覚めたぞ!」
「腹がカッカしてきやがる! これなら午後も百人力だ!」
ドワーフたちは狂喜乱舞し、即席の宴会が始まりそうな勢いだ。
◇◇◇
「何事だ、この騒ぎは」
そこへ、工房からゴードンがやってきた。彼もまた、ドワーフ族の長老的存在だ。
「お、親方! 公王様がとんでもねぇ酒を作りやがったんです! あの『火酒』ですよ!」
部下からカップを渡されたゴードンは、香りを嗅ぎ、一口含んで唸った。
「……ほう。蒸留、と言ったか。確かに純度は高いが、ちと荒々しすぎるな」
さすがはゴードン。味にはうるさい。作りたての蒸留酒は、アルコールの角が立っていて飲みづらいのだ。
「ああ。ここから寝かせればまろやかになるんだが、今は即席だからな」
「寝かせる、か……」
ゴードンは髭を撫で、ニヤリと笑った。
「レン。俺が作った『千年樹の樽』が余ってるんだが、そいつにこいつを詰めて、しばらく置いてみたらどうなる?」
「! ……それは、面白そうだな」
俺の知識と、ゴードンの職人技術。 二つのピースが、カチリとハマった音がした。
樽の香りが移り、琥珀色に熟成された蒸留酒。 それは間違いなく、この世界の酒文化をひっくり返す「名酒」になるだろう。
「よし、決まりだ! エールの一部を蒸留して『火酒』にする! 今はこいつでパーッとやって、残りは樽詰めにして、復興完了の祝い酒に育てようじゃないか!」
「「おおおおおッ!!」」
ドワーフたちの雄叫びが、空に響き渡った。
こうして、後に大陸全土で愛されることになる伝説の名酒――『龍の息吹』の原点が、この瓦礫の中で誕生したのだった。
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